第5話 #放課後の目撃情報
放課後の教室は、窓の外の陽を残したまま少しだけ眠そうだ。
黒板の文字も、机の上のノートも、どこかぼんやりして見える。
そんな静かな空気を、突如鳴り響いたスマホの通知音がぶち壊した。
――ピコン。
嫌な予感しかしない。
俺は画面を見て、すぐに机に突っ伏した。
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StarChat #放課後の目撃情報
【校内トレンド速報】
「下駄箱前で“真嶋と七瀬”が二人きりに! 話しかけたら“いい雰囲気だったので邪魔しちゃ悪いなと思って”との証言あり!」
コメント:
・「#放課後デート確定」
・「#下駄箱ラブ」
・「#青春って埃っぽい場所で始まる」
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「……俺、いつの間に目撃された?」
悠真が後ろから覗き込み、ニヤニヤしながら言った。
「昨日、靴箱の前で七瀬と話してたろ? あれ、第三者視点で撮られてたらしいぞ」
「誰がそんなドキュメンタリー撮影したんだよ」
「人の恋路は蜜の味。記者魂ってやつだ」
「お前、炎上の火種に油注ぐタイプだな」
机に額を押しつけながらため息をつく。
確かに昨日、ひよりと話していた。
でもそれは、絵のモデルを頼まれただけだ。
“誤解の形”を描くって言われて、なんとなく断れなかっただけ。
「なあ、真嶋」
「……なに」
「お前、自覚したほうがいいぞ」
「何をだ」
「周りはもう“そういう関係”だと思ってる」
「知らねえよ」
「知らないじゃ済まねぇよ。七瀬、けっこう真剣そうだったし」
その言葉に、思わず顔を上げた。
真剣――?
あいつのことだ。きっと“絵に対して”だろう。
でも、心のどこかでざらついた感覚が残った。
授業が終わると、廊下に出た。
夕陽が射し込む窓際に、ひよりが立っていた。
スケッチブックを胸に抱えた姿は、まるで物語の一枚絵みたいだった。
「……また撮られてたみたいだな」
「そうみたいですね」
「悪い、俺のせいで」
「いいえ。真嶋くんが謝ることじゃないです」
ひよりは、ほんの少しだけ笑った。
「でも、“放課後の目撃情報”って、なんかすごいタイトルですね」
「まるで事件だな」
「そうですよ。これは、“誤解事件”です」
「犯人は?」
「たぶん……みんな、です」
「被害者は?」
「うーん……じゃあ、加害者も被害者も、私たち」
「ややこしい裁判だな」
ふたりで笑う。
でもその笑いの奥に、ほんの少しだけ言葉にならない沈黙があった。
ひよりがスケッチブックを開く。
昨日描いたという絵がそこにあった。
下駄箱の前で立つふたり――俺とひより。
背景はぼやけていて、光だけがやけに強調されていた。
「……これ、俺?」
「はい。昨日の“誤解の形”です」
「……なんか、やけに優しそうな顔してるな」
「本当の顔が、出ちゃったのかもしれませんね」
「やめろ、そんな怖いこと言うな」
「でも、悪くないですよ」
ひよりはそう言って、少し照れたように笑った。
その笑顔を見た瞬間、心臓がきゅっと鳴った。
違う、これは環境音だ。春のせいだ。
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StarChat #放課後の目撃情報
【悠真@2-B】
「当事者が並んで“誤解事件の鑑賞会”してる模様w」
コメント:
・「#開き直りカップル」
・「#現場は美術室前」
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「……悠真のやつ」
「ふふ、すごい情報網ですね」
「もう監視社会だよ、ここ」
俺がそう言うと、ひよりはしばらく黙ってからぽつりと言った。
「でも、ちょっと嬉しいです」
「どこが」
「“誤解”って、見られることで広がるけど、
“見られたくない気持ち”があるってことは、
ちゃんと“大切に思ってる”証拠です」
「……そうなのか?」
「少なくとも、私はそう思います」
ひよりの視線が、ほんの少しだけ俺を見上げる。
その瞳が、夕陽の光を反射していた。
まぶしいとか、そんな単純な言葉じゃない。
――まるで、感情そのものが透けて見えるみたいだった。
「なあ、七瀬」
「はい?」
「……次から、なるべく人のいないとこで話そう」
「え?」
「誤解、広がるの早いからさ」
「……そうですね」
ひよりは笑ってうなずいた。
でもその笑顔には、どこか寂しさが混じっていた。
校門の外、春風が制服の裾を揺らす。
夕焼けに染まる帰り道で、俺はふと思った。
――誤解を恐れるのは、
たぶん“本当”が見え始めてるからだ。
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StarChat #放課後の目撃情報
【桜井先生@担任】
「“誤解”は青春の副作用。薬にするか毒にするかは、君たち次第だ。」
コメント:
・「先生、またポエムきたw」
・「#青春副作用説」
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スマホをポケットにしまいながら、ため息をつく。
「先生、もう完全にハッシュタグ芸人だな」
「でも、いい言葉です」ひよりが隣で言った。
「俺たち、毒になってねぇかな」
「大丈夫です。ちゃんと甘い方ですよ」
「……糖分過多で倒れそうだわ」
「なら、次は塩気を探しましょう」
「どんな恋愛バランス感覚だよ」
ひよりは小さく笑って、前を向いた。
俺もその背中を見つめながら、思う。
誤解が積もるたびに、
その中に“本当の気持ち”がひとつずつ混じっていく。
――きっと、俺はもう知ってる。
これがただの誤解じゃないってこと。




