第8話 #恋バレ警報発令中
翌朝、教室のドアを開けた瞬間、拍手が起きた。
え? 俺、なんか受賞した?
「おめでとうございます!」「#未遂突破おめ!」
「いや待て! 突破してねぇ!」
「じゃあ、“突破間近おめ!”」
「どっちにしろ祝うな!」
机にたどり着く前に、すでに全身が疲労困憊だった。
昨日の“告白未遂”が、どういうルートで拡散したのか知らないが、
朝から学園中が“恋バレ警報”状態だ。
───────────────────────
StarChat #恋バレ警報発令中
【2-B速報】
「七瀬&真嶋、ついに“未遂”を超えた!? 警報レベル:MAX」
コメント:
・「#恋がバレる瞬間を目撃せよ」
・「#青春は感染する」
・「#教室が観客席」
───────────────────────
「悠真、これお前の仕業か」
「いやいや、俺も今朝知ったんだって」悠真が口笛を吹く。
「ただし、流出経路の特定はできた」
「どこだ」
「……桜井先生」
「教師ァ!?」
悠真が画面を見せる。
“#恋バレ警報発令中”タグの上に、桜井先生の投稿があった。
───────────────────────
【桜井先生@担任】
「本日、校内恋バレ警報発令。
安全な心の距離を保ちつつ、思春期をお楽しみください。」
コメント:
・「#先生ノリノリ」
・「#恋愛指導済み」
───────────────────────
「先生、教育的中立どこいった」
「いや、これはもうカリキュラムの一部だろ」悠真が笑う。
「“恋と誤解の社会学”って授業が開講されそうだな」
「単位落とす自信ある」
そんな中、教室のドアが開いた。
ざわめきが一瞬で止まる。
七瀬――ひよりが入ってきた。
「おはようございます」
いつも通りの穏やかな声。
だけど、教室の空気は明らかに変わった。
全員の視線が彼女と俺の間を行ったり来たりしている。
「……朝から賑やかですね」
「うん、もはやカーニバルだな」
「真嶋くん、有名人ですよ」
「俺の望む方向の有名じゃないけどな」
「でも、ちょっと楽しそうです」
「お前、炎上をフェスと混同してるぞ」
笑いながら席に着くひより。
その笑顔に少し安心する。
だけど、その瞬間――クラスの隅からフラッシュが光った。
「カシャッ!」
「ちょ、お前ら撮るな!」
「#恋バレ警報現場」
「ハッシュタグ付けんな!」
俺の叫びは、笑い声にかき消された。
昼休み。
屋上に逃げた俺は、フェンスにもたれてスマホを見た。
#恋バレ警報発令中 はトレンド全国3位。
もう校内だけの話じゃねぇ。
拡散速度、ほぼ台風。
そこへ、階段の音。
振り返ると、ひよりが立っていた。
「……ここにいると思いました」
「やっぱり来たか」
「だって、真嶋くんの席、さっきからみんなで写真撮ってました」
「俺、在席扱いで観光名所化してんのかよ」
「うん。撮影料、取れそうですね」
「七瀬、それ笑えねぇ」
ふたりで風を浴びながら、しばらく黙っていた。
遠くでチャイムが鳴っている。
その音だけが、日常の証みたいに響く。
「……ごめんな」
「え?」
「俺のせいで、こんな騒ぎになって」
「違いますよ」ひよりが首を振る。
「“せい”じゃなくて“おかげ”です」
「どんな前向き変換だよ」
「だって、たくさんの人が笑ってくれるの、悪くないです」
「お前はほんと、世界に優しいな」
「真嶋くんもですよ」
「俺は優しくねぇ」
「じゃあ、優しくなろうとしてる人です」
言葉が喉で止まる。
それ以上、何かを言ったら“警報”が本物になりそうだった。
───────────────────────
StarChat #恋バレ警報発令中
【桜井先生@担任】
「誤解は伝染する。しかし、想いもまた伝染する。
どうか心の免疫を失わないように。」
コメント:
・「#先生の言葉が一番危険」
・「#恋バレ予防不可能」
───────────────────────
スマホの画面を閉じて、俺は空を見上げた。
雲がゆっくり流れていく。
ひよりが隣で、風に髪をなびかせていた。
「なあ、七瀬」
「はい?」
「……もし、これが“誤解”じゃなかったら、どうする?」
ひよりは少しだけ考えてから、静かに答えた。
「そのときは、“本当のこと”を言います」
「……本当のこと?」
「はい。まだ、言葉にはできないけど」
彼女の瞳が、夕陽に照らされて輝いていた。
俺は何も言えずに、ただその横顔を見つめる。
――警報が鳴っているのは、たぶん外じゃない。
俺の中だ。




