第13話 #すれ違いの方程式
今朝の教室は、やけに明るかった。
黒板には「文化祭準備スタート!」の文字。
クラス全員が浮き足立っていて、
笑い声と紙の音が入り混じっていた。
――ただ、俺は少しだけ、置いていかれた気分だった。
「ねえ七瀬、看板描ける?」
「はい、任せてください」
「やった、七瀬の絵好き!」
女子たちが彼女のまわりを囲んで笑っていた。
あの輪の中に、俺の居場所はない。
「真嶋、どうした?」悠真が肩を叩く。
「いや、なんでもねぇ」
「にしても、七瀬人気あるな。
“絵がうまい子はモテる”って法則、あると思うわ」
「モテとかそういう話じゃねぇだろ」
「お、トーンが低い。これは嫉妬だね」
「……うるせぇ」
確かに、あの輪の中のひよりは、いつもより明るかった。
笑顔がまぶしくて、少し見ていられない。
それだけなのに、胸の奥が妙にざわつく。
放課後、準備で残るメンバーが発表された。
黒板に書かれたメンバー表の中、
“七瀬・柏木・真嶋”の文字が並んでいた。
「うわ、柏木と一緒かよ……」
「何それ、苦手なの?」悠真がニヤニヤしながら聞く。
「いや、あいつ前から七瀬に妙に絡むんだよ」
「おっと、火花出てる」
「出てねぇ!」
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StarChat #すれ違いの方程式
【2-Bクラスまとめ】
「文化祭準備メンバー決定!七瀬×柏木×真嶋=三角方程式?」
コメント:
・「#解けない三角形」
・「#恋と誤解の連立方程式」
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「……頼むから、放っておいてくれ」
心の中でそうつぶやいた。
放課後の教室。
カーテンの向こうの夕陽が、机をオレンジに染めていた。
柏木が材料を切りながら、七瀬に話しかける。
「七瀬さん、筆こっち貸して」
「はい、どうぞ」
「ありがと。……やっぱ、真嶋よりセンスあるよな」
「え?」
「ほら、前の掃除当番の黒板アートも。
あれ、“真嶋が消し方雑”って話だったんだぜ」
「……それ、俺の前で言う?」
思わず口を挟んでしまった。
柏木が笑う。
「冗談だって。そんなムキになるなよ」
「ムキになってねぇ」
「なってる」
ひよりが慌てて間に入る。
「や、やめてください。二人とも」
「七瀬、別にケンカじゃねぇよ」
「でも、真嶋くん、ちょっと怖い顔してます」
「……ごめん」
沈黙が落ちた。
ひよりは筆を置いて、窓の方を見た。
「私、少し外の空気、吸ってきます」
そう言って出ていく背中を、
俺は引き止められなかった。
10分後、校舎裏。
ひよりはベンチに座っていた。
手のひらには、白いペンキが少し付いている。
「……怒ってる?」
「怒ってねぇ」
「でも、顔が怒ってます」
「元からこういう顔なんだよ」
「ふふ、そうでした」
ひよりが笑って、少し空を見上げる。
「真嶋くん。
私、今日すこしだけ嬉しかったんです」
「え?」
「真嶋くんが、私のことでムキになってくれたから」
「……」
「でも、同時に、少し悲しかったです」
「なんで」
「私、誰かを困らせるの、やっぱり苦手で」
言葉が出なかった。
優しいのに、俺の胸の中を刺してくる。
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StarChat #すれ違いの方程式
【桜井先生@担任】
「誤解とは、優しさが衝突した結果である。
どちらも悪くない。ただ、痛いだけだ。」
コメント:
・「#名言連発」
・「#痛いだけの優しさ」
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「七瀬」
「はい」
「俺さ、なんか……よくわかんなくなってきた」
「え?」
「お前が笑うと嬉しいけど、
誰かと笑ってるの見ると、ちょっと苦しい」
「……」
「それって、“誤解”じゃないんだろうな」
ひよりは目を伏せた。
沈黙の中、風が木の葉を揺らす音だけが響いた。
「真嶋くん」
「うん」
「“好き”って、誤解されるためにあるのかもしれませんね」
「は?」
「だって、“好き”って言葉、使うたびに形が変わるじゃないですか」
「……そうだな」
「だから、今のこれは、“好き”の途中だと思います」
“好きの途中”。
その言葉が、胸の奥でずっと残った。
――誤解の方程式。
解くたびに、答えがひとつ増える気がする。




