文学芸術仲間
漫画家を目指す主人公に統合失調症が発症する群像劇。
裸で砂浜に横になっている。風が冷たい。背中に当たる砂はとても温かい。眠り込みたくても肌寒くて眠れない。薄っすらと目覚めると、蒲団を首元まで上げ、冷房の寒さから身を防ぐ。
胡坐を組んだまま目を覚ます。瞑想とは眉間の意識を研ぎ澄ませる行為なのか。胸の中の真我を想う事と眉間の意識を研ぎ澄ませる事を同時に行うのか。胸の中の真我を想うのに何故眉間の意識を研ぎ澄ませるのか。無我の境地。自我が邪魔なのか。先ずはじっくりと心を落ち着けよう。
『瞑想?』と小さな男の子の声の幻聴が訊く。
『無我の境地』と少女の声の幻聴が呟く。
口々に種々な声が瞑想を遮るように話しかける。取り囲まれて迫ってくるような恐怖で心が乱れる。瞑想などしなければ、心が乱れる事もなかったろう。ここでより一層心を落ち着ける事で瞑想の安らぎが得られるのか。背筋に寒気が走る。何かが憑依している。不安や恐怖が募る。霊が俺の心に不安や恐怖を募らせているのか。それとも憑依している霊が人の体内にある事に不安や恐怖を覚えるのか。体内の霊の気配が消える。まだ体内で息を潜めているのか。体に霊が憑依した痕が感覚的に残っている。霊感。第六感。霊媒師は憑依霊の言葉を仲介する仕事だ。もう霊は憑依していないようだ。心臓の鼓動が乱れている。何時までこんな苦しみが続くのか。向精神薬には幻聴の興奮状態を鎮める効果はない。飽く迄、俺の心の精神安定剤だ。幻聴が静まるのを待つと、幻聴の方は自分の存在を強調する。切がない。漫画を描ける精神状態を保つ事の方がずっと有効に時間を使える。漫画のストーリー作りに深みを持たせるには長期的な計画として読書も相当な数をこなさねばならない。人生は修行だ。漫画の創作が人生の本題から逸れる行いとなってはいけない。日々の仕事は人間の義務だ。考える事も新人賞に落選し続ける漫画の創作も仕事には違いない。収入が得られないのは自分の為した仕事に報酬を払う者が現われないからだ。漫画家になれば、今、行っている仕事にも何れ価値が認められる。漫画の原稿は私という未来の漫画家の軌跡を知る貴重な資料となる。
考えてばかりで心が無にならない。
病室に戻り、漫画道具一式を持って、デイ・ルームにジュースを飲みに行く。三木谷さんの向かいの席に漫画道具一式を置き、冷蔵庫から冷たい『ファンタ・グレープ』を出して、一気に飲み干す。
「三木谷さん、それ、漫画のネイムですか?」
「そうです。昨日の夜、SFホラーのアイデアが降ってきて、それをネイムにしているんです」と三木谷さんがノートから視線を上げずに答える。
「神様って、幻聴の見方をするんでしょうかね?」
「どうかなあ。僕は幻聴を霊だと思った時に信仰を捨てました」と三木谷さんが暗い眼差しで答える。
「やっぱり、霊だと思った事もあるんですか」
「一時ですよ」と三木谷さんが自分と俺との違いをはっきりと区別する。
「俺もそうです。神霊は霊と人間とでは霊の見方をするだろうと思ったんです。心霊番組でよく言われる守護霊の存在にも警戒しました」
「僕は神様の救いを信じ続ける気力もないです」と三木谷さんが疲れた顔をして言う。「今が試されている時期ならば、今生はこれが限界です」
「やっぱり、疲れてますか」
「そりゃあ、疲れてますよ。クタクタです」と三木谷さんが潤んだ眼で言う。「この先、ずっとこんなテレパシー騒動に振り回されて生きるのかな・・・・」
「俺は漫画の創作に夢中になって振り切ります」
「僕も絵画より漫画の創作に専念したいんです」と三木谷さんが原稿用紙を睨んで言う。「入院中、何もせず過ごすのは危険ですよ」
「人生の遅れを取り返すのは大変ですよね」
「ここにいる間は本気で作品作りに没頭しなければいけません」と三木谷さんはシャープペンを手の指の上で回転させながら言う。「今は人生の事をよく考えておく機会でもあります」
「そうですね。確かに人生の事って、真剣に向き合った事がないです」
「退院後はデイ・ケアでの活動に流されていくみたいですよ」と三木谷さんが何か含みのある笑顔で言う。三木谷さんが薄ら笑いを顔に浮かべ、「デイ・ケアに出てみたら判りますよ。僕達が直面している現実がよく判ると思います。あれじゃあいけないと僕は思いました。僕は正直なところ、彼らとは違うんだって思いました。あれじゃあ、唯のパーですよ」と言う。
「そんな人達がいるんですか!」
「僕はあそこでは終わりたくないです」と三木谷さんがはっきりとした力の籠もった口調で言う。
パーって何だろう。シド・バレットの晩年のような事か。シドはちゃんとした価値あるソロの音源をアルバム二枚分残した。それらは本当の狂人の音楽だった。一体俺の未来に何が待ち受けているのか。真希ちゃんや三木谷さんはデイ・ケアで何を見たのか。
「突然、訳もなく恐くなる事ありませんか?」と三木谷さんが唐突に確認する。
「あります!」と俺は心の深いところで経験した事を人に確認され、驚きを以て返事をする。
「神系の心の静けさとか、長い理詰めの思考を恐がる人が時々体を合わせてるんです。聴こえてくる声って、もっとたわいない暇潰しのような言葉じゃないですか?」と三木谷さんが真剣な眼差しで言う。
「俺はその暇潰しのような言葉を聞かされる事が物凄く辛いんです。言葉の要らない生活部分を言葉にされるのが嫌なんです」
「確かに動物系の言葉は感覚や神経に障るような、人の意識内に入り込んでくるようなところがあります」と三木谷さんが憎々しげに言う。
入口の鍵をピンク色の制服を着たヘルパーさんが開けると、中西栄太君が病棟に入ってくる。
「ああ、栄太君、お帰り!今日はデイ・ケアどうだった?栄太君は何をしたの?」と若い女性看護師が中西栄太君に訊く。
あの話口調は何だろう。まるで幼児に話しかけるような口調だ。
「皆で炒飯を作って食べました」と中西栄太君が楽しげに言う。
「自分で料理した御飯は美味しかったでしょう?」と若い女性看護師が笑顔で訊く。
「美味しかったです」と中西栄太君が嬉しそうに言う。
あの子は確か十九歳だろう。確かに幼い。この病棟内では最年少者に位置する。それで自然と少年っぽさが残る中西君への口調が出来上がったのか。あの子の存在は確かに外の世界では普通ではない。会って初めて言葉を交わした時に独特な幼さを感じた。あの子の話し方を聞くと、差別してはいけないという意識が強く表われる。精神科病棟とは俗に言う気狂い病院の事だ。ならば、俺は気狂いなのか。そこにヒントがあるのか。俺は果たして一目見ておかしいのか。
「氏川さん」と女性が話しかける。
顔を上げると、三木谷さんの右隣に若い女性看護師が立っている。
「はい。何でしょう?」
「明日、デイ・ケアに見学に行きませんか?」と若い女性看護師が訊く。
「デイ・ケアって何なんですか?皆さん、デイ・ケアの事はよく言わないんです」
「自主的な活動意欲が低下しているような患者さん達への医療機関です。例えば、皆でお料理をしたり、音楽や芸術活動等を行ったりします。一度見学に行かれませんか?行ってみてお嫌なら、もう行かなくても結構ですから」と看護師がデイ・ケアに行く事を勧める。
「ああ、じゃあ、明日行ってみます。自分の目耳で確認しないと、今一つ正確に判断が出来ないんです」
「それでは明日の午前中と午後に一日体験で見学しに行ってください。明日またお呼びに参りますので、御安心ください」と看護師が明日の日程を説明する。
「ああ、はい。判りました」
「やっぱり、一度は見に行きますか」と三木谷さんが薄ら笑いを顔に浮かべて言う。
勤務室に女性看護師の後ろ姿が入っていく。同じ看護師が再び勤務室から出てくる。
「三木谷さん、診察室に御入りください」と先の女性看護師が三木谷さんを呼ぶ。
俺は漫画を描く事に集中する。
思い付いた事が作品の主旨から外れる事がある。それらを唯捨て去るのは勿体ない。思い付いた事を複数の作品に振り分けるような同時制作が必要だ。そうすれば、新作が完成した後の次回作のアイデアにも息詰まらない。長期連載用の漫画のアイデアは大分貯まっている。短編漫画のコツは描く度に得られる。
幻聴同士の微かな会話が聴こえる。聴こえたり、聴こえなかったりの切り替えは誰が行っているのか。脳なのか。幻聴がない時にそっと外界の様子を確認している。俺は椅子の背に凭れ、瞑想を試みる。瞑想を教える師とはどんな境地にあるのか。現代にも仏陀や生き神様が存在するのか。
妖怪の漫画などを描いて、自分が生きるための有益な力になるのか。漫画で描いた神仏は自分の中に宿り、自分の力になる。『鉄腕アトム』のアトムは手塚治虫の神であり、『スペース・アドヴェンチャー・コブラ』のコブラは寺沢武一の神である。
勤務室から三木谷さんが笑顔で出てくる。三木谷さんは机越しに俺の前に立つと、「今日で退院します。色々とお世話になりました。また外来への通院時に御会いする事があれば、一緒に昼飯でも食べましょう」と満面の笑顔でお別れを言う。
「三木谷さん、退院するんですか。何だか寂しくなるなあ。これで精神病院漫研の部員も俺一人になりますね」と俺は本音を打ち明ける。「このメモ用紙に電話番号と御名前を書いてくれませんか?」と言って、メモ用紙とポールペンを三木谷さんの前に差し出す。
「ああ、判りました。お互い漫画家になる夢を諦めずに生きましょう」と三木谷さんは言って、メモ用紙に自分の電話番号と名前を書く。「これで良いですか?」と三木谷さんは言って、メモ用紙とボールペンを俺に返す。
「はい。ありがとうございます。それでは短い間の御付き合いでしたが、お元気で!」
「氏川さんもお元気で」と三木谷さんは笑顔で別れを言って、俺と握手を交わすと、一人病室の方に去っていく。
「皆さん、お薬ですので並んでお待ちくださあい!」と若い女性看護師が病棟内の患者に呼びかける。俺は病室に入って、カップに水を汲んで列に並ぶ。順番が来て薬を飲むと、別の若い女性看護師に名を呼ばれ、食事のトレイを手渡される。俺はトレイを持って食事の席に着く。夕食は肉野菜炒めと白米と餃子と紙パックのピーチのジュースである。向かいの席には由里ちゃんが座って、食事を食べている。
「三木谷さんが先、退院していきましたよ」と俺は由里ちゃんに話しかける。
「そうですか」と由里ちゃんがあっさりと冷たい返事をする。
「何か怒ってるんですか?」
由里ちゃんの返事はない。俺は食べる事に集中する。由里ちゃんは餃子だけ食べると、直ぐに席を立つ。入院中に友達を失うのは辛い。一度仲良くなった人達とは末永く付き合いたい。真希ちゃんが自殺し、三木谷さんが退院し、残りは同じ病室の村野さんと中西栄太君だけか。村野さんはなかなか考えや人間性が深くて貴重な存在だ。
何時かまた懐かしき少年時代より馴染んだ世界に帰る事が出来るのか。陽ちゃん、俺、とんでもない目に遭ったよ。幻聴が聴こえるようになってさ、精神的に物凄く疲れるんだよと心の中で幼馴染みに話しかける。
『疲れるの?』と男の子の声の幻聴が俺の心の中の空想の会話に割り込む。
『この人、疲れてる』と癒し系の女の子の声の幻聴が言う。
久々に心の中の空想の会話が出来たところだったのに・・・・。高校時代は心の中の空想の会話に相手の言葉が返ってくる事に注意し、厳しく自分に禁じていた。
幻聴が霊だとしたら、神様は幻聴の味方をするのか。神様が悪霊の味方をする訳ないか。心が紛れるような安らぎが全くない。幻聴を絶えず意識していないと、幻聴が最悪な状況に変化した時に手遅れになる。その手遅れは自分の油断のせいか。そうではない。いっそなるようになると腹を括って、幻聴の嵐が起きた時は自分の幻聴の波としてその時に対処すれば十分なのではないか。幻聴が生じ、自分に襲いかかる時に、甘んじてカルマを受けると言う楽観した態度が必要なのだ。精神分裂病が寛解したら、感動的な闘病記が書けるだろう。その闘病記は広く世界の精神分裂病者の参考になるだろう。
夕食を終え、喫煙所に向かう。喫煙席には由里ちゃんがいる。俺が由里ちゃんの向かいの席に座ると、壁側に座っていた由里ちゃんが入れ違いに立ち去る。俺はここでは真希ちゃんを選んだのだ。ここを出るまでは新しい恋人は作らない。男の人生は筋を通して真価が決まる。
喫煙を済まし、病室に入ると、ベッドに横たわる。ベッドに横になろうとすると、子供の声の幻聴が忙しなく同じ蒲団に潜り込もうとはしゃぐ。気持ちが一向に落ち着かない。精神病院にいると、幾らでも眠れる。俺は目を閉じ、眠気に任せて寝入る事を試みる。
「氏川さん」と誰かが俺を眠りから起こす。目を開けると石橋先生が立っている。「どうですか。よく眠れていますか?」
「ええ、日中も何度か昼寝をしてるのに、消灯後もしっりとよく眠れます」
「ああ、それはよく薬が効いている証拠です」と石橋先生が笑顔で言う。
「俺は幻聴が悪化した時に幻聴を思い出すのでは手遅れだと思っていました。自分が精神分裂病を抱えていて、幻聴が時々あると言う事実を受け止めたら、幻聴が生じて、精神状態が悪化した時に幻聴に対処すれば良いんだと判りました。幻聴が悪化するのを今か今かと不安に思うような精神状態では安らぎが得られません。幻聴が悪化したからと、別に怪我をしたり、死ぬ訳でもありません」
「ほう!悟りましたね。氏川さんの考えは非常によく纏まっています。しかし、桜井さんの件の時も一時的ではありますが、自殺を意思したでしょう?我々はその点、まだまだ氏川さんの病状に安心してはいません」と石橋先生が厳しい眼差しで言う。
「俺は自殺を実行した桜井さんの考え方に感化されながらも、短期間でここまで回復したんです」
「しかしですねえ、ビルディングの屋上から飛び降りようとしていた氏川さんに自殺を踏み止まらせたのは神様や善霊などの高位の霊の力でしょう?そう言う目に見えぬ存在が氏川さんの腕を引っ張り、自殺を阻止した訳です」と石橋先生が俺を見下す。
「ええ。まあ、そうですね」
「氏川さん御自身で判断していたなら、既に亡くなられていた訳です」と石橋先生が心配げに言う。
「ううむ。まあ、そう言う事になりますね」
「とりあえず、半年から一年ぐらいは様子を診させてください」と石橋先生が力強い眼差しで言う。
「えええ!半年から一年も入院していたら、人生の遅れを取り返せませんよ」
「しかしですねえ、ここはよく辛抱して、御自分の現状をしっかりと自覚しなくてはいけません」と石橋先生が厳しい眼差しで言う。
「そうですか。半年から一年ねえ・・・・。毎日ここで漫画を描いて、作品を描き溜めなくてはいけませんね」
「今週末辺りから外泊の許可も出ます。家に帰る時の用は外泊中に行えます」と石橋先生が外泊の案内をする。
「そうですか。それでは、なるべく半年ぐらいで退院出来るようにしてください」
「我々も患者さん方を無駄に長く病院に留まらせるような事はしたくないんです」と石橋先生が俺を気遣うように言う。
「そうですか」
「口が開いて、涎が垂れるような事はありませんか?」と石橋先生が話題を変える。
「ああ、何か注意力が失われて、時々涎が垂れます」
「それ!薬の副作用なんです!漫画を描かれていて手は震えませんか?」と石橋先生が心配そうに言う。
「震えないように注意しているんですが、どうしても手が震えて、どうしようもないんです」
「手の震えも薬の副作用なんです」と石橋先生が申し訳なさそうに言う。
「そうなんですか!」
「それではまた御様子を御伺いしますので失礼致します」と石橋先生は言って、病室を去る。
「寝る前のお薬でえす!お部屋からカップに水を入れて廊下に並んでください!」と若い女性看護師が廊下の方から病棟内患者に呼びかける。
俺は廊下に並び、薬の順番を待つ。由里ちゃんが向かいの女性病棟の方から歩いてくる。由里ちゃんの視線が俺の視線と合う。由里ちゃんは俺の横を俯いて通り過ぎ、列の後ろに並ぶ。これで美人一人との出会いが無駄に終わるのか。道端で見かける美人の一人と思えば、何て事はないか。
俺は薬を飲み終えると、病室で寝巻きに着替え、歯を磨くと、寝る前の一服をしに喫煙席に向かう。由里ちゃんが喫煙席にいる。俺は由里ちゃんから視線を逸らし、黙って壁側の手前の喫煙席に腰を下ろす。
「あのう、御名前何て仰るんですか?」と壁側の奥に座った女性が俺に話しかける。赤いスウェット・スーツの上下を着た二〇代後半ぐらいの女性で、今一つ垢抜けた感じが乏しい。
「ああ、氏川正道と言います」
「あたし、布居望と申します。氏川さんはお幾つですか?」と布居さんが訊く。
「二十三です」
「ああ、じゃあ、あたしの方が三つ上ですね。大人っぽいから同じ年ぐらいかと思いました」と布居さんが性欲を押し隠すように言う。
布居さんは特別美人でもない。ブスでもない。中肉中背の体つきにも特別な魅力は感じない。
「氏川さんはやっぱり片瀬さんみたいな美人がお好きなんでしょう?」と布居さんが何も知らずに由里ちゃんの事を話題にする。
「氏川さんはここで付き合ってた恋人が自殺したばかりなんです」と由里ちゃんが透かさず布居さんに言う。
「そうなんですか。でも、氏川みたいなカッコいい男の人を放っておく女はそういませんよ」と布居さんが俺の目を見て、はしゃいだような口調で言う。布居さんの判断力は相当に鈍い。如何にも精神科で出会った女性という感じがする。年は僅か三つ違いでも、品のないおばさんみたいな印象を受ける。
「あたし、当分ここに入院するみたいなので宜しくお願いしますね」と布居さんが俺に色欲に満ちた厚ぼったい声で言う。
「ああ、宜しくお願いします」と俺は布居さんの眼を見て悪戯っぽい挨拶をする。布居さんの眼の表情は性欲を搔き立てる。布居さんの眼は性的な興奮を覚えているのか、やや眼を見開き過ぎるところがある。その癖眼光は奇妙に暗い。
「それではお休みなさい」と布居さんは言って、席を立つ。
「お休みなさい」と由里ちゃんも俺に言って、席を立つ。
「お休みなさい」
由里ちゃんがまた話しかけるようになったな。俺はその事を非常に喜んでいる。真希ちゃんの霊の存在を想う。もしかして、真希ちゃんが由里ちゃんと俺を恋に導いているのか。それとも由里ちゃんに憑依して、由里ちゃんの心身を通じて俺との恋愛の続きを楽しもうとしているのか。
『由里ちゃんと付き合って良いのよ』と真希ちゃんの霊の声が聴こえてくる。俺は透かさずその真希ちゃんの声に警戒する。真希ちゃんの霊はいつも俺の近くにいるのだろうか。
『真希ちゃん、いつもいるよ』と悪に傾倒した女の子の声の幻聴が言う。
お前、霊?
女の子の声の幻聴は返事をしない。
お前、霊なのか?
『あたし、霊なのか?』と悪に傾倒した女の子の声の幻聴が動揺したように訊き返す。
役に立つ返事は何も出来ないんだな。俺は別に考えたり、分析をしたい訳じゃないよ。
『あたし、心かな?』と小野さんの声の幻聴が訊く。
心って、俺が心だよ。
『俺は霊なのか?』と男の子の声の幻聴が悪戯っぽく訊き返す。
どの声も知能が物凄く低く、満足な会話が出来ない。彼らを称する言葉には純粋だとか単純という表現も当て嵌まらない。水子の霊・・・・。大人の声もいる。知り合いの声は声真似のようにも思う。知り合いの声の性格や発言内容は全くの別人だ。俺はそれを友人知人の隠された一面のようには捉えない。
病室に入り、ベッドの上に乗ると、灯の消えた病室で胡坐を組み、瞑想を試みる。胸の中の真我を想い、眉間の意識のやり場を考える。瞼を閉じた深い闇の中に眉間に位置する意識の一点がある。胸の中の真我と眉間の意識との両方に集中しようとすると、どちらか一方の集中力が弱まる。片方に偏らず、尚両方に意識を固定する。何だかこれでは胸と眉間だけを意識している身体感覚みたいだ。毎回、我慢比べに屈して瞑想を止める事になる。もっと根気良く集中すれば、真我が表われるのか。瞑想など五分と続かない。寝るか。
「三木谷さんが退院しましたね」と村野さんが左隣のベッドから話しかける。
「ええ、寂しくなりますね」
「神系、動物系って言う人ですよね」と村野さんが感情を抑えたような口調で言う。
「そうですね」
「氏川さんは入院中に漫画描いてるんですね。ちらっと見たんです」と村野さんがそっと心を近づけるように言う。
「この入院期間中に病院でやれる事が将来の希望に全て関係するように思うんです。明日はデイ・ケアに見学に行きます」
「デイ・ケアには行かない方が良いと思いますよ」と村野さんが言う。「あそこは知的障害を併せ持つ子達が行くところです」と村野さんが声を潜めて言う。「満足に読み書きも出来ず、計算も出来ないような子達が知恵や技能を身に付けに行くところです。はっきり言って、喋ってる事も何の面白みもありません」
「はあ。知的障害を併せ持つ精神病患者か」と俺は漸くデイ・ケアの実態が判りかけてくる。
「あの三木谷って人はあからさまに差別を口にするでしょ?」と村野さんが俺の好まぬ方向に話題を進める。俺は三木谷さんの事も村野さんの事も悪く思ってない。
「ああ、確かにレイシストでしたね」
「僕も大学ノートに思い付いた小説のアイデアや一場面をメモしてるんです」と村野さんが言う。
「へええ。村野さんは小説を書いてるんですか!単なる読書家かと思ってました。我々が退院して直ぐやるべき事は新人賞に原稿を投稿する事です」
「そうですね。それが一番有意義な入院生活でしょうね」と村野さんがかたるっそうに言う。「氏川さんも薬の副作用に困ってるんでしょう?」
「ああ、何か口が開いたり、手が震えたり、口の中が渇き易くなったりしますね」
「僕ぐらいの年齢になると前立腺の方にも困った事が起きるんです」と村野さんが奇妙な顔をして言う。
「前立腺って何ですか?」
「チンコの事ですよ。オナニーのし過ぎで尿が出難くなるんです。物凄く辛いんです。し過ぎって言っても、オナニーを憶えた猿のように人と比べて異常な回数のオナニーをする訳ではないんです。年齢と共にオナニー歴が重なると誰でもなるんです」と村野さんが言う。「前立腺肥大症って言うんです」
「へええ。初めて知りました」
「日本人に生まれたら、誰もが不幸な目に遭う事を因果応報の悪業の報いとして理解しますよね?」と村野さんが深刻な口調で俺に確認する。
「俺は特別深く仏教を信仰している訳ではないですけど、因果応報ぐらいは子供の頃から知ってます」
「でも、精神分裂病の精神苦を因果応報の理解だけで黙って受け入れられる人はいませんよね?」と村野さんが俺の本心に迫るように確認する。
「精神分裂病の苦しみが悪業の報いなら、何時かは苦しみが終わる訳でしょう?」
「ううむ。確かに悪業の報いとして持病を一つ負う人生になったとも解せますね」と村野さんが俺の胸の中を確認してくる。「この病気って難病なんですよ。一生治らない人がほとんどなんです」
「へええ、そうなんですか!」と俺は村野さんの告げた真実を恨むように返事をする。俺は村野さんに治らないと言われた事が原因して病気が治らなくなると妄想する。精神科に入院しているような人だからと、偏見や差別心で村野さんの情報を疑う。
「そもそも精神分裂病って病気は何なんですかね?」
「そこが問題なんです。霊の災いなんですよ。それによって異常に乱れた精神状態で妄想的な行動に走る事を危険視するのが精神医療です。一度精神科にかかったら、常に保護室と隣り合わせのような生活を強いられるんです」と村野さんが妙に興奮して話す。
「保護室って何ですか?」
「入院中に騒動を犯した者の隔離室です」と村野さんが簡単に答える。
「そんな部屋があるんですか!」
「睡眠薬を飲まされて、精神状態が安定するまで休ませる事を目的とした隔離室です。蒲団の足下に敷居も囲いもない便所が設置されているような部屋なんです」と村野さんが言う。「我々には霊感により霊の声を聴く能力があります。あんまり幻聴を分析的に受け止め過ぎると、霊という実態に接する態度が頭蓋骨と言う箱の中から精神の内外の様子を窺うような視点になるんです。もっと直ぐ傍から聴こえてくる霊の声と正確な距離感で身体的に対峙すべきです」と村野さんが迷いなき口調で言う。
「ああ、確かに俺も箱の中っぽいなあ」
「心理を追い回されて、恐怖を感じるくらい意識を追い詰められるでしょう?そうじゃあダメなんです。心の中が判る存在であろうとなかろうと、堂々と心や感情を豊かに用いて、じっくりと時間をかけて物事を考えながら、冷静に霊との状況に対処すべきなんです」と村野さんが幻聴を霊と解して話す。
「ああ、なるほどね。そう言う事には完全に気づかないようなギリギリの精神状態の中にありました」
「僕はその対処の仕方に気づいた時に通院日まで薬を止めて診察に挑んだんです。そしたら入院ですよ。その時はもう幻覚幻聴が酷くて、覚醒睡眠が続いて、何日も眠りに落ちなかったんです」と村野さんが残念そうに言う。
「あの眠れない日々って覚醒睡眠なんですか!」
「不眠症の実態なんじゃないかな。実際は眠ってるんですよ。深く眠りに落ちなくても何日も仕事が出来るんです」と村野さんが楽しそうに言う。
「あれは嫌だな」
「そうでしょう。僕も不眠の苦しみに関する事を説得されて入院を決意したんです」と村野さんが再び残念そうに打ち明ける。
「薬止めると、またああなるのか」
「そうなんですよ。覚醒睡眠を何日か経ていけば、その内眠り込むと思うんですけどね。覚醒睡眠者が不眠に苦しんで診察室に来るのを精神科が大口を開けて待ち構えているんです。妄想とかも出るし、危険な精神状態に達して、おかしな行動に出る傾向もあるでしょ?」と村野さんが転がるような調子の良い話しぶりで言う。
「幻聴を内なる存在による言葉だと判らずにいたら、妄想により暴力とか、下手すると、正義感から殺人を犯すような危ない精神状態になりますよね」
「ええ。それが病名としては精神分裂病なんです」と村野さんが低い力の籠もった声で言う。
「でも、俺達は何とか理性で自分の衝動を抑えて、殺人に至るような不祥事は起こしてませんよね?」
「それって、理性ですかね?一歩間違えば殺人や暴力を犯す訳じゃないですか?神に守られたんじゃないですかね?」と村野さんが大胆な発想の転換をする。
「ああ、確かにそんなにまともって訳ではないですよね」
「精神分裂病って、大昔には単に狂人の事を意味したんです」と村野さんが残酷な程の冷徹さで言う。
「そうなんですか!」
「医学が病気として狂気を捉えると、物凄く我々に窮屈な人生を強いる事になるんです」と村野さんが低次元に降りるような軽い口調で言う。
「じゃあ、そろそろ寝ます。お休みなさい」
「ああ、お休みなさい」と村野さんが優しい声で言う。
ハイヤーセルフの気付きみたいだ。経験を重ねれば、村野さんのように高い次元から気付きを得られるのか。
月夜の縁側で蒲団を被って横になっている。月光に照らし出された庭の池に目をやる。真希ちゃんのいない寂しさに耐えられない。真希ちゃんさえいれば、どんな地にいても楽しく暮らしていけるだろう。不意に池の鯉が水中から跳ね上がる。その水音が鮮やかに耳に残る。池に流れ込む水音に耳を澄ませ、池に水が流れ込む一定の水音を聴く。何もせず、じっと蒲団の中で外界の様子を静かに窺う。じんわりと幸せが心に染み入ってくる。もっと心の奥の方まで幸せを染み入らせよう。幸せとはこんな身近にあったのか。これは神様が人間に与える癒しだろう。
目覚めると、蒼白く薄明るい窓外で雀が囀っている。鼻先と額に寂しさが張り詰める。胸の中に真希ちゃんへの愛が募ってくる。
俺はコーラを飲みにデイ・ルームに向かう。ここには真希ちゃんがいた。あんなに近くに真希ちゃんがいたのだ!もう二度と真希ちゃんに触れる事は出来ないのか。寂しい。俺はまた独りで生きていくのか。真希ちゃん、こんな寂しさ、耐えられないよ。こんなの酷過ぎるよ!俺の人生はこれからどれくらい続くのか。ずっと真希ちゃんを想って、寂しく生きるのか。俺は一生分の幸せを食い尽くしたのか。神様って、本当に胸の中にいるのか。神様!と胸の中で呼びかける。俺は本当に一人ぼっちになったのか。真希ちゃんと出会う前の俺って、こんなに寂しかったのか。いいや、違う。真希ちゃんがいなくなったから寂しくなったんだ。元の自分に戻らなければいけない。全てをリセットするんだ。人が死ぬ度にこんな想いに苦しむのか。あの世の実在は信じている。霊や魂の死後の生を信じない者はもっと寂しいのか。恋人を急いで捜すのでもない。今はとにかく漫画を描き続けるんだ。一作一作精魂を籠めて漫画を描き上げるんだ。何時も誰よりも先にデイ・ルームにいた三木谷さんの姿がない。俺は喫煙所の席に座り、ゆっくりと煙草を吸う。もう朝の一服なしではいられない。収入を得るにも煙草代が確実な出費に加わる。今日は喫煙所に由里ちゃんの姿がない。
喫煙を済ますと、冷たいコーラの炭酸で口の中の感覚を刺激し、はっきりと目覚める。病室に戻り、洗面と歯磨きと髭剃りを済ませると、漫画道具一式を持って、いつもの席に着く。
「氏川さん、おはようございます」と女性の声が前から話しかける。
俺はケント紙を見下ろす顔を上げる。布居さんが前に立っている。
「ああ、布居さん、おはようございます」
この人の存在は気分が良い。相手が一方的に自分に好意を抱いてくれるのは気楽なものだ。布居さんが俺の背後に回り、「へええ、漫画を描かれるんですか!上手いですね。漫画家を目指してらっしゃるんですか?」と訊く。布居さんは特別美人でもなく、特別心が綺麗で澄んだ印象もない。この手の魅力のない女性は学生の頃にも近くにいた。
「退院するまでがチャンスだと思って描いてます」
「あたしも何かしないとなあ」と布居さんは言って、冷蔵庫の方に歩いていく。布居さんは『ファンタ・グレープ』を取り出し、向かいの席に腰を下ろす。
「ジュースで原稿汚さないように気を付けてくださいよ」
「ああ、じゃあ、向こうで飲みます」と布居さんは言って、TVの前のソファーに移動する。
「布居さんの夢は何ですか?」
「あたし、夢ってないんですよね」と布居さんが詰まらない返事をする。詰まらない人間が詰まらない返事をするのは聞くに堪えない。
「何時入院されたんですか?」と布居さんが質問する。
「五日前の月曜日です」
本当にこれが入院して僅か五日の出来事なのか。
「入院中に太らないように気をつけないと」と布居さんが言う。
「飲み食いなしに入院生活なんて出来ませんよ」
「でも、太って苦しむのは自分です」と布居さんが言う。
意外と自己主張があるな。
「あたし、学生時代は太ってたんです」と布居さんが過去を打ち明ける。「高校卒業前までには何としても痩せてやるって、必死でダイエットに励みました。私は楽に痩せていられるタイプではないので、もうあんな苦しい思いはしたくないです」
この人が垢抜けないのは元デブだったからか。痩せていく過程でナルシシスティカルに自分を磨かなかったのだろう。やはり、真希ちゃんのような心の輝きは自分の容姿に対する相当な自信に基いたオーラだったのだろう。あの向き合った時の緊張感やときめき、話しかけられた時の心の底から湧き上がるような嬉しさは普通の人の魅力を遥かに超えていた。真希ちゃんが屋上から飛び降りる時の一歩宙に踏み出す瞬間が何度も思い出されてくる。あの躊躇いのなさ。あの世に飛び込む人の抜け切った思い。俺にはあの思いが得られなかった。
「漫画描くのって楽しいんですか?」と布居さんが自分の未知の領域に関心を示す。
「楽しいですよ。三十一枚以内の短編を仕上げる作業を映画一本撮るような気持ちで描いてます」
「あたしも漫画家目指そうかな」と布居さんが簡単に言う。
「この道に入れば、生き甲斐は得られます」
「あたし、結構、漫画は読むんです。中学生の頃にスケッチブックに枠線引いて漫画を描いたら、余りに絵が下手で止めたんですけど」と布居さんが苦笑して言う。
「絵が下手だからこそ努力を重ねて絵の練習に励むんです。それは夢中になって行われる努力で、楽しさ以外の何物でもありません。漫画は深いです。物事、真剣に追求し始めたら、何でも深いのかもしれません」
「漫画を描く道具って、そう言うインクを付けながら描くペンじゃなくちゃいけないんですか?」と布居さんが素朴な質問を投げかける。
「油性ならマジックペンでも良いんです」
「その紙は一枚ずつ売ってる画用紙なんですか?」と布居さんが興味津々に訊く。
「B4ケント紙って言うんですけど、一枚ずつ売ってます。一回、枠線の寸法を測ったら、後は線の延長線上の端に千枚通しで纏めて穴を開けるんです。一時集中的に人物を描く練習をして、人物が描けるようになったら、背景の方はそこそこ描けるようになります。人物を描く練習は物凄く楽しいです。この付けペンは漫画家を志す人達の愛用品です。これを使えば、漫画を描くって行為にムードも出ます」
「ああ、じゃあ、私も母に言って、買ってきてもらいます」と布居さんが信じられない程簡単に漫画を描く事に積極的な姿勢を示す。布居さんの影響され易い素直な性格には特別な魅力を感じる。布居さんは最も自分に接近してきた特別な女性だ。真希ちゃんでさえここまで俺の世界に接近してこなかった。
「自分で買って始めた方が良いですよ。自分で道具を買いに行って漫画を始める事が物凄く大切な思い出になるんです。この握りをペン軸、このペン軸の先に刺した金具をペン先って言います。因みにこのペン先はGペンと言い、その他に丸ペンやカブラペンなどがあります。正統派の漫画家はGペンを使いこなすんです。ペン先はセットもあるけど、バラバラにも売ってるんです」
「判りました!あたし、漫画やります!Gペン買います!」と布居さんは快活に宣言して、ソファーの方に歩いていく。
「昨日、三木谷さんって言う美大出の人が退院したんですけど、その人と精神病院漫研を結成したんです。布居さんも精神病院漫研の一員として漫画を描きませんか?」
「ああ、良いですね。退院したら、良い思い出になります」と布居さんがTVの前のソファーに座って、明るい声で言う。
精神病院で二人も漫画仲間が出来るとは思いもしなかった。出来るだけ早く退院したいけれど、今は今を大切にしたい。それが精神科病棟を舞台にした漫画を描く事にも繋がっていくのだ。
「人物画を練習する程度のスケッチブックや文房具なら、病院の売店でも売ってます。多分、今日から院内散歩が許可されますよ」
「一緒に来てもらえませんか?」と布居さんが全く俺に対する信頼感のない眼差しで訊く。
「良いですよ」
「ほんとですか!嬉しい!」と布意さんが何でもないような事を酷く嬉しがって言う。
真希ちゃん、由里ちゃんや布居さんに恋心を抱いたりしてゴメンね。今日で入院六日目か。今日は確かデイ・ケアに見学に行くんだったな。俺はつげ義春を想いながら、漫画を描く。
「ああ、今日、デイ・ケアの見学に行くんですよ。もしかしたら、売店に付き合えないかもしれません」
「なら、自分で行きます。油性のマジックペンで良いんですよね?」と布居さんが大して残念がらずに漫画道具の事を積極的に訊く。
「シャープペンか鉛筆できちんと下絵を描いてからペン入れをした方が良いと思います。紙は薄っぺらなメモ帳より、画用紙のスケッチブックの方が良いと思います。消しゴム買うのも忘れずに!」
「ああ、はい」と布居さんが素直な返事をする。
由里ちゃんが俺に視線を合わせずに黙って喫煙所の方に歩いていく。布居さんが由里ちゃんに、「おはようございます」と挨拶する。
「朝のお薬でえす」と若い女性看護師が病棟内患者に声をかける。
俺は薬を服薬し、朝食のトレイを受け取る。朝食は生卵ごはんと焼き魚と小さな紙パックの牛乳だ。由里ちゃんが辛そうな顔で朝食を食べている。俺に対する嫌悪感なのか、食事をするのが大変なのか、よく判らない。
朝食を終えて病室に入ると、入口から女性の声が、「氏川さん!」と呼ぶ。振り返ると若い女性看護師が入口に立っている。
「はい」
「今日、これからデイ・ケアの方に御案内します」と看護師が言う。
「ああ、はい」
女性看護師は俺の左隣を歩き、病棟の出入り口のドアーの鍵を開ける。エレヴェイターで一階に下りると、本館の裏の方に歩いていき、小さな平屋の中に入っていく。幼稚園の生徒用の下駄箱のような大きな下駄箱に靴を入れ、共用のスリッパに履き換える。十畳程の居間のようなところに十人掛けのテーブルがあり、七人程の男女が椅子に座っている。どの人物の目も虚ろで、病的に肌が蒼白い。親しげな笑顔をこちらに向ける者もいれば、人見知りしたような緊張した様子で俯きがちに隣の人と小声で話す者もいる。美人はいない。ここでは幻聴が騒ぎ始めても、直ぐにはベッドに横になれない。七人の中には同じ病室の中西栄太君もいる。中西栄太君だけが舞い上がったようにデイ・ケアに関する事を声高に話している。他の六人の男女はどの人も俺に対する劣等感を顔に浮かべている。彼らの顔には知性が抜け落ちている。俺の顔もこんな風に見えるのか。何だかこの場の空気が迫ってくるようで、妙に緊張する。頭もよく働かない。こんなに頭が働かない感じで五日間過ごしていたのか。ここに来て初めて自分の精神状態の悪さに気づく。俺は彼らのように安定した精神状態にはない。俺はここに通うだけの心のゆとりがない。俺は直ぐにこの場から逃げたくなる。
デイ・ケア見学一日目は料理の授業で、炒飯とコンソメ・スープを作る。自分達で作った昼食を食べ終わると、来週の料理を決め、料理に必要な材料を指導員に向かって口々に言う。午前中のデイ・ケアが終わり、迎えにきた先程の女性看護師が、「デイ・ケアはどうでした?」と感想を訊く。
「俺もあんなに知性が顔から抜け落ちてるんですかね?」
「ああ、なるほどね。氏川さんは二枚目だし、そんな事ありませんよ」と看護師が明るい口調で言う。
「俺も将来、あんな顔つきになるんですかね?それを思うと物凄く恐くて、もう午後からはデイ・ケアに行きたくありません」
「あの人達は知的障害のある患者さん達なんです。まあ、一応見学はして戴いたんで、もう行きたくなければ、行かなくて結構です」と女性看護師が笑顔で言う。何とも奇妙な笑顔だ。俺の見ている看護師の顔は幻覚を被っているのか。村野さん辺りは病歴が長くとも、彼らのように知性の抜け落ちた顔はしていない。デイ・ケアのメンバーの中では中西栄太君が一番元気溌溂として賢そうに見えた。俺は違う次元の世界に案内されたんだな。迎えにきた女性看護師は俺を無事病棟に送り届けると、勤務室の中に入っていく。俺は病室に入る。
「何ですか、あのデイ・ケアの人間の顔は?」と村野さんに話しかける。
「何って、あそこは知的障害のある人達が多く来るんですよ」と村野さんが言う。
「知的障害者!俺、将来、自分もあんな顔になるのかと不安になりましたよ!看護師はそんな事何も説明しないんです」
「我々に対する周囲の人間達の態度の不自然さは、気にすると切がないんです。家族の顔も段々医療関係者のようになります」と村野さんが笑顔で言う。
「冗談じゃないですよ!気持ち悪い!」と俺は怒りや混乱を抑えて愚痴を零す。「あの中西栄太君はどうなんですか?」
村野さんが笑いながら、「見た事ない人間なんでしょ?あの子も知的障害がある人ですよ」と言う。「話しかけてるとぶっきら棒に返事をしたり、病棟内患者の規則違反を批難したり、神に対するように謙虚に接してきたり、人見知りをしたり、指定席みたいな場所を主張したりするのは全部知的障害のある患者達ですよ。揉め事を起こしたり、チンピラやエセ知識人や悪魔的な人物は全部知的障害のある人達です。憶えておいた方が良いですよ。純精神障害者は皆物静かで、知的で、当たり障りなく過ごしてる人達が多いんです。中卒や高卒でも純精神障害者は面白い人が多いですよ。純精神障害者との出会いは精神科ながらの思いがけぬ幸運です」
「へええ、そんなに特徴的な違いがあるんですか。本当にあんなの悪い冗談ですよ」
俺は早速、ベッドに横になる。怒りのあまり、すっかり頭が熱くなっている。
ベッドに横になり、天井を見上げている。静かな病室全体の空気がとても甘く感じられる。ベッドの下からティッシュ・ペーパーを何枚も引き抜く音がする。また中西栄太君が人のベッドの下に潜り込んでオナニーをしているのだろう。村野さんがベッドの下で中西栄太君に何か囁いて、笑っている。俺の耳に聞こえる声や物音を誰かが耳を済ませて聴いている。何でこんなに俺に対する関心が集まるのか。俺は足を振り上げ、ベッドのマットレスに思い切り足の踵を打ち落とす。村野さんと中西栄太君が素早くベッドの下から周囲に逃げ出る。
俺は目覚める。何だ、夢か。俺はベッドを下りて、喫煙所に向かう。目覚めのぼんやりとした頭が心地好い。幻聴の声が微かに聞こえる。幻聴が俺の目覚めと同時に聴こえてくる。病室を出ると、「ああ、はい」と勤務室の外で母の声が聞こえる。今日の面会は何時もより早いな。母は病室の方に歩いていく。俺は壁側の奥の喫煙席で煙草の先に火を点ける。前には由里ちゃんが座り、煙草を吸っている。何だか由里ちゃんの態度はとても不愉快だ。俺と顔を合わせるのがそんなに嫌なのか。
「正道!」と母が病室から引き返してきて、廊下から俺を呼ぶ。
「何?」
「煙草吸ったら、こっちに来てね!」と母が大声で言う。
母の声を聞くと胸騒ぎが起きる。俺の心には母の心のウェイブが荒々しく感じられるのだ。幻聴ある三木谷さんや村野さんの発声には他人の心に対する気遣いがある。俺は煙草の火を揉み消し、喫煙席から立ち上がる。
病室に入ると、「これから外泊だから、外泊の用意をして」と母が言う。
「何だよ、突然だな。どれくらい外泊するの?」
「一拍寝泊りするだけよ」と母が答える。
「家に帰る途中で本屋に寄ってくれないかな?」
「何か買いたい本でもあるの?お母さんが買ってあげるわよ」と母が言う。
「ユング心理学の本を買いたいんだよ。退院した三木谷さんが俺の幻聴説にはユング心理学が合ってるって言うんだよ。それと一昨日、布居さんって言う三歳年上の女性が入院してきてさ、俺が漫画を描く事を勧めたら、あたし、漫画描く!って言ってくれてさ、何か人間付き合いってこう言う呼応関係があるべきだよなって思って、物凄く嬉しくなったよ」
「良いお友達が出来て良かったわね」と母が言う。「御菓子は家にもあるし、本なんか持っていかないで、ここに置いときなさい」
「うん」
母が先を歩き、病室を出る。俺は着替えもせずにその後に着いていく。母は勤務室に寄り、若い女性看護師に入口の鍵を開けてくれるようにと頼む。
勤務室から出てきた女性看護師が入口の鍵を開けると、俺を送り出しながら、「それでは気をつけて外泊してきてくださいね」と言う。母と俺はエレヴゥイターに乗り、一階で降りる。俺は煙草の販売機で『キャスター』を一箱買う。
「あなた、煙草吸い始めたのね」と母が笑顔で言う。
「うん。一日四、五本ぐらい吸うかな」
「煙草止めるのは大変よ。お父さんも長い事禁煙が出来ずにいるの」と母が俺の心に迫るように言う。
会話する相手の思いが自分の心に迫ってくるように感じられるのは錯覚なのか。人の想いを胸に受け止められるような安定した精神状態は維持されていない。
「煙草は幻聴から気持ちが紛れるのが良いんだよ」と俺は横断歩道の前に立つ母に言う。「タクシーで帰るの?それともバス?」
「タクシーが来れば、タクシーで帰るわ」と母が答える。「本屋さんは大森駅の駅ビルの本屋さんで良いわね?」
「店になければ、取り寄せてもらうから、駅ビルの本屋で良いよ」
母が遠くから来るタクシーに手を上げる。タクシーが停車し、俺と母はタクシーに乗り込む。
「JR大森駅までお願いします」と母がタクシーの運転手に言う。俺は早速目を閉じる。幻聴がタクシーの走行する騒音に合わせて騒いでいる。俺は鼓動の乱れた心臓を護る。
夕焼け空の赤の中に赤とんぼが飛んでいく。赤とんぼは陽射しの中で光り輝く。河原の土手に寝転がり、夏の白いセーラー服を着た少女が叢にしゃがみ込むのが見える。少女はスカートを捲り上げ、白いパンティーを右側だけ脱ぎ、こちら側の左の太腿辺りに引っ掛けている。おしっこをしているのだ。横向きなので割れ目は見えない。陽に照らされた少女の横顔は美しい。俺は少女の横顔を眺めながら、チンコを扱く。チンコが無感覚で、早く射精したくて苛立つ。
「正道!着いたわよ!」と眠っていた俺を母が起こす。俺は夢の中のオナニーが中断した苛立ちの中で目覚める。
俺と母は駅ビルの本屋に入り、心理学の本棚の前に行く。俺はユング心理学の入門書を手に取り、ざっと眼を通す。俺は母にユング心理学の本を買ってもらい、駅ビルを出る。
帰宅すると、部屋の鍵を閉め、ベッドの上に左肘を突いて横になると、エロ本のお気に入りの写真を見ながら、チンコを扱く。
オナニーを済ませると、自作の絵のファイルを眺め、漫画に役立つカットを探す。ファイル6と8を病院に持っていく鞄の中に入れる。居間に行き、ソファーに腰かけると、ダイニング・テーブルの上の黄色いタッパを開け、中身を見る。父が食べるバタピーが入っている。
「お母さん!このお父さんのバタピー食べて良い?」
「ああ、ダメよ!それはお父さん用なの!」と母は言って、食器箪笥の横の物入れから袋に入ったままの新しいバタピーを出す。「これなら食べて良いわよ」と母は言って、俺にバタピーの袋を手渡す。俺は早速バタピーの袋の封を開け、バタピーを食べる。TVを点け、部屋から『ブルー・ヴェルヴェット』のヴィデオ・テイプを持ってくる。ヴィデオ・デッキにヴィデオ・テイプを入れて再生する。俺には繰り返し鑑賞する価値のある映画が相当にある。『シャイニング』や『ブルー・ヴェルヴェット』や『ブレードランナー』辺りは一〇〇回は観ているだろう。
夕食は父と母と弟と私の四人で和風醤油きのこスパゲッティーと水菜ときゅうりのサラダを食べる。
夕食を終えると、部屋に入り、古いスケッチブックを眺める。俺が静かにしていると、家族の静けさが本当によく判る。弟の清とはほとんど話さない。父もどちらかと言えば、寡黙な方だ。
漫画の研究のために絵を描いても、美術的な価値のある絵はとても描けない。ストーリーのアイデアが浮かぶと、詩の形にしてあらすじを書く。そういった詩には文学的な価値はない。
幻聴の実態をこれ以上突き詰める事は出来ない。自分を構成する要素とする自説を基礎に幻聴を捉えている。新たな説が誰かによって齎されれば、その説が自説を再考させる。根本的に自説を曲げるのは無理だ。人の意見を心から参考に出来る程、病名との同一性を信じていない。自分の幻聴に関しては自説に固執する傾向が強い。幻聴の自説を語る患者達の誠意は犇と感じられる。幻聴の研究ばかりで人生を終えたくない。幻聴の研究には使命感を抱いている。幻聴という複雑で纏まりのない現象に対する自説の軌跡には常に自覚的でありたい。私と言う主体は果たして複数の人格や個性の寄せ集めなのか。
漫画に活用出来る普通の連想が働かない。幻聴に意識を追い回され、恐怖の次元まで心を追い詰められる事を繰り返す裡に漫画のストーリー作りのための自由連想まで恐れ、心が不自由になっている。幻聴に心を読まれる恐怖感で連想が自由に働かない。自由な芸術的な感性も引っ込んでしまった。幻聴を意識の対象とする生活をなくさなければいけない。SFやファンタジーなどの発想はどんな心に根差した虚構世界なのか。不思議な世界や出来事は全て無意識や霊的な世界に根差しているのか。無意識や霊は化学変化や偶然の出来事にも関係するのか。ユングは偶然性に関して共時性を説いている。空想や想像力に制限を加えては本当に面白い漫画は描けない。絵だけでストーリーを展開させるような表現も試みてみたい。霊の声を日常的に聴くようになる前は、ゾンビだとか、吸血鬼だとか、悪魔などの存在を芸術上の空想的な次元で自由に意識に留める事が出来た。それが今では底深い不安や恐怖を引き起こす存在となっている。それが普通なのか。ホラーやオカルトを好む人間の方が稀なのだ。ホラー・テイストを楽しむ感性は自分がゆっくりと育んできた心だ。
『自分がゆっくりと育んできた心なの?』と男の子の声の幻聴が訊く。
ちんこみたいな質問は止めろ。
『何、ちんこみたいな質問って?』と悪に傾倒した少女の声の幻聴が楽しそうに訊く。
お前はちんころりんだ。
『何、ちんころりんって?』と二人目の男の子の声の幻聴が楽しげに訊く。
胸の中に不安が生じる。ちいぱっぱな質問だな。そう言って、不安を乗り越える。
『あたしはちいぱっぱなの』と癒し系の少女の声の幻聴が感情を押し殺すように言う。
少年の声の幻聴は全部で三種類ある。それに少女の声の幻聴が三種類と、古田と小野さんなどの知人の男女の声と、父親と母親と見知らぬおばさんとおじさんの声と、状況を限定したイレギュラーの声と、他界した真希ちゃんの霊の声がある。真希ちゃんの声を霊としたなら、全部が霊になる。
『あたし、多分、霊』と癒し系の少女の声が確信を得たように言う。
こういった遣り取りを四六時中している事は伝え切れない。幻聴との遣り取りには大した価値は認めていない。幻聴との心の距離感を回復させ、それを維持したい。俺の意識を追い回し、恐怖を募らせるような悪事から幻聴の関心を明るく純粋な方へと方向転換させたい。子供の声には子供らしい心を回復させ、大人の声には気遣いや常識を育てている。知人達の声にはどれも別人のような心が根づいている。幻聴が俺との精神的な一致を求める点に心的な関係性を見出している。相手としての俺を負かそうとする点には独立した知能が見出される。悪霊だとか、霊と解するには他人としての情報が全くない。俺は超越的な高次の判断を常に必要としている。自分の想う神仏が彼らの味方をするように思ってしまうのは俺の信仰心が浅いからか。救いの神は存在するのか。人の苦しみを真に理解する神は存在するのか。悪業の報いとは神仏の加護の外に追い遣られる事なのか。神様に祈って、祈りが叶わなければ、神様に見離される現実を受け入れねばならない。何度祈っても叶わぬ願いでも、繰り返し救いを求めて祈る必要があるのか。
お釈迦様、辛いです。本当に辛いです。私を苦しめる幻聴を消してください。南無釈迦無二仏。幻声が俺の祈りの心の声に重なっている。
『俺も祈ってるよ』とレンタル・ヴィデオ・ショップの同僚の古田の声の幻聴が甘えるように言う。
気持ち悪い。
『また眠れなくなるよ』と古田の声の幻聴が暗く意地の悪い口調で言う。
古田の声の幻聴の鬼のような心の冷酷さが泣きたくなる程辛い。また眠れなくなるのか。ああ!眠剤があるか!本当に精神科の世話にならなければ乗り越えられないのか。向精神薬の効果で幻聴の内容が改善される事はない。向精神薬では幻聴の言葉の勢いも衰えない。本当に向精神薬などで幻聴が消えるのか。これは本当に病気なのか。幻聴とは心霊現象なのではないか。自分を構成する要素が自分の人間を虐める事などあるのか。俺の霊感により聴覚的に聴こえてくる霊の声なのではないか。俺の意識が霊に向けられているから聴こえてくるのか。アンテナを引っ込めた瞬間に幻声が小さくなる。幻声は溺れ死ぬ事に抗う子のように必死で俺の知覚領域に入り込み、元通りの音量を回復させる。俺との関係だけで同じ時間を生きている存在みたいだ。俺と同じ魂に根差す命なのか。幻聴は頻りに俺に知覚される事に執着している。霊ならば、迷いの心が生じているのか。何故人の意識や心の動きが判るのか。それは俺の心に憑依して俺の内側に存在し、俺の意識や心の働きを読んでいるからだろう。テレパシーの能力が発展すれば、俺にも人の意識や心の動きが判るのか。彼らはまるで神の持つ超能力を悪用する者のようだ。自分の得た餌食を逃さぬようにと躍起になる悪霊のようだ。幻聴には幻聴による音声的な言葉の伝達を失うまいとする内的な焦りが感じられる。憑依した霊と外界の見えない霊とが手を組んで初めて可能足らしめる現象のようにも感じられる。俺は内と外の存在に挟まれたような不安や恐怖を常に感じている。問題解決として内なる存在を外に出すイメージをする。
『ああ!』と男の子の声の幻聴が恐怖の悲鳴を上げる。再び体内に何かが戻る気配を感じる。何度か悪霊を外に追い出す事を繰り返すと、何かが心の内と外の態勢を固く結び終えたような気配を感じる。心霊現象とするには余りにも自分の精神構造の働きに似ている。霊が俺の知覚領域に入り込む事で俺の精神構造の調和が破壊されたのか。そこは俺の心の安全領域だったのか。
秘めやかに自慰行為をするにも女の声が幻聴として聴こえてくる。プライヴァシーが保たれない。幻聴の一群を自分の精神構造内の存在として受け入れねばならない。三木谷さんのテレパシー説では動物系との関わりを性の領域においても容認しなければならない。
風呂に入り、湯船に浸かると、『お風呂にいるよ』と水面近くから古田の甘ったれた上向きの声が俺に言う。丸裸の狭いところで幻聴に話しかけられると素肌や神経に触れられるような恐怖が募る。俺は急いで風呂から出る。
脱衣所で寝巻きに着替え、自室に入る。机の前に座り、スケッチプックに西洋の山頂に聳え立つ城の写真を模写する。
母が部屋に来て、「外伯中も病院の消灯時間と同じように九時には寝なさいよ」と言う。
「うん。判った」
事細かに母に指示されると不安になる。人と濃密なコミュニケイションをするような心のゆとりはないのだ。
俺は歯を磨き、一日の疲れが溜まった体をベッドに横たえる。
夜の浜辺に横たわっていたら、何時の間にか温かい海水に体を浸している。ヤドカリや蟹が動く音の中に子供達の声が重なって聴こえてくる。生きとし生けるもの全ての存在が愛おしく感じられる。心の壁を作り、他と通い合わせるべき心が自我として孤立している。波音も宇宙大の心の中では音楽的な調和がある。背に当たる砂の一粒一粒にも自分の心と体に完全に嚙み合わせるために必要な仕組みがある。星との距離感は身体感覚の距離感と全く同じものを表わしている。月は美しい。月光は自分の中の神聖なる静けさの輝きを意味している。
夢の中の静けさから滑らかに目覚めに移行していく。俺はベッドから出て、洗面と歯磨きと髭剃りをする。居間の食卓に着くと、母が朝食にコロッケ・サンドとホット・ココアを持ってくる。
「精神科なんかに入院してても幻聴は消えないよ。向精神薬は何の役にも立たない。家で漫画を描いてる方が余程良いよ。人生の遅れを取り返さないといけない」
「まだ一週間しか経ってないわよ。先生だってあなたが少しでも楽になるようにとお薬を選んでくださってるのよ」と母がダイニング・テーブル越しに立って言う。
「今日は何時に病院に帰るの?」
「病院の夕食前に帰れば良いの。それまでは好きな事してなさい」と母は言って、台所に向かう。
今日で入院して七日目か。もう一週間だ。
『病院に帰るよ』と男の子の声の幻聴が言う。
また今日も幻聴に意識を追い回されるのか。これでは生き地獄だ!
俺は食事を終え、ヴェランダで煙草を吸う。幻聴が車の騒音に合わせてはしゃぎ出す。幻聴がなかった頃の静寂を取り戻したい。煙草は苦しみを束の間忘れさせてくれる。
真希ちゃんは霊界でどうしているのだろう。モノが疼く。俺は自室に入り、鍵をかけると、ベッドの上でモノを扱く。オナペットは由里ちゃんだ。モノの中心部が堪らなくむず痒い。小野さんの声の幻聴の色っぽい声が額の前から聴こえてくる。俺は由里ちゃんをオナペットに選ぶ。由里ちゃんの穴の中にありありとモノの存在を感じさせる想像をして、ゆっくりとしたピストン運動を繰り返す想像をする。茎でイクようにしないと、セックスでは射精し辛い。由里ちゃんの清楚な感じは真希ちゃんとは別の魅力がある。オナペットの裸体に真実など必要なのか。乳首の色や胸の形が真実と異なる事がそんなに問題あるのか。
オナニーを済ますと、昨日描いた城の絵を眺める。黒澤明監督は全場面の構図を名画のレヴェルで満たした。漫画の一コマ一コマも名画の仕上がりにすべきだろう。絶景が無数に現われるようなストーリーはもっと非日常的なストーリーだろう。
幻聴でまた頭が疲れてきた。少しベッドに横になるか。一日の時間が眠りに奪われていく。こんな日常では漫画の連載は無理だろう。デビューしたら、暫く短編を描き続けようか。長編の原稿が全て完成した時点で小分けに連載してもらおうか。心が不自由で連想が止まってしまう。これでは何れ描けなくなる。幻聴が生じる前は一日に三作分のあらすじを思い付いた。恐怖を搔き立てるような連想が何故自由に出来たのか。幻聴が生じる前の精神状態はどのくらいタフだったのだろう。
玄関を出ると、見知らぬ女性が笑顔で立っている。何故か懐かしい気持ちになる。この人は誰だろう。運命の女性か。
俺は目覚める。俺は本当に酷い恋人だ。もう気持ちの中では次の恋に向おうとしている。真希ちゃん、ゴメンね。
机の前に座り、家にあるB4ケント紙に漫画を描く。長崎に行く前の東京にいた頃から描いている作品で、中学生の男女が言葉のセックスをしているような会話を書き、お互いが相手の裸を自由に想像する空想と現実を同次元に描いていく。モノが立ってきて、またベッドに横になってモノを扱く。俺は由里ちゃんを想ってモノを扱く。額の前からまた小野さんの声の幻聴が喘ぐ声が聴こえる。
病棟に帰ると、荷物を病室に置き、喫煙所に向かう。
「氏川さん、お帰りなさい」と布居さんが俺の向かいの壁側の手前の喫煙席で言う。「あたし、漫画道具を一式揃えて氏川さんが帰ってくるのを待ってたんです。これ、あたしが画用紙に鉛筆で描いたイラストです。五枚描きました」
「へええ。布居さんは実行力がありますね」
布居さんの絵は何とも汚い。
「男勝りなラフさが特徴ですね」
「あたしの絵って、雑でしょう?」と布居さんが困ったような顔で訊く。
「うん。確かに汚い。でも、ラフさを個性として活かすのが近道かな」
「あたし、絵を描く事自体は好きみたいです」と布居さんが笑顔で言う。
「イラストを描くのは良いんだけれど、早くコマ割りして、ストーリーある漫画を描いても良いんじゃないかな。経験的な助言じゃないんですけどね。俺の漫画の絵に動きが出たり、陰影や立体感が上達したり、芸術性が表われたり、主人公が活き活きと描かれるようになったのは実際に原稿用紙にコマ割りをして、漫画を描く事で経てきたんです」
「漫画をいきなり描いて良いんですか?」と布居さんが意外そうに訊く。
「原稿用紙にコマ割りをして漫画を描く事をやりながら、イラストやスケッチみたいな絵を描くと良いじゃないですか。俺の場合、ストーリーがなかなか思いつかなかったんです」
「あたしもストーリーは思いつかないです」と布居さんが眉間に皺を寄せて言う。
「絵を描くのは楽しいでしょ?」
「はい、まあ」と布居さんが何処か曖昧な返事をする。
「コマ割りや台詞の配置の設計図みたいなのを大学ノートやプリント紙に書いたものをネームって言うんですけど、原稿用紙に直接緻密なネームを描き上げると、コマの流れの時間計算が合わない時に、よく描けた絵を消して、間にコマを挿入する事が勿体なくて出来ない事があるんです。自分独自の時間感覚で自分の原稿を読んじゃダメなんです。今の俺の課題もコマの流れの時間計算なんです」
「時間計算って、人が漫画を読む速度の事ですか?」と布居さんが積極的に訊く。
「まあ、そうです。自分が読んでも、他人が読んでも、最低限普通にかかる時間の流れです。各場面をこう読者に読んで欲しいと計算すると、溜めの間が必要だったり、スピード感を維持したいと思うでしょ?」
「えっ!それって、読み手が作品に入り込んで感じ取る事じゃないんですか?」と布居さんが予想外の真実に驚いて訊き返す。
「そういう面もなくはないですけど、基本的には漫画家の技術と表現力です」
「そうなんですか!はあ。ネームですか。ペン・ネイムとかもあるんですか?」と布意が興味津々と訊く。
「俺はペン・ネイムは本名と同じです。ペン・ネイムを考えるのも楽しいですよね。俺も昔はペン・ネイムらしきものがありました」
「あたしはペン・ネイムを持つ事に憧れがあります」と布居さんが眼を輝かせて言う。
「ペン・ネームには自分の漫画を手に取ってもらうための宣伝効果がありますから、御自分でペン・ネイムが欲しいと思うなら作ってみても良いと思います」
「作ります!」と布居さんがはしゃいで言う。「じゃあ、実際に原稿用紙にコマ割りして漫画を描きながら、他方でスケッチやイラストを描いて絵の技術を高めていきます」
布居さんは完全に漫画を描く事に目覚める。俺に対する性欲や恋愛感情が段々と見受けられなくなってくる。何だかそれが寂しくもある。布居さんが美人だったら、こんなに相性の良い女性には早々出会わないだろう。
今回の外泊以後、俺は週に二泊三日外泊するようになる。漫画は入院中可能な限り描き続けていく。精神病院漫研の部員は布居さんと俺以外にはなかなか増えない。
日々、精神的な混乱を多々繰り返し、段々寝込みがちになってくる。前立腺の関係か、放尿が困難になり、残尿感や頻尿に苦しみ始める。三木谷さんや村野さん以後、病棟内に目ぼしい幻聴説を持つ者は現われない。真希ちゃんや由里ちゃんのような美人の患者も現われない。
OTなどの作業訓練の治療目的を理解し、幻聴に対する神経質で弱気な面を何とかしようと、体調が悪くなった時には寝込まず、椅子の上に座ったまま仮眠を取るなどしてやり過ごし、食べ物が喉を通らないような時には誰が食べているのかも判らないような潮来のような口の動かし方で食べるようになる。寝込む癖を付けると、段々と動けなくなり、一日中何もせずにゴロゴロして、引き籠りになっていくのは目に見えている。口の中の渇きは薬の副作用の他に普段から口を半開きにしているような事も原因している。俺は段々と向精神薬の副作用で手の震えが表われたり、いつも口をポカンと開けているようになっていく。外泊を繰り返す裡に便秘にも苦しむようになる。
入院して半年後、精神科医は長期入院による薬物療法だけでは精神分裂病の治癒を保証出来ない事を知る。
「このまま幻聴が消えないなら、自宅の整った環境で漫画を描いている方が良いですよ」と石橋先生に言う。それにより退院は即決まる。
退院日に石橋先生が俺を別室に呼ぶ。
「氏川さんは今日で退院です。退院後も薬はしっかりと毎日服用してください。薬を止めたら、必ず病気が再発します。再発すると、また辛い思いをします。今の精神状態は薬の効果で維持されているようなものです。多くの患者さんが退院後に薬を止めて再入院を繰り返します。薬は一生飲み続けてください。通院で様子を診ながら、徐々に薬を軽くしていきます。決して自分勝手に薬を止めないでください。良いですか?」と石橋先生が改まった顔で言う。
「はい」
「はい!それでは退院おめでとうございます。退院後半年ぐらいは毎週水曜日に通院して、午前中に外来で診察を受けてください」と石橋先生が厳しい顔付きで言う。
「はい、判りました。ありがとうございました。お世話になりました」
二十五歳の誕生日を過ぎた一九九四年の春の事である。
『退院後の生活』
幻聴に意識を追い回されたり、追い詰められたりしていると、自分の心の動きを幻聴から潜めるような緊張状態に陥る。幻聴が人間の心の中の様子が判るのは当たり前なのか。幻聴とは人間にとって心の中の事を知られても良い存在なのか。考える事、言葉を紡ぎ出す事の全てを幻聴を意識しながら行う。そのアンテナが原因して幻聴が聴こえ続けるのか。幻聴には時々人間の思考や心の中の言葉が全て判る。こちらの心の動きにしばらく気付かない時もある。人間の体の内外で連携プレイが行われているのか。思いつく事を幻聴に隠していると、その思いや言葉に必ず外なる幻聴が気付く。ユング心理学を勉強していると、幻聴とは元型と称される個人的無意識なる心の存在である事が判る。霊ではなく、無意識的な自分の心ならば、思う事考える事が全て伝わるのは普通だ。幻聴は明らかに俺を自分の意識の対象にしている。俺は色んな考えで幻聴をなくす努力をし、一喜一憂を繰り返してきた。一つの説が二、三日保たれる事も少ない。幻聴は俺が無視すると何が何でも返事をさせようとする。幻聴は自分達の声を大気に維持する。幻聴は俺の意識へのアンテナが苦労の末漸く繋がったアンテナであるかのように必死で逸れないようにする。ユング心理学によると精神分裂病はセルフなる心の三層構造全ての中心であるような元型の存在的な病だとされる。そのセルフなる存在は人間の仏性でもあるらしい。
漫画にもTVにも本にも音楽にも完全には集中出来ない。ユング心理学の本と並行して岩波文庫の漢訳仏典以外の翻訳仏典を読み継いでいる。それらの仏典には悪霊の憑依や幻聴に関する事は何も書かれていない。幻聴の事を調べる読書なのでお釈迦様の教えは記憶していない。
幻聴の脅威による慢性的な不安と動悸がある。心臓の病気が心配される。外なる幻聴が悪い念をこちらに送っているのか。幻聴の波動の質なのか。
入院前から描いていた五作目の短編漫画を完成させ、K社の編集部に持ち込みをする。担当の片桐さんが原稿を読む間に幻聴が聴こえ始め、不安になる。これではまともに受け答えが出来ない。片桐さんの評価は意外と高い。
「私は実は精神分裂病を患っていまして、幻聴があるんです。本当は集中して片桐さんのアドヴゥイスを聴きたいんですが、今、実は幻聴への不安や恐怖のせいで軽い精神錯乱を起こしていまして、理性で静かにしているので精一杯なんです」
「ああ、それは大変ですね。漫画家には精神病を患っている漫画家が結構いて、皆さん、精神状態の乱れを理由に描き直しを渋るんです。しかし、プロの仕事をしようと言う描き手が編集との二人三脚が出来ないようではいけません」と片桐さんが心配そうな顔で私を気遣いながら、何か面倒な催促をしている。俺は片桐さんが何て仰っているのか所々頭に入らない。俺は早く家に帰りたい。何だか俺は原稿の描き直しを断り、片桐さんは仕方なく原稿を新人賞に送る事にしたようだ。これでは持ち込みをした意味がない。
これまで落選した作品はどの作品も大きな話のあらすじのような出来で、ゆったりと百枚二百枚の原稿を描いて仕上げるべきストーリーばかりだ。なかなかストーリーを膨らませる事が出来ない。
普段、誰とも言葉を交わさず、外来への通院時にも知った人とは出会わない。デイ・ケアに通うつもりはない。退院すると、精神状態が日に日に悪化し、精神状態が乱れては寝込むようになる。精神状態を整える仮眠から起き上がると、漫画を描くか、読書をしている。
真希ちゃんの事を時々思い出す。無遠慮に真希ちゃんの事を想うのを控えている。由里ちゃんや布居さんは退院しただろうか。新たな恋人は病棟で出会った人の中からは選べない。それが真希ちゃんに対する最低限の礼儀だ。
入院中に真希ちゃんから薦められて読んだ武者小路実篤の『真理先生』のプロットを分析し、起伏の少ない物語の構造を研究している。小説と漫画の違いを考えるよりも、小説家の持つ詩才を漫画に持ち込みたい。真希ちゃんが生前病院の売店で注文していた安野光雅の『手品師の帽子』とリチャード・バックの『かもめのジョナサン』の文庫本を読み終え、真希ちゃんのセンスの良さに改めて気づかされる。それらの小説が漫画のプロットを立てる時のストーリー作りに非常に役に立っている。それらのシンプルなワン・アイデアから内容を膨らませていくようなプロットが短編的なのだ。
自分の日常が家族の外には全く繋がっていない。自分の異常な経験を人に伝えたい。家族の考えは精神科医の精神医療的な解釈に丸め込まれている。俺は障害年金を受給し、お金には困っていない。
漫画を描きながら、ピンク・フロイドや尾崎豊の音楽を流していても、なかなか昔のようには聴き込めない。二十代の読書や芸術鑑賞で何をどう窮めるか。同じ本を何度も読み、好きな映画を何度も観るような奥深い生活をしたい。
毎日、午前中漫画を描いた後に池上通りの古書店に足を運び、本や漫画を買い込んでいる。読んでいない本がたちまち本棚に溢れる。本は買い溜めると読む気がしなくなる。読み終わっては買う方が自分の関心の変化によく合った読書になる。買っても読まない本は売った方が良い。本棚に買い込んだ本が溜まって、プレッシャーを感じるような読書は良くない。買っては読まずに売る事を繰り返し、二回目、三回目に手に入れた時に漸く読む事が出来たなんて本があっても良い。漫画などは買ってきたその日に一挙に読みたい。レンタル・ヴィデオ・ショップにもよく足を運ぶ。
夕方、会社帰りの父が、「正道、一緒に散歩しに行かないか?」と俺を誘う。夕食前の入浴は控えている。入浴中は幻聴が特に騒ぎ、毎日精神不安に陥る。父の提案に意外な印象を受け、父と一緒に歩きにいく。
「いつも三中の方に行くの?」と父に訊くと、「平和島の方に行ったり、大井町の方に行ったり、色々だな」と父が答える。「少しは家の外に出てるか?」
「毎日、古本屋とか、レンタル・ヴィデオ屋に行ってるよ」
「漫画はどんな具合だ?そろそろプロになれるのか?」と父が珍しく漫画の事を訊く。
「常に自信作を投稿してるつもりだよ」
「そうか」と父が簡単に理解を示す。
父は本当に寡黙な人だ。父の歩幅が自分より短い事に気づく。客観的に父の様子を見ていると、父の心にも異変が起きているように見える。
「今度、俺の過去作読んでみる?」
「帰ったら、読むよ。どんな漫画を描いてるのかねえ」と父が興味深げに言う。
「本当はアート・コミック的な要素を盛り込みたいんだけど、漫画の展開の時間の流れがコマ割りで正確に組み込めなくて、長編的なストーリーをあらすじ的に描くような次元からなかなか進歩しなくてね」
「漫画をやろうと思ったのは良い着眼点だな。今の時代の表現物の中では漫画的な視点の方が文学より面白いよ。お父さんも週刊誌に掲載された漫画は時々読むんだ。漫画はやっぱり時代漫画の一寸エッチなのが良いな。漫画家になるには女性を魅力的に描ける事が重要な点だろう」と父が漫画に関する自論を語る。
「カルト的な漫画を沢山描きたいんだ」
父の言う良い漫画、良い小説というのは父が好きな漫画や小説を意味する。なかなか父の期待に副えるような漫画は描けそうにない。
「夢があって幸せだな」と父が眼を輝かせて言う。
「確かに夢を持つ事は幸せな事だけれど、人生は楽じゃない。夢を実現させても、実現した夢の仕事を全うするには更なる苦労が待ってる」
「仕事って、どれもそう言うものだぞ。誰でも年を取れば、何らかの病気を抱えて生きるんだ」と父が俺に言い聞かせる。「お父さんも糖尿病と高血圧を患ってるんだ」
「俺の経験してる事は本当に病気なのかな」
「精神科は精神や脳の働きの異常と解釈するからな。精神分裂病は医学的にはまだよく判っていない病気だって先生が仰ってたよ」と父が落ち着いた口調で言う。
「幻聴の事をああだこうだと考えて、世紀の大発見のように思った事が翌日には真逆の説に変わるような事の繰り返しだよ」
「乱心って言うのが精神分裂病の歴史記述で、西洋では王族に発狂した者が出ると幽閉したりしたんだ。日本では座敷牢に閉じ込めたんだ」と父が精神分裂病者の歴史を語る。
「俺は発狂は経験してないんだよ」
「お父さんはお前が精神科に相談しに行った事は悪くないと思うぞ」と父が俺の判断を認める。
父の存在がとても温かく身近に感じる。少年の日の父はとても頼もしかった。今の父は親と言うより、俺と同じ目線で意見する。父と対等に付き合える年齢になって、父に対する親しみが増す。
『この人、精神科!』と悪に傾倒した少女の声の幻聴が明るく言う。
『精神分裂病なのか』と男の子の声の幻聴が呆気らかんと言う。
父と散歩から帰宅し、風呂に入る。身を保護する服を脱ぎ、裸で入浴している時に幻聴を直に聴くのは物凄く緊張する。時々、人間と向き合って会話する事にも不安を感じる。不思議と人と話している時には幻聴は聴こえない。人の心の中の声が聴こえる超能力者が世の中に混ざっている事を思うと対人恐怖にもなる。毎日、じっくりと心を落ち着ける試みをしたい。精神の安定を図る瞑想を研究しようか。幻聴論の研究は悪魔の食い物にされるだけだ。統合失調症者による幻聴論の追究は間違った解釈に行き着くのではないか。漫画にもならないような空想的な幻聴解釈をしては毎日のように間違いに気付く。精神科の外来の診察室で精神科医に精神分裂病をリアルに理解させようと言葉を駆使する事には患者側の悪意がある。もう幻聴の事をあれこれ考えたり、発言する事を止めよう。
一九九四年の夏、五作目の短編漫画がまた漫画の新人賞に落選する。
一九九四年、退院後、半年が過ぎた冬に、入院中に病棟で出会った村野さんや三木谷さんの事を考え始める。俺は早速三木谷さんと村野さんに電話をし、俺と三木谷さんと村野さんの外来の通院日を水曜日に合わせる。
外来の待合室に入ると、村野さんが喫煙所で煙草を吸っている。俺は診察券を受付に提示し、喫煙所に向かう。
「村野さん、久しぶりですね!」と俯いた村野さんに声をかける。
「ああ、氏川さん、久しぶり!退院後の激太りはなかったんですね」と頬の扱けた村野さんが虚ろな目で言う。随分と病的な顔だな。
「村野さん、痩せましたね」
「ああ、そうですね。エロビデオみたいな映像や幼児虐待みたいな過激な映像が絶えず目に映ってね、それと霊が沢山部屋の中に見えるようになって、クタクタに疲れてます。入院したって何してもらえる訳ではないから医者には言ってません。自分の好みの話題に対応出来る人間がいなくて何日も会話をしない事があります」と村野さんが弱り切った様子で言う。
「はあ・・・・」
自分の願望の映像かな。危ない人なのかな。入院したって何してもらえる訳ではないか・・・・。俺は村野さんの左隣に腰かけ、煙草に火を点ける。あっ、一番前の席に三木谷さんがいるな!
「三木谷さん!」と喫煙所から三木谷さんに声をかける。三木谷さんがこちらに振り返る。「ああ」と三木谷さんが反応し、こちらに歩いてくる。
「三木谷さん、太りましたね」と激太りした三木谷さんを見て、そのままの感想を言う。
「いやあね、入院ストレスって言うのかな、物凄くひもじくて、スナック菓子を一日三袋食べて、牛乳を一日二リットル飲んで、大きなペットボトルのコーラを一日一本飲んでたんですよ」と三木谷さんが二十顎を搔き毟り、額から汗をダラダラと垂らしながら、笑って言う。
「今日、診察が終わったら、三人で食事しませんか?」と俺が二人に提案する。
「ああ、良いですね」と村野さんが直ぐに賛成する。
「ああ、村野さんと三人の昼食は楽しそうですね」と三木谷さんが村野さんに笑顔で言う。
この二人が知り合いなのは知っている。どちらかと言うと俺の縁結び的な繋がりである。そう言う立場は俺の昔からの人間関係にも通じている。俺はいつも三人組の二人の不仲に板挟みになる。三人組の不仲の二人が組んで、俺が仲間外れにされるような事も必ず経験する。俺はそんな不仲の二人に対し、必ずナイス・ガイを貫く。性格的な損得を考えると損な役回りに思える。片方に関する自分の陰口が陰で密告される事に関しては普段からの注意がいる。どんな裏切りや不仲に遭っても、人間関係にはもっと積極的な姿勢を示すべきだろう。
「蒲田に出て、焼肉でも食べませんか?」
「ああ、良いですね」と三木谷さんが言い、「焼肉は良いですね」と村野さんも賛成する。
三人共診察が終わると、外来薬局で薬を受け取り、バスで蒲田駅に向かう。電車の車中で右隣の窓際の席に腰かけた三木谷さんに、「三木谷さんはガロ系の漫画は読みますか?」と訊く。
「大学の時に一通り読みました。でも、僕は少年漫画のヒーローものの方が好きです。氏川さんはガロ系の漫画が好きなんですか?」と三木谷さんが豊かな知識を示し、俺にガロ系の漫画に関する好き嫌いを問う。
「末永く単巻の過去作が愛され、話題にされ、尚且つ新しい世代に読み継がれるでしょう?俺にはリアル・タイムでの長期週刊連載や月刊連載は無理ですから、『ガロ』でデビュー出来たらなと思ってます」
「長期連載は何れやらなければダメですよ。漫画で食べていこうと決意しているなら、尚更出来なきゃダメです」と三木谷さんが意見する。
「ガロ系の漫画家って、本当に漫画で食べていけてるんですかね?」
「漫画作品があるってだけの漫画家まで視野に入れてませんか?」と三木谷さんが俺の視点の誤りを指摘する。
「ああ、はい」
「障害年金を受給して、グループホームに住むと良いですよ」と左隣の通路越しの席に腰かけた村野さんが言う。
「俺も障害年金の申請はしました」
「障害年金を受給してグループホームに住めば、世話人さんが格安で食事を作ってくれるので、何とか社会的に自立した生活が出来るようになります」と村野さんが言う。
「村野さんは障害年金を受給して、アパートじゃなく、グループホームに住んでるんですか?」
「ええ、そうです。TVを買って、オーディオを買って、エアコンを取りつけたような個室で普通程度の暮らしをしています。中には発病前に足かけ三年国民年金を払っていなかったような、障害年金を受給出来ない人がいるらしいんです。そういう人は生活保護を受給して暮らしてます」と村野さんが言う。
「僕も障害年金の申請はしました」と三木谷さんが言う。
「村野さんは小説の執筆はワード・プロセッサーですか?」
「いいえ、手書き原稿です」と村野さんが言う。
食事会の焼肉屋の席では三木谷さんを前に村野さんの右隣に座る。村野さんはウェイトレスに、「ビビンバください」と注文し、三木谷さんは「カルビー二人前と御飯をお願いします」と注文し、俺は三木谷さんと同じく、「僕もカルビー二人前と御飯をお願いします」と注文する。
「氏川さん、最近、どんな漫画を描いてるんですか?」と三木谷さんが俺に訊く。
「時代劇風の妖怪モノを描いてます」
「ああ、良い感じだな。僕は重量感のある構図で巨大ロボットものを描いてます」と三木谷さんが楽しげに話す。
「ああ、それも良さそうですね。アニメイション風って事ですよね」
「ええ。漫画だと人間大のロボットに見えるでしょう?あれが嫌なんです」と三木谷さんが本当に嫌そうに顔を歪めて言う。
「ああ、確かにそうですね。人間大に見えますよ。で、絵が下手でしょ?」
「はい」と三木谷さんが同意する。
「私は池上遼一と小島剛夕の漫画だけは全部観てます」と村野さんが言う。
「ああ、あの人達の仕事は尊いですよね。絵が良いんですよ」と三谷さんが言う。「キャラクターは個性的な方が良いけれど、絵は無個性な方が良いんじゃないかって思う事があるんです」と村野さんが言う。
「ああ、判るな。俺も水木しげるや安彦良和のような個性的な絵を見るとよくそう思います」
「残るのは個性派の漫画か、無個性派の漫画か」と三木谷さんが考え込むように俯いて言う。
「残る残らないは別次元の問題じゃありませんか。出版物全般は古書の世界には確実に残りますしね」
「描き上げた作品は多くとも、全作品同じようなキャラクターの主人公にするのは嫌だな」と三木谷さんが自分の理想の作品世界を語る。「全作品同じようなキャラクターの主人公にするのって、同じ監督の映画に出演する専属俳優の演じ分けみたいなもんでしょう?」
「小説なんかは主人公的な心の働きや知性の基準はほとんど描き分けていませんよ」と村野さんが言う。「漫画って、意外と冗談が面白くないでしょう?」
「ああ、それはあります!コマとコマの間に手書きで作者が書き込む自分への突っ込みとか、編集者とのカットを入れ込んだりね、全然笑えませんよ。俺、あれ、オタクっぽくて大嫌いなんです」
ウェイトレスがそれぞれの注文の品を運んでくる。
「さあ、食いましょう!食いましょう!」と村野さんが食の場を活気づける。
「焼肉の席に漫画家志望と小説家志望が同席しているのは珍しい光景ですね」と三木谷さんが肉を次々に手早く鉄板に載せながら言う。「漫画書けたら、小説も書けるのかなあ」
「プロットを立てたり、下書き程度には書けても、文学は文字の羅列ではありません」と村野さんがビビンバの生卵とナムルと焼肉を御飯に混ぜながら、笑顔で言う。
「やっぱり文学の敷居は高いなあ」と三木谷さんが肉を鉄板の上で裏返しながら言う。
「いやあ、実際に小説を書き始めたなら、同じ志しに生きる者として直ぐに認めますよ。しかし、書いてみない事には小説の奥深さに触れる事もありません」と村野さんは言い、ビビンバをスプーンで食べ始める。「書いた事もない者が軽口を叩く事に礼儀を教えようとか、そういう事を言っている訳じゃないんです」
「それは本当に奥深いんでしょうね」
「深いですねえ」と村野さんがビビンバを見下ろしながら、しみじみとした口調で言う。「でも、御二人が小説を書き始めるように僕が漫画を描けるかと言うと、それは一寸違うんです。漫画は活字を用いますが、僕は絵で表現するような技術は全くありません」
「でも、絵の上手い漫画家って、そうはいないですよ」
「うん。少ないよね」と三木谷さんが考え事をしたような顔で焼肉を食べながら言う。
「漫画は北斎を原点とするんだし、それは基礎として相当な画力を要求されるでしょう?」と村野さんがビビンバを食べながら言う。
「そうなんですよね。でも、その割には絵の下手な漫画家が多い。しかし、この時代は三木谷さんみたいに漫画家になるのに美大まで出る人がいるんだからね」
「ああ、それはたまたまですよ。芸術の域にまで自分の漫画を持っていこうとして美大に入った訳じゃないんです。漫画家になるにしても何か人並みに大卒の学歴が欲しくて、それで美大に入ったんです」と三木谷さんが新たに肉を鉄板に載せながら言う。「村野さんは何処の大学出たんですか?」
「ああ、僕は高卒です」と村野さんが答える。
「僕が一人大卒なのは我々の生まれ変わり上の縁で、僕だけが頑張った面なのかもしれませんね」と三木谷さんが笑顔で言う。
俺も村野さんも揃って三木谷さんの発言に笑い出す。
「ああ、それは頑張りましたねえ!」と村野さんが冗談っぽく言う。
「我々の楽しい食事会に大卒がいるのは誇らしい事ですよ!」
「氏川さん、それ、誉め過ぎですよ」と村野さんが言う。
三木谷さんの口許がにやけ、「氏川さんは一寸学歴コンプレックスを感じ易いタイプですね。今時、高卒が三人の中二人もいる方が珍しいんです」と言う。
「そうですよね」と村野さんがあっけらかんとした口調で三木谷さんの発言に同調する。
「大学を卒業するのって優秀な事ですよ」
「ああ、それは間違いなく学歴コンプレックスだ!そう言う人はさっさと大学に行った方が良い」と三木谷さんが言う。「村野さんの高卒はかなり挑発的ですけどね」
村野さんが口許に笑みを浮かべる。村野さんは本当に自信に満ちている。俺は自分が生き間違えた事を心の底から悔いている。これから生き直すように大学に進学する事で俺の何がどう変わるのか。高卒の俺は精神障害者の身でもある。この胸の中のモヤモヤは何だろう。これから努力を重ねるための重要な心境なのか。とにかく、これからは経験になく判らない事を全て問題視しなければいけない。
「氏川さあん!」と三木谷さんが俺の顔の前で手を振って言う。「心ここにあらずですね」
村野さんが黙って俺の眼を見つめている。
「やるべき事は沢山ありますね」
「そうですよ。それは皆同じです」と三木谷さんが焼肉にタレを付けながら、明るい顔付きで言う。
「ああ、食った!食った!」と村野さんが腹を叩きながら、椅子の背凭れにそっくり返って言う。「これから皆さんはどうするんですか?」
「俺は家に帰って、少し横になりたいです」
「僕は近くの中古CD屋に行きます」と三木谷さんが言う。
「じゃっ、これでお開きにしますか!」と村野さんが言う。
これから絶え間ない精神不安を抱えて家路を辿る訳だ。これがずっと付いて回る人生なのか。幻聴は人と話している時には全く聴こえてこない。ずっと人と話して安らぎを得続ける事より、一人になって静かに時を過ごしたい。その実現を何よりも切に願う。自分が安らぎを得るために誰かを必要としたくない。
三木谷さんと別れ、村野さんと駅で電車を待っていると、また意識を追い回すような口調の幻聴に話しかけられる。幻聴に真面目に受け答えする事は余りない。そのせいで俺の気をしつこく引こうとする幻聴に意識を追い詰められる。その裡、幻聴が意味もなく恐怖を感じさせるような話し方になってくる。幻聴には話しかけられるだけで酷い動悸がする。読書や漫画の創作能力は最低限維持している。村野さんも黙り込んでいる。恐らく幻聴が聴こえているのだろう。
駅のプラットフォームで煙草を吹かす。村野さんが話さないのでウォークマンで大好きな尾崎豊の音楽を聴く。尾崎の音楽が今の心と調和せず、已む無く音楽を止める。音楽を集中して聴くだけの安定した精神状態が得られないのだ。
何で人間が幻聴と言う幻に虐められるのか。何の悪業の報いなのか。俺はあの世で人間を苦しめたのか。前世で人を殺すような罪を犯したのか。それなら今頃地獄にいる筈だ。何で何もかも判らぬままに幻聴と時を共にしなければいけないのか。精神苦を乗り越える事がこの人生の目標なのか。絶え間ないこの動悸がこのまま何十年と続いたなら、俺は心臓を悪くして心筋梗塞を起こし、幻聴に殺されてしまうだろう。せめて歴史に名を残す事だけは遣り遂げたい。人生の負け組には加わりたくない。
俺は高校時代にピンク・フロイドや尾崎豊の音楽を聴いて、苦しみや狂気の実態を知りたいと思った。俺の精神分裂病は決して原因不明の出来事ではない。連続した時間の中で必然的に後を継ぐ出来事として表われた現象なのだ。人生とは如何なる展開も予期せぬ出来事とは感じられない。人生と言うものが自分に与えられた人生経験を基に見渡すものならば、精神分裂病の生涯からも何不足ない表現の材料が得られるのではないか。精神苦や恐怖が限界に達するような精神錯乱はそう簡単には経験出来ない。虐めの幻聴とは、漫画に例えるなら、ホラー漫画だろう。
電車が来る。電車は意外と空いている。腰かけるシートの感触すら不快に感じる。何も肌で感じたくない。
精神科病棟で出会った知人達との退院後の付き合いは精神障害者の人生の始まりでもある。彼らとの付き合いには普通の人との付き合いでは得られない特別な関係性がある。中学から高校に上がった時にも人間付き合いに大きな変化があった。あの時はあの時で中学時代の仲間との付き合いにはない楽しさがあった。精神科に通院すると、自分の頭がおかしくなったという視点でしか普通の人と付き合えなくなる。おかしな宇宙に紛れ込んでしまったかのような孤独感や劣等感もある。
JR蒲田駅から大森駅までは一駅だ。村野さんはJRでは大森駅の一つ先の大井町駅で降りるらしい。普段の通院は京浜急行で行っていたようだ。これから三木谷さんや村野さんとの食事会は通院の際の楽しみになるだろう。
『漫画を描く人』
春頃、俺と三木谷さんは村野さんから情報を得て、アパートメントでの独り暮らしを考え始める。俺と三木谷さんは病院のPSWの支援を得て、それぞれ両親と何件かの部屋を見学する。
俺は地元の大森でアパートメントの一室を借り、一人暮らしを始める。バス・トイレ付きの六畳の1DKである。三木谷さんも少し後に蒲田に八畳の1DKのアパートメントの一室を借り、一人暮らしを始める。
俺のアパートメントには洗濯機、ジャー、冷蔵庫、エアコン、ソファー・ベッド、漫画用の机としての炬燵、座椅子、オーディオ等を買い揃える。この我が家は確実に自分の核たる拠点となるだろう。
翌週の通院の日、村野さんが三木谷さんのアパートメントでの二次会でベロンベロンに酔っ払い、呂律の回らない口調で、「いやね、漫画も良いんですけどね、やはり、歴史ある文学が低迷しては世の中の知能低下が起きるんですよ。最近は読む者の想像力を搔き立てる文章がなくなってきました。どれもこれも説明臭いんだな」と文学論を語り始める。三木谷さんは仰向けに畳の上に横たわり、「表現者が鑑賞者の想像力に作品世界の内容を託してはいけませんよ」と怒りを顕わにして反論する。村野さんが勢いよくジョッキをテーブルに振り下ろし、「つまらん発想だ!」と怒鳴り散らす。「そんなパズルのように型に嵌った文章では文学的な情緒など生み出せる筈がないんだ!だから、漫画は子供の遊び道具の域を出ないんだよ!」
三木谷さんは眠り込んでしまう。
「なるほどね。文学的な情緒ですか。我々漫画家には少し高尚過ぎるな」
「氏川さん、だからね、だから、僕は文学が低迷してはいかんって言ってるんですよ」と村野さんが真っ赤な眼で俺を睨んで言う。「もっとね、もっと漫画家は文学を研究すべきです。漫画はね、活字を使う媒体でもあるんですよ」
「なるほど」
酔っていても論理的な話者というのは自分の書いた文章を再現するように語る。
「ただね、氏川さん、あなたの漫画は良いんです。あなたは漫画の絵で漫画的な情緒を生み出そうと努力していますよね?」と村野さんが挑みかかるような眼で言う。
「はい。確かに漫画にも小説のように行間で語るような領域があるんです」
「なるほど」と村野さんが吐き気を堪えるように顎を引いて言う。「いやね、僕は絵に関しては全くの素人なんです」
「僕だって自分を画家だとは思っていませんよ」
「どうやら御二人は漫画家なんだね」と村野さんが今更確認するまでもない事を言う。
「そうですよ」
「漫画ってさ、映画や写真やイラストレイションの領域にも関係してますよね」と村野さんがジョッキに缶ビールのビールを注ぎながら言う。
「ええ。漫画の多面性ですね」
「氏川さん、もっと、そのう、あなたの知ってる事を全部言ってくださいよ。何て言うかな、あなたの話し方には含みがあるんです。あなたは話す事以上に物を考え、徹底的に物事を追究する人でしょう?」と村野さんが困ったような眼をして言う。
「俺は言葉の人間ではありません。文学の人に漫画における活字の問題を言われると言葉も出ません」
「あなたは本当に漫画の人なんですね。漫画における活字には確かにそういうしどろもどろとしたところを感じます。あなたは含みのある物の言い方をされているんじゃないんですね」と村野さんが解放的な笑みを顔に浮かべて言う。
「そろそろお暇しましょうか」
「ああ、そうですね。彼はもう寝てますね」と村野さんは三木谷さんの寝顔を見て言うと、ジョッキのビールを飲み干す。「じゃっ、帰りますか!」と村野さんは言って、「三木谷さん!帰るよ!起きて!」と三木谷さんを起こして、ヨロヨロと立ち上がる。
俺と村野さんはJR蒲田駅に向かう。
「俺は幻聴の事をあれこれ考えるのを止めました」
「止めたくても止められないでしょう?」と村野さんが何の躊躇いもなく言う。
「幻聴の事を考えない時間が人生の実質だと思うんです」
「ううむ。なるほど」と村野さんが言う。「でも、判らない事が判らないままで平気ですか?」
「精神分裂病患者の事を狂人と称する面がありますよね?」
「ええ」と村野さんが返事をする。「ああ!それで幻聴の事を考える事を止めたんですか!」
「そうです」
それきり我々はJR蒲田駅まで話さなくなる。村野さんはJR蒲田駅の構内で缶コーヒーを買う。俺も缶コーヒーを買う。
「純文学と言うのはカルト映画に似てます」と村野さんが缶コーヒーを片手に切符売り場の方を見ながら、唐突に言う。
「はあ・・・・」
「作品の自立性も物語性とは関係のない視点にあります」と村野さんは言い、飲み干した缶コーヒーの空缶をゴミ箱に捨てる。
俺もコーヒーを飲み干し、空缶をゴミ箱に捨てる。村野さんはそれ以上何も言わない。俺に純文学の何を伝えようとしているのか。純文学をカルト映画に似てると言うなら話題として興味がある。
「村野さんは映画は好きですか?」
「好きですよ。映画化に帰結する文学を幸福な結末だと思っています」と村野さんが切符売り場に向かいながら言う。「でも、映画化の困難な小説を書きたいですね」
「へええ、何でだろう」
村野さんは販売機で切符を買う。俺も隣の販売機で切符を買う。俺と村野さんはプラットフォームに下り、停車している電車に乗る。村野さんは俺が大森駅で下車するまで虚ろな眼をして何も話さなくなる。幻聴が聴こえ始めのだろう。大森駅に電車が止まり、「それじゃ、また!」と俺が別れの挨拶をすると、「ああ、それじゃ、また通院日に!」と村野さんは無表情な顔で言って、手を振る。俺は幻聴に苦しむ村野さんを一人にして立ち去ってしまった。俺には愛がない。自分本位に生きる、愛に欠けた人間としての自分でしかない。それではいけないのだ。自分に幻聴がない時ぐらい他者への愛に生きるべきだろう。お釈迦様!私は自分の今の心の平安を失いたくありませんでした。私は無力です。南無釈迦無二仏。俺は階段を上りながら、お釈迦様に祈りを捧げる。
一人暮らしのアパートメントで漫画を描くだけの生活は楽しい。夢追う者としてこんなに楽な下積み時代はない。新人賞に落選した短編漫画は五作ある。デビューは出来なくとも、気分はすっかり漫画家だ。村野さんは長編小説一作と中編小説二作を落選作品として持っている。三木谷さんも落選した短編漫画を六作持っている。三木谷さんの漫画はアイデアに乏しく、ストーリーの構成や台詞が貧弱だ。画力は高い。俺の漫画はワン・アイデアの作風で、作品の懐が浅い。ストーリーの流れの時間計算も正確に表現出来ていない。画力は線が汚く、絵に歪みがある。村野さんの小説は面白くない。村野さんが作中で頻りに語ろうとするテーマがどれも生真面目で詰まらない。作品に魅力がないのだ。なるべく少ない数で済ませるのが教養人の読書の秘訣ならば、俺は村野さんの小説を読む手間を省きたい。
気づくと幻聴に受け答えし、不安や恐怖を募らせ、精神錯乱を起こしている。人間界にありながら、幻聴とばかり関わる日々を過ごしている。頭蓋骨の箱の中でコソコソと幻聴を分析したり、幻聴が言った言葉をいちいち記録するような事には何の意味もない。
元々心霊現象や怪談に物凄く興味があった。幻聴は心霊現象の恐怖体験や怪談とは何か違う。ユングの言う集合的無意識の人格化とされる元型とは霊の事ではないだろうか。昔の人は無意識の領域を霊界だと信じていたらしい。
幻聴が騒ぐと、独特の悪い波動を心臓に受け、恐怖や不安が募り、心臓の鼓動までもが乱れる。恐ろしくて、不安で、横にならないと苦しみを乗り越えられない。
幻聴が俺の意識を追い回すように騒ぎ始めると、必ず身体的な安定感を失い、不安や恐怖を募らせてベッドに横になる。日常的に精神錯乱を起こし、それを冷静に対処している。こんな寝込みがちな生活の中で漫画を描くのならば、食っていくための仕事をしながら漫画を描いている人と、漫画を描いている時間は大して変わりがない。障害年金の生活は本当に楽だ。自分の住む家を与えられ、食べる事にも困らない。何もしていなくとも衣食住が確保出来るのだ。
幻聴が騒ぎ始めた時に幻聴を無視しようとすると、こっちが答えるまで幻聴は騒ぐ。漫画を描く事に集中していると、束の間幻聴は消えている。幻聴が消えている事に気付くと再び幻聴がちらほらと聴こえ始める。
幻聴のある環境下で漫画を描く生活にはそれなりの情緒がある。幻聴のある環境下が何処か異世界的で楽しいのだ。部屋の暗がりの中で電気スタンドの灯りに照らし出された漫画の原稿用紙大の宇宙との時間がとても大切に思える。俺はこのミクロ的な宇宙観に子供の頃から親しんでいる。この狭くて小さな世界に集中する幸せがあるのだ。要は画家でも、小説家でも、彫刻家でも、何でも良いのだ。何でも良いが、それでなければいけない何かに出会う事が幸せな人生を生きる秘訣なのだ。誰に教わる事もなく獲得した幸せを手放してしまう人がいる。俺は音楽漬けの日常の中で活字を貪り、好きな映画の一本一本の夢に浸り、一日一箱と制限する煙草を濃厚に味わい、美味しい食べ物や飲み物の味を楽しみ、夢中になって漫画を紡ぎ出す。楽しい事など幾らでもある。テニス、ジョギング、ドライヴ、将棋、囲碁、水泳、旅行、釣り、料理、ヨーガ等、人生の本質とは到底捉え難い行為の一つに底知れぬ面白みを見出したなら、その事にとことんのめり込み、夢中になれば良い。そこに幸せを実感させる何かが潜んでいる。それでも尚欠落した何かがあるとしたら、神仏への信仰や精神修行だろう。人間の神性や仏性の実現を考えずして、やれ、ジョギングをしろ、ドライヴに行けと言うのでは余りにも人生が空虚だ。信仰は誰の心の中にも必要なものだ。信仰とはあらゆる行為の背骨である。このアパートメントの一室に一緒に暮らす恋人や妻がいれば、普通の人の幸せは全て手に入れた事になる。
幻聴に匹敵する高性能の玩具はないだろう。その幻聴と言う高性能な玩具が耐え難い苦痛にも成り代わる。俺は幻聴と仲良く暮らす事をずっと願っている。幻聴が消えるものなら消えて欲しい。耳を欹てて様子を窺っても、幻聴が聴こえなければ、そのまま幻聴のない生活に帰るだろう。一日の幻聴の変化には波がある。その波を改良し、穏やかな暮らしの中で共存したい。幻聴には俺が静寂に浸りたい時には俺と同じように沈黙を守り、安らぎを共有して欲しい。幻聴にはそれがなかなか出来ない。幻聴への不安や恐怖は何に原因しているのか。それは人間とのどうしようもない相性の悪さにある。
漫画に文学的な傾向や映画の影響が表われるのは漫画の通過点だ。漫画の本題はその先にある。より漫画を追究した作風を確立しなければいけない。二十一世紀の漫画はどんな漫画だろう。二十世紀に大活躍した者達の残党が二十一世紀の漫画界の大御所になる。新感覚の漫画は九〇年代初頭の今も常に出続けている。漫画は今や芸術の安定した表現様式になった。漫画は絵画ではなく、文学でもない。漫画は漫画の発展を純粋に辿っていくのだ。
ゴミ捨てに出ると、このアパートメントの一階の住人が、「おはようございます」と笑顔で挨拶する。善人顔の五〇代ぐらいのおじさんだ。「手にインクが付いてますね。漫画家さんですか?」
「ええ。プロではありませんが、プロを目指して漫画を描いてます」
「私はホラ!」とおじさんが自分のエプロンを指差す。
「油絵の具ですね。画家さんですか?」
「昔は漫画家を目指しとったんですが、今は画家です」とおじさんが言い難そうに顔を顰めて言う。
「今度、昔の漫画見せて戴けませんか?」
「ああ、良いよ。押入れに仕舞ってあるよ。最近は余り見ないな。今、時間ある?」とおじさんが人懐こく笑顔で訊く。
「ああ、はい」
「じゃあ、一寸家に来なよ」とおじさんが気軽に家に誘う。おじさんは歩行困難な様子で階段を上がる。坂道の途中にある私のアパートメントは公道から階段を少し上らねばならない。
おじさんは一階の奥の部屋に住んでいるらしい。もう二週間はこのアパートメントに住んでいる。こんなおじさんは一度も見かけた事がなかった。
「中入ってよ」とおじさんがドアーを開けたまま玄関に入って言う。
「お邪魔しまあす!」
「そんな気い使わんで良いよ」とおじさんが陽気に言う。
「ああ、はい」と俺は言って、玄関で靴を脱ぐ。
「漫画家になるのを諦めるのは辛かったよ。十年目指して、自分には才能がないって気付いて止めたんだ」とおじさんは話しながら、押入れから大きな水色の衣装ケースを引っ張り出す。六畳の部屋の畳全体にビニール・シートが敷いてある。おじさんは衣装ケースを畳の上のビニール・シートの上に置く。おじさんが衣装ケースの蓋を開けると、茶封筒の束が衣装ケース一杯にきちんと整頓されて入っている。「俺は絵を描いてるから、自由に観てて良いよ」
「ああ、はい。ありがとうございます」
換気のよく行き届いた清潔な部屋である。大きな油絵が一杯壁に立てかけてある。空想画、風景画、抽象画とバラエティーに富んでいる。小さな絵ながら、マジックペンやボールペンによる点画や鉛筆画もある。
おじさんの漫画の絵は上手い。劇画の流れを組んだ作風で、人物の描写は極めて写実的で、背景も写真のようにリアルだ。一九六〇(昭和三十五)年四月十日付けの作品が一番手前にあり、十六歳と記されている。
「これってプロの漫画ですよ」
「ストーリーを読んでみな!」とおじさんがぶっきら棒な口調で言う。
詩的な漫画だ。ストーリーがない。
「ストーリーがないだろ?」とおじさんが自信なさそうに言う。
「ああ、はい」
「物語を作れないんだよ。中学卒業して、漫画を描きながら、プロの劇画家のアシスタントを十年やったんだよ。その裡編集から漫画家を目指すのは止めた方が良いんじゃないかって言われたんだよ」とおじさんが寂しげな顔をして言う。
「そうなんですか」
「続けてれば、ストーリーも書けるようになるんじゃないかって言う人もいるんだけど、ダメなんだよ。ほんとに」とおじさんか残念そうに言う。
「それで画家になったんですか」
「そうなんだ」とおじさんが笑顔を取り戻して言う。
「何作あるんだろう」
「三十八作」とおじさんが満ち足りた様子で言う。「あんたの漫画はどう?ストーリーはあるの?」
「ストーリーはあるんですけど、長編のダイジェストみたいになっちゃうんです」
「はああ、それは将来が楽しみだな。短編的なストーリーが判んないんだな」とおじさんが楽しげに言う。
「まあ、そうです。選択ミスです。コマ割りの時間経過の計算も出来ません」
「ああ、勿体ないな。俺の漫画はなかなか良い宝物だろ?」とおじさんが陽気に訊く。
「はい」
「面白くも何ともない漫画だけどな。はっはっはっ!」とおじさんが自分の漫画をどうしようもない物のように言って、笑う。
「でも、こんなに絵が上手いのに、何で漫画描くの止めたんですか」
「だからな、面白くないだろ?」とおじさんが厳しい目付きで言う。
「ううむ・・・・」
「絵って言うのはな、上手いって事が一番要らない事なんだよ。視点とか、発想とか、宇宙観とかが際立って個性的で、下手な分だけ味が出るんだよ。それは画家に転向しても同じなんだ。俺も苦労して何とか売れる絵が判ったけど、俺みたいな画家は左手で描いた絵の方がよく売れるぐらいなんだ」とおじさんが漫画や絵画を語る。
「ええ!そうなんですか!」
「版画に転向する画家ってのはそれが理由で転向するんだよ」とおじさんが楽しげに言う。
「へええ!」
「あんた、美大出じゃないのか?」とおじさんが遠慮がちに訊く。
「違います。高卒です」
「どうも質問の意味がよく判ってないんだな。学歴なんて確認してんじゃないんだよ」とおじさんが困ったように言う。
「はああ」
「最後まで全部読んでいきなよ」とおじさんが年長者らしく指示する。
「はい」
「ダメな漫画をそこまで上手い絵で表現した教科書は他にないからな」とおじさんが冗談とも付かぬ事を言う。
「はああ。それでは、読ませて戴きます」
モチーフが豊かで、表現力も画力も高いのに、ストーリーがない。こんなに絵が上手いのに面白くない。こうなってはいけないと学びを得る事がこのおじさんの助言なのだろう。
「全部読ませて戴きました」
「そういう漫画が一番悪い手本なのがよく判ったか?」とおじさんが悲しげな顔で言う。
「はい」
「何を表現しようとしたら、そういう漫画になるのかも考えた方が良い」とおじさんが指示する。
「日常を表現した詩的な漫画がいけないのかな」
「ううむ」とおじさんが口籠もる。「何て事ない話って奴だよ。言葉ではどうにも正確には良い当てられないんだ。俺の漫画の詰まらなさは読んで理解してもらうしかないんだよ。要は詰まらない漫画なんだよ」
「はああ」
「五作ぐらいまでは自分にも描ける漫画を見出したような気持ちで描いてたんだ。少年誌の盛り上がりの最前線から関心を逸らして、文学的な漫画を描こうとしたんだよ。しかし、純文学だって、詰まらない小説を純文学や私小説と称する訳ではないんだ」とおじさんが漫画から文学の領域までを語る。
「はああ」
おじさんの漫画を読み、自室に帰ると、自分の漫画を最初から読み通す。
俺の漫画は明らかに長編漫画のダイジェスト的な結果に陥っている。コマの流れの時間計算の狂いはネームが甘いのだろう。その点ではおじさんの漫画の方が余程完成作品らしい。スピード感を維持したい訳でもないのに、少ないコマ数で長い時間を得ようとしている。もっとたっぷりとコマ数を増やし、長編にしかならないアイデアは長編漫画にすれば良い。ページ数三十一枚までと言う制限が難しいのだ。俺は描けないんじゃない。スランプでもない。おじさんも五作までは自分の作風に自信満々だったと言っていた。俺の落選作も五作目だ。
ネームを五枚描き上げ、『西友』の本屋に行く。
『西友』の本屋に入ると、翻訳小説を眺める。地元にいるのに知り合いには全く出会わない。入院仲間がいなければ、世界に一人取り残されたように孤独だ。嘗てはこの本屋でエイモス・チュッオーラやトマス・ピンチョンの小説の単行本を買った。その頃の情報源は景山民夫のフジテレビの深夜番組『クリティックス』だった。フジテレビの深夜番組ではきたろうの『哲学の傲慢』などからも知識を得てきた。ヘルマン・ヘッセやロマン・ロランが交友した作家陣には一通り目を通してきた。
漫画のコーナーに行き、青林堂のガロ系漫画を眺める。高校時代にこの本屋で丸尾末広や花輪和一や鈴木翁二やつげ義春等の漫画を買い揃え、夢中になって読んだ。
美術書のコーナーに行くと、ギュスターヴ・ドレの版画集やクリムトの画集を眺める。
文庫本のコーナーに行くと、教養文庫を眺める。
結局、ギュターヴ・ドレの『聖書』と教養文庫の『最期の言葉』を買って、店を出る。
幻聴は俺の事なら何でも知っている。声や性格の違いこそあれど、彼らはよく心だと主張する。診察室では幻聴の事を『元型』と称するようになった。
幻聴の声を聴いていると、昔からよく知る仲間や自分の何らかであるような懐かしい気持ちになる。幻聴は丸裸の心で幻聴同士いがみ合う。小さな子も大きな子に負けてはいない。俺は幻聴相手に口論すると、心臓の鼓動が乱れる。幻聴の嵐が起きて意識を追い回されると、不安や恐怖を覚え、寝込む事になる。こんな辛い闘病生活の中でも漫画を描き続ける事が自信に繋がっている。
『モスバーガー』に行き、『きんぴらライスバーガー』と『オニオンリング』と『アイス・コーヒー』を注文し、昼食を取る。
連想癖がすっかり停止している。こんなんで漫画家が務まるのか。『オニオンリング』を齧りながら、漫画家を目指す精神分裂病の主人公の漫画を考える。私漫画を描くにはつげ義春の存在抜きにしては形にならない。プロの伝記小説を原作に用いて、伝記漫画を描く事も考える。伝記漫画は伝記小説に比べ、参考文献の少ないものが多い。肖像画が残っている歴史上人物の伝記漫画でも全く主人公の顔や姿が似ていない事が多い。伝記漫画を描くなら、本人そっくりな顔や姿の絵で完璧な仕事を為し遂げたい。『ブルー・ベルベット』や『時計じかけのオレンジ』のようなカルト漫画も描いてみたい。
なかなか面白い群像劇になりました。




