第7話 #告白未遂事件
昼休みのチャイムが鳴っても、教室はざわついていた。
机の上のスマホが一斉に震え、あちこちで小さな悲鳴が上がる。
嫌な予感がする。いや、もう慣れたけど。
俺はため息をつきながら、画面を開いた。
───────────────────────
StarChat #告白未遂事件
【校内速報】
「真嶋、昼休みに七瀬を呼び出した!? “ついにか”の声多数!」
コメント:
・「#弁当じゃなくてハートを差し出す昼休み」
・「#誤解から本気は時間の問題」
・「#恋の実況中継」
───────────────────────
「呼び出してねぇよ! 廊下で話しただけだ!」
「いや〜真嶋、もう無理だな」悠真がニヤつく。
「お前の否定、毎回“逆に怪しい”って言われるパターンだぞ」
「なんで俺の人生、そんなテンプレ構造なんだよ」
「ラブコメだからだ」
「作者出てこい」
机に突っ伏す俺をよそに、クラスが盛り上がっていく。
「告白未遂」「続報希望」「次は屋上で頼む」……。
トレンド入り目前らしい。誰が集計してんだ。
昼休みの終わり、教室のドアが開く。
入ってきたのは、ひよりだった。
手にはスケッチブック、肩にはトートバッグ。
その姿を見ただけで、クラスの空気が一瞬でピンク色になる。
「……お弁当、ありがとうございました」
「いや、それ俺のじゃねぇし!」
机の上に置かれた、ハート型の卵焼き入り弁当箱。
悠真が勝手に「真嶋作」と投稿してたらしい。
こいつ、今日中に退学させたい。
「……ふふ、かわいかったですよ」
「七瀬、笑いながら言うのやめろ」
「でも、“告白未遂”って言葉、なんか響きがいいですね」
「いいわけあるか」
「だって、“未遂”は希望です」
「いや、未遂は失敗だろ」
「違います。まだ続く、って意味です」
ひよりは、まっすぐにそう言った。
その目の奥の光に、息が詰まる。
――まっすぐすぎて、怖い。
放課後。
下駄箱前で、俺はひよりを待っていた。
“呼び出した”って言われたら、もう本当に呼び出すしかないだろ。
誤解を止めるには、たぶん言葉しかない。
靴を履き替える音がして、ひよりが顔を出した。
「あの……真嶋くん?」
「七瀬。ちょっと話がある」
「えっ……え、えぇと……」
顔が真っ赤になってる。やめろ、そのリアクション。
周りに誰かいたら誤解が加速する。
「いや、変な話じゃない。ただ――」
“誤解を解きたい”って言おうとした。
けど、言葉が喉で止まった。
目の前のひよりが、夕陽の中で少しだけ笑ったからだ。
「……私も、話したいことがあります」
「え?」
「昨日の“デマ”、あれ、嘘じゃないかもって思って」
「は?」
「だって、真嶋くんと話すと、ちょっとドキドキするんです」
「……」
脳がフリーズした。完全に停止。
この世界の言語処理機能が全部落ちた気がした。
「でも、きっと“誤解”です。
だから、私……もう少しだけ、誤解していたいです」
そう言って、ひよりは微笑んだ。
春の風が髪を揺らし、時間が止まる。
――この子、どんな顔してそんなこと言ってんだよ。
こっちは“誤解”って言葉の定義が崩壊してんだよ。
「……俺もさ」
「え?」
「未遂で済んでるうちは、平和だなって思う」
「じゃあ、もう少しだけ未遂でいましょうか」
「……お前、ほんと変な奴」
「でも、変じゃないと、面白くないです」
「それもそうだな」
俺たちは笑った。
誰も見ていない、放課後の下駄箱の前で。
だけど次の瞬間――。
───────────────────────
StarChat #告白未遂事件
【現場レポ】
「下駄箱前で笑い合う二人。手が、ほんの少し触れていた――」
コメント:
・「#接触確認済み」
・「#未遂じゃなくて成立では?」
・「#誤解が恋を上書きした瞬間」
───────────────────────
「……おい誰だ撮ったやつッ!」
「真嶋くん、また伸びてますね」
「もうSNS向いてない人生だわ俺」
「でも、少しうれしいです」
「どのへんが」
「“未遂”でも、ちゃんと残るから」
「……記録魔かよ」
ひよりは少し俯いて、ぽつりと言った。
「ねえ、真嶋くん。
“未遂”って、やっぱり“途中”じゃないですか。
でも、途中って、終わってないってことですよね」
「……ああ」
「なら、今はそれでいいです」
そう言って、ひよりは歩き出した。
俺はその背中を見送る。
――未遂、か。
本当は、あと一歩だった気もするけど。
その一歩を踏み出すのが怖いのは、
きっともう“本気”だからだ。
───────────────────────
StarChat #告白未遂事件
【桜井先生@担任】
「恋とは、未遂を重ねた先に完成する“誤解”である。」
コメント:
・「先生、今日も安定の名言」
・「#未遂芸」
───────────────────────
スマホを見ながら、笑ってしまう。
――先生、ほんとずるい。
けど、今は少しだけ、わかる気がした。
“誤解”が、どんどん本気に変わっていく。
それを止める術なんて、もう持ってない。




