第11話 #好きと誤解の方程式
月曜の朝。
ひよりはまだ来ていなかった。
いつもなら早めに登校して、黒板の端にちょっとした落書きを残していく。
「今日もがんばりましょう」みたいな、誰が見てもほっこりするやつ。
でも、今日は黒板がやけに静かだ。
「真嶋、七瀬休みか?」悠真が聞いてくる。
「知らねぇ。昨日LINEも既読つかねぇし」
「喧嘩でもした?」
「してねぇ。……たぶん」
「“たぶん”が多いな、お前」
机に肘をついて、天井を見上げる。
“誤解の境界線”の絵。あれを見てから、少しお互いに距離を取っていた。
LINEも“おつかれ”の一言で終わる日が続いてる。
気まずいわけじゃない。
でも、“何かを言いそびれてる”感じだけが残っていた。
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StarChat #好きと誤解の方程式
【校内ウォッチ】
「最近、七瀬と真嶋の間に“静かな空気”。
#誤解の冷却期間か #距離感調整モード」
コメント:
・「#距離が近いときより苦しいやつ」
・「#沈黙が切なすぎる」
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ほんとに、どこからでも見られてる気がする。
俺と七瀬の“空気”って、そんなに観測しやすいのか。
昼休み。
購買の前で、偶然ひよりと鉢合わせた。
「……よっ」
「……こんにちは」
なんだこの会話の温度差。
前まで自然に話せてたのに、今は“言葉を選びながら喋る”みたいなぎこちなさがある。
「パン、買うの?」
「はい。あんパンです」
「ああ、またそれか」
「誤解の味なので」
「そんなジャンルあんのかよ」
会話は弾まない。
それでも、沈黙が続くのが怖くて、俺は無理やり話題を探した。
「……この前の絵、見た」
「“境界線”のですか?」
「うん。あの線、もう少し薄くしてもいいんじゃね」
「薄く?」
「消すのが怖いなら、ぼかすのはどうだ」
「……ぼかす、ですか」
「うん。曖昧って、悪くないだろ。
ハッキリしないまま、優しく繋がってる感じ」
ひよりはしばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……そうですね。
“誤解”も、きっと方程式みたいに解けるのかも」
「方程式?」
「はい。“好き”と“誤解”って、たぶん似てます。
どっちも、答えが一つじゃない」
その言葉を聞いた瞬間、胸がざわついた。
“答えが一つじゃない”――
じゃあ俺の“好き”は、彼女の中でどんな答えになってるんだろう。
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StarChat #好きと誤解の方程式
【桜井先生@担任】
「恋愛とは、未知数の多い方程式である。
解こうとするより、感じる方が早い。」
コメント:
・「#先生また名言更新」
・「#感じる数学」
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教室に戻ると、悠真がにやりと笑った。
「なーんか雰囲気変わったな、お前ら」
「気のせいだ」
「いや、七瀬の目、少しだけ迷ってたぞ」
「……」
「誤解って、どっちが先に解くと思う?」
「さあな」
「俺は、先に“誤解される側”が気づくと思う」
「なんで」
「だって、相手が自分をどう見てるか、
一番気にしてるのは誤解される側だろ」
言葉が喉で止まった。
たぶん、悠真の言ってることは正しい。
でも、それを認めたくなかった。
認めた瞬間、俺の“誤解”が“本気”になっちまう気がしたから。
放課後。
黒板に“おつかれさま”の文字が書かれていた。
チョークの粉で少し滲んだその筆跡が、
どこか、ひよりの字に似ていた。
胸の奥で何かが静かに弾けた。
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StarChat #好きと誤解の方程式
【校内ウォッチ】
「黒板の“おつかれ”の筆跡が、七瀬っぽい。
#沈黙のラブレター?」
コメント:
・「#誤解が恋を育てる」
・「#黒板ポエム事件再び」
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「……もう、どこまで見られてんだよ」
呟きながらも、少しだけ笑ってしまう。
誤解でもいい。
未遂でもいい。
この“曖昧な関係”が、
今は一番、俺たちらしい気がした。




