第14話 #届かないメッセージ
夜十時。
机の上に置いたスマホが光った。
StarChatの通知。
“未読3件”。
全部、七瀬――ひよりからだ。
【七瀬ひより@2-B】
「文化祭のポスター、少し描き直しました!」
「明日、見せますね!」
「あと、ペンキのシミ落ちなくて笑いました」
……なんだよ、それ。
相変わらず、平和だな。
返信を打とうとして、指が止まった。
『了解』だけじゃ、そっけなさすぎる。
でも、『ありがとう』だと、なんか照れくさい。
どうしてだろう。
ただ返すだけの言葉が、こんなに難しい。
「……めんどくせぇ」
そう呟きながら、ふと指が動いた。
打った言葉は――
「俺はお前が笑ってるのが一番好きだ」
――送信。
「……え?」
0.5秒後に、心臓が跳ねた。
やばい。間違えた。
これは、個チャ(個別チャット)じゃなくて――
全体公開のStarChat投稿だった。
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StarChat #届かないメッセージ
【真嶋蒼汰@2-B】
「俺はお前が笑ってるのが一番好きだ」
コメント:
・「#誰宛!?」
・「#深夜の誤爆」
・「#恋の公開設定ミス」
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「うわあああああ!!」
スマホを抱えて転げ回る。
削除ボタンを押す前に、すでにコメントが100件を超えていた。
「待て! 違うんだ! これは誤解だ!」
誰に言ってるのか分からないまま叫ぶ。
翌朝。
登校した瞬間、クラス全員の視線が刺さった。
「真嶋、昨日のアレ、告白だろ」
「#深夜テンション告白」
「ついに来たか」
「いや、誤爆だって!」
「誤爆(愛)ってやつね」
笑い声の中で、ひよりが教室に入ってきた。
その瞬間、空気が止まった。
「おはようございます」
「……お、おはよう」
何人かがニヤニヤとこちらを見て、わざとらしく席を外す。
クラスの空気、完全に“修羅場観戦モード”だった。
ひよりは静かに席に座ると、スマホを取り出した。
画面を見て、少しだけ笑った。
「……見ました」
「や、やっぱ見たか……」
「はい。すぐに通知が来ました」
「その、違うんだ。あれは……」
「“誤解”ですよね?」
「……」
彼女の声は柔らかい。でも、その笑顔が少しだけ寂しげだった。
「ねえ、真嶋くん」
「うん」
「“誤解”って、便利ですね」
「え?」
「本当のことも、誤解にできる」
その言葉に、何も返せなかった。
“本当のこと”――そう言われた時点で、
俺の中の誤魔化しが全部、剥がれていく気がした。
放課後。
俺は教室に残って、投稿を削除しようとしていた。
でも、どうしても指が動かなかった。
削除すれば、何事もなかったように戻れる。
けど、そうしたら――
「俺の気持ちも、なかったことになる気がした」。
迷っていると、後ろから声がした。
「……消さないんですね」
振り返ると、ひよりが立っていた。
「……見てたのか」
「はい。
でも、消さないでください」
「え?」
「だって、あれ、嘘じゃないですよね?」
「……かもな」
「じゃあ、誤解のままでいいです。
“届かないメッセージ”でも、嬉しかったです」
ひよりは微笑んだ。
その笑顔は、昨日より少しだけ近く見えた。
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StarChat #届かないメッセージ
【桜井先生@担任】
「届かない言葉も、誰かの心では届いている。
だから“誤解”は、たぶん恋の始まりだ。」
コメント:
・「#先生に全部持ってかれた」
・「#届かない恋が一番刺さる」
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スマホの画面を見つめながら、
俺は笑って、そして少しだけ泣きたくなった。
“届かない”って言葉、
思ってたよりもずっと重いんだな。




