第4話 #二人きりの掃除当番
月曜の朝。
黒板の端に貼られた当番表を見て、俺は一瞬で悟った。
神は俺を試している。
掃除当番:真嶋・七瀬。
「お前、見た?」「うわぁ……」「#運命のローテーション」
クラスメイトの視線が一斉にこっちへ向く。
おい、ただの当番表だぞ。何でそんなに恋愛リアリティショーみたいな空気になるんだ。
「真嶋くん、どうしました?」
「いや……当番。見た。」
「一緒ですね」
「うん、知ってる」
「……嬉しいです」
「その“嬉しい”が火種なんだよ」
「え?」
「いや、なんでもない」
その日の放課後、教室に残ったのは俺とひよりの二人だけ。
窓の外は茜色。廊下のざわめきが遠くで溶けていく。
静かな教室で、黒板消しをパンパンと叩く音だけが響いた。
「窓、開けますね」
ひよりが背伸びをして窓を開けた。
春の風が一気に流れ込む。
カーテンがふわりと浮き、ひよりの髪が少しだけ揺れる。
その瞬間を見て、なぜか俺は目を逸らした。
意味なんか分からない。ただ、何となく。
「手伝うよ」
「ありがとうございます。黒板、お願いします」
「はいよ」
黒板を消しながら、俺は口を開く。
「なあ、七瀬」
「なんですか?」
「“誤解”って、どう思ってる?」
「……難しい質問ですね」
「そう?」
「でも、誤解って、きっと“知られたくない自分”を見せるきっかけになる気がします」
「……哲学的だな」
「誤解って、ちょっとだけ鏡みたいです」
「鏡?」
「うん。少し歪んでるけど、本当の顔が見えることもあります」
なるほど。
そんなふうに考えたこと、一度もなかった。
誤解ってただのトラブルだと思ってたけど――。
この人の言葉は、どうしてこんなに温度があるんだろう。
そのとき、教室のドアの隙間から「カシャッ」と音がした。
振り返ると、誰かがスマホを構えたまま逃げていく。
「……また撮られたな」
「ですね」ひよりが小さく笑う。
「なんで笑うんだよ」
「だって、怒っても仕方ないです。
だったら、きれいに撮れてるといいなって思って」
「ポジティブの方向、狂ってない?」
「誤解されるなら、絵になる方がいいです」
「名言っぽいけど、炎上フラグだぞそれ」
掃除を続けながら、沈黙が少しだけ心地よくなる。
雑巾を絞る音、チョークの粉の匂い。
そして、窓の向こうの光。
「真嶋くん」
「ん?」
「ここ、届かないのでお願いできますか」
「はいはい」
背伸びしていたひよりの手から雑巾を受け取る。
指が少し触れた。
心臓が、微妙にリズムを狂わせる。
「……冷たい」
「お前の手が温いんだろ」
「じゃあ、半分こですね」
「だからその“半分こ”の使い方おかしい」
ひよりは口を押えて笑った。
その笑い声が、教室の光に溶けていく。
そのまま何事もなく終わればよかったのに――。
翌朝。
俺は机の上にスマホを叩きつけたくなった。
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StarChat #二人きりの掃除当番
【校内ウォッチ】
「放課後の教室で二人きり。“窓際の誤解”再び」
コメント:
・「#密会確定」
・「#掃除という名の恋」
・「#チョークより白い恋」
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「誰が詩的に仕上げろって言った!?」
悠真が大爆笑しながら言う。
「お前ら、もう校内恋愛ドラマだな!」
「どこまで誤解進化させる気だ」
そのとき、教室の後ろでざわめきが起きた。
桜井先生がスマホを掲げて入ってくる。
「……真嶋、七瀬。君たちの掃除風景、芸術点が高いな」
「先生まで見るなぁ!」
「いや、これは“誤解の教育教材”として――」
「教材化すんな!」
クラスの笑い声が響く中、ひよりはそっと俺の袖をつまんだ。
「……怒ってますか?」
「いや。もう、慣れた」
「でも、ちょっと悲しいですね。
“ちゃんと掃除してた”って誰も信じてくれない」
「それはまあ、絵になりすぎた俺たちの罪だな」
「じゃあ、芸術的誤解です」
「そんなジャンルないから」
放課後。
ひよりが美術室の前で立ち止まる。
俺は一歩後ろで声をかけた。
「今日も描くのか?」
「はい。今日のテーマは“誤解の形”です」
「また難しい題材を」
「でも、誤解って、きっと柔らかい形ですよ」
「柔らかい?」
「うん。叩いたら壊れるけど、撫でたら形が変わる。
だから、優しく扱えば、きっと綺麗になる」
ひよりはスケッチブックを抱え、静かに微笑んだ。
その笑顔を見て、何も言えなくなる。
誤解だらけの日々なのに、どうしてこの瞬間だけは、
まっすぐに綺麗だと思ってしまうんだろう。
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StarChat #二人きりの掃除当番
【桜井先生@担任】
「青春とは、教室のチョークより白い誤解である。」
コメント:
・「先生また名言w」
・「#白い誤解」
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俺は投稿を見てため息をつく。
「先生、もうポエマーの域だな」
「素敵ですよ」ひよりが笑う。
「いや、褒めるな」
「でも、白い誤解って、少し憧れます」
「黒歴史の方が近いけどな」
窓の外の空が、だんだん夜の色に変わる。
チョークの粉が残る机を見て、俺はふと思う。
もしかしたら、誤解って――
好きの練習みたいなものなのかもしれない。




