第15話 #文化祭のすれ違い
文化祭前日。
教室中にペンキと笑い声の匂いが漂っていた。
「これ運んどいて!」
「カーテンもうちょい左!」
みんながバタバタ動いている中、俺は脚立の上で看板を吊っていた。
“2-B 喫茶スターチャット”。
どこか、悪い冗談みたいなタイトルだ。
下では、七瀬――ひよりが花飾りを整えていた。
その横には柏木。
会話が弾んでいるように見えて、
俺の胸の中の何かが、微かにざらついた。
「真嶋、それ反対!」悠真が叫ぶ。
「分かってる!」
わざと強めの声を返す。
誰に対してかは、もう自分でも分からない。
準備が一段落して、教室に夕陽が差し込んだころ。
ひよりが花のリボンを指先で整えながら、ふと口を開いた。
「真嶋くん。昨日の投稿、消さなかったんですね」
「……ああ」
「勇気ありますね」
「そうか?」
「だって、届かないって分かってても残すの、
少しだけ痛いですよ」
「……まあな」
それだけ言って、ひよりは笑った。
けれど、その笑顔はどこか無理をしているように見えた。
「七瀬、無理してねぇか?」
「え?」
「なんか、最近疲れてそうだから」
「……そう見えますか?」
「うん。ちょっとだけ」
「じゃあ、たぶん“誤解”です」
「またそれかよ」
「ふふ。便利な言葉ですから」
その軽い言葉に救われた気がした。
けど同時に、彼女が本音を隠しているのも分かった。
夜。
文化祭前日の打ち上げで、みんなが廊下で談笑していた。
ひよりは外のベンチに座っていた。
星が見える夜空の下、スケッチブックを膝に置いて。
「……また描いてんのか」
「はい。今日の一日を」
「俺もいるのか?」
「もちろん」
「どうせ変な顔で描いてんだろ」
「いえ、ちゃんと笑ってますよ」
「俺が?」
「うん。いつもみたいに」
“いつもみたいに”――
その言葉が、なぜか痛かった。
「七瀬。
“誤解”ってさ、笑ってるときが一番やっかいだな」
「どうして?」
「本気で笑ってるのか、隠して笑ってるのか、分かんなくなるから」
ひよりは少しだけ黙って、
スケッチブックを閉じた。
「……たぶん、どっちも本気なんです」
「え?」
「“笑う”って、隠すことと伝えること、
どっちもできるから」
その言葉に、胸が詰まった。
――俺の“好き”も、たぶんそうだ。
伝えたいのに、隠すための言葉になってる。
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StarChat #文化祭のすれ違い
【校内ウォッチ】
「喫茶スターチャット、準備完了!
でも中心メンバー2人の空気、少し静か?」
コメント:
・「#沈黙の準備室」
・「#視線が交わらない二人」
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「明日、晴れるといいな」
「そうだな」
「お客さん、いっぱい来てくれるといいですね」
「うん」
「……真嶋くん」
「ん?」
「明日、ちゃんと見ててくださいね」
「何を?」
「私の“笑顔”です」
そう言って、ひよりは微笑んだ。
その笑顔は、今までで一番綺麗で、
一番遠かった。
その夜、家に帰ると、スマホの通知が光っていた。
StarChat。
トレンド1位は――
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StarChat #文化祭のすれ違い
【桜井先生@担任】
「明日、笑顔を見せる人と、笑顔を探す人がいる。
それが青春という現象である。」
コメント:
・「#先生詩人過ぎ」
・「#見てるだけで痛い」
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「……ほんと、先生まで観察者かよ」
そう呟きながら、
俺はふと思った。
――明日、ちゃんと見よう。
彼女が笑ってる理由が、“誤解”じゃないことを。




