第30話 #夕焼けの告白リハーサル
夕焼けの空って、なんかズルい。
沈んでいく太陽が、何もかも綺麗に見せようとしてる。
汚れたガラスも、疲れた教室も、人の心の影さえも――。
放課後の美術室。
窓際の光が、ひよりの髪を金色に染めていた。
俺は、昨日の“消えたノート事件”の余韻をまだ引きずっていた。
「……本当に焦ったな」
「すみません。私の不注意でした」
「いや、いい。もう見つかったし」
「でも、蒼汰くんまで巻き込んでしまって……」
「慣れてる。俺、誤解の受け皿みたいなもんだから」
「ふふ。それはもう“才能”です」
「褒められてんのか、それ」
「もちろんです」
ひよりは、スケッチブックを開いていた。
そこには、新しい下書きがあった。
淡い鉛筆の線で描かれた、二人のシルエット。
肩を並べて、同じ夕焼けを見ている。
「これ、“新作”?」
「はい。タイトルは“告白リハーサル”です」
「リハーサル?」
「本番はまだ怖いので、絵で練習します」
「……絵で、練習?」
「はい。
“好き”って言葉を口に出す前に、
“好き”な景色を形にしておきたいんです」
俺は一瞬、息が止まった。
「……じゃあ、モデルは俺か?」
「はい」
「なんで即答なんだよ」
「昨日、私を助けてくれたのは蒼汰くんですから」
「助けたってほどでも」
「いえ。
“信じてくれた”っていうのは、私にとって大きなことでした」
その言葉の温度が、まっすぐすぎて。
視線をそらすしかなかった。
「立ち位置、ここでいいです」
ひよりが俺の肩を軽く押す。
目の前には大きなキャンバス。
俺の背中越しに、彼女の筆が動き始める。
――サッ、サッ。
鉛筆の音が、心臓の鼓動に重なっていく。
夕陽が、俺たちの影を伸ばす。
「……こうしてると、なんか恥ずかしいな」
「そうですか?」
「“リハーサル”って言葉に油断してた」
「じゃあ、これが“本番”でもいいです」
「ちょ、待て。
本番って言葉、気軽に使うな」
「だって、蒼汰くんの顔が“告白の練習中”に見えました」
「それ、どんな顔だよ」
「優しい顔です」
「……それ、やめろ」
「ふふっ」
ひよりの笑い声が、夕焼けに溶けていく。
笑うたびに、心が少しずつ柔らかくなっていくのがわかる。
絵が少しずつ形を持ちはじめた頃、
ひよりがふと筆を止めた。
「蒼汰くん」
「ん?」
「“告白”って、どうしてこんなに難しいんでしょうね」
「知らねぇよ。俺も練習中だ」
「じゃあ、一緒に練習しますか?」
「え」
「“もし本番だったら”って想定で」
「いや、ちょ、ちょっと待て。
それ、俺の心臓が先に爆発するやつだろ」
「では、軽めに。仮練習です」
「どんな分類法だよ……」
「“ひより式・段階的告白練習法”です」
「勝手に名前つけんな」
笑いながら、ひよりがキャンバスの端に文字を書き始めた。
『好きって言わない告白』
「……タイトル変わってないか?」
「はい。“沈黙の続き”です」
「……うん、たぶん理解したようで理解してない」
そのあと、二人で窓辺に並んで夕陽を見た。
オレンジと紫の混ざる空が、校舎を染めている。
沈黙が、また優しくなる。
「蒼汰くん」
「なんだ」
「もし本番が来たら――」
「……うん」
「私、ちゃんと笑って言いますね」
「……“好き”を?」
「はい」
「……俺も、練習しとく」
「では、今度は“蒼汰くんのリハーサル”ですね」
「勘弁してくれ」
でも、心のどこかで思った。
本番が来るなら、
その相手が“ひより”であってほしい、と。
夜。
StarChatを開くと、新しいタグが上がっていた。
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StarChat #夕焼けの告白リハーサル
【校内ウォッチ】
「美術室で二人、夕陽を背に“沈黙の続き”。」
コメント:
・「#芸術的恋愛」
・「#本番いつですか」
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そして、もうひとつ。
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StarChat #夕焼けの告白リハーサル
【七瀬ひより@2-B】
「リハーサルでも、心は本番です。」
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「……反則だろ」
スマホの画面を見つめながら、思わず笑った。
あの優しい声が、頭の中で再生される。
――きっとこの恋は、“誤解”から始まって、
“練習”のまま終わらない。




