第12話 #曖昧な放課後
チャイムが鳴った瞬間、教室の空気が一気に緩んだ。
みんなが一斉に立ち上がって、部活だ、寄り道だ、と騒がしく出ていく。
その中で、俺は一人、席に残っていた。
ノートを閉じる音だけが響く。
ふと顔を上げると、窓際の席で七瀬――ひよりが、まだスケッチブックを開いていた。
「まだ描いてんのか」
「はい。あと少しだけ」
「何、描いてんの」
「“曖昧な放課後”です」
「……タイトルか?」
「うん。いまの気分です」
スケッチブックの中には、放課後の教室が描かれていた。
窓から差す夕陽と、揺れるカーテン。
机の影が長く伸び、その隅に二つのシルエット。
でも――少しだけ離れていた。
「……この距離、気になるな」
「距離ですか?」
「うん。あと半歩、近づけそうなのに」
「でも、それが“曖昧”なんです」
「なるほどな」
ひよりは笑った。
その笑顔は柔らかいのに、どこか遠い。
まるで、“触れたら消える”みたいな笑顔だった。
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StarChat #曖昧な放課後
【校内ウォッチ】
「放課後の教室に残る二人。窓際の光の中で沈黙。」
コメント:
・「#距離半歩」
・「#空気が恋してる」
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「……また撮られてるぞ」
「ですね」
「どうして笑ってんだよ」
「だって、これも“放課後”の一部ですから」
「お前の中の“日常”の定義、だいぶ特殊だな」
ひよりがペンを置き、ゆっくりと立ち上がる。
「真嶋くん。
“曖昧”って、悪い言葉ですか?」
「……うーん。
はっきりしないって意味なら、あんまり良い印象ないかもな」
「私は好きです」
「なんで」
「はっきりしないから、想像できるじゃないですか」
「……想像?」
「たとえば、今のこの距離が“曖昧”だから、
このあとどうなるかを、誰でも自由に考えられる」
――この子、ほんと時々詩人になる。
それが、どうしようもなくズルい。
「……でも、俺は“曖昧”が苦手だ」
「そうなんですか」
「誤解されやすいから。
はっきり言わねぇと、どんどん勝手に話が進むんだよ」
「ふふ。たしかに」
「だから、いつかちゃんと言葉で――」
そこまで言いかけて、飲み込んだ。
「……言葉で?」
「いや、なんでもない」
誤魔化すように窓の外を見る。
茜色の空が、まるで「言えよ」と煽ってくる。
「七瀬」
「はい?」
「……もし、“曖昧”のまま終わったら、どうする」
「それでもいいと思います」
「なんでだよ」
「だって、はっきりしない思い出のほうが、
たぶん、ずっと心に残ります」
ひよりは微笑む。
その笑顔が、少しだけ寂しそうだった。
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StarChat #曖昧な放課後
【桜井先生@担任】
「青春とは、“はっきりしない感情”の総称である。」
コメント:
・「#先生の定義シリーズ」
・「#あいまいこそ青春」
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「先生、ほんと毎回トドメ刺してくるな」
「でも、ちょっと嬉しいです」
「どこが」
「だって、“曖昧”を肯定してくれたから」
窓の外、放課後の空が夜に溶けていく。
ひよりの影が、だんだん俺の方へ伸びてきて、
床で交わった。
「……ねえ、真嶋くん」
「ん?」
「この“曖昧”が終わったら、どうなりますかね」
「さあな」
「誤解、終わっちゃうのかな」
「……終わったら、“本物”になるんじゃね」
言ってから、少しだけ恥ずかしくなった。
でも、ひよりは何も言わずに――ただ、静かに笑っていた。




