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第96話 輔弼近衛は問題にされる(宰相視点) ~暁の庭で~

宰相閣下が「秤は理のうちにあって云々」と立派に庇ってくれている影で、本人の俺は「すみません次からはもう少し地味にやります」と土下座したい気持ちでいる。

執務棟の廊下は静かだ。灯は落としたまま、机上の小鈴にも触れない。紙束のいちばん下に挟んでおいた封書を引き抜く。密報は既に届いている。誰が運んだかは不要だ。必要なのは中身――軍務卿と法務卿が夜明け前に会合。議題は二つ、戦況の整理とはかりの扱い。

紙縁の繊維が人差し指に逆立ち、そこだけ血の気が引いた。


まず戦況。軍務卿の文面は手堅い。出来事を時系列で記し、評価語を抑え、関係者の名は前に出さない。用語は「退進」「在砦」「合流」に統一。これなら現場の受け止めは揺れにくい。紙一枚で戦は動かないが、紙一枚で混乱は起こり得る。ゆえに言葉は短く、定義は揃える――この方針は妥当だ。


次に秤。法務卿は、秤が設けられると知った時点から、その在り方を法のうちに抑えようとしている。直言を慣習に委ねず、条文で囲う意図だ。要件(目的・必要性・手段の相当性)、限界、事後報告の義務まで整え、「秤の直言」を法的行為として整理するつもりだろう。実務としては分かりやすいが、政治としては留意が要る。王権の作用そのものを過度に形式化すれば、裁量は痩せ、機動は落ちる。王室の判断は先に働き、法はその後を追う。順序を違えれば、制度が目的化する。彼はそれでも進めるだろう。性格を知っている。


ここで私は明確に怒りを覚える。「秤は法のうちにはあらず、理のうちにあり」。これは恣意の免罪符ではない。まずみことのりが秤の役割を規定した。すなわち、法の射程を越える非常において、ことわりに基づき均衡を回復し、その判断と結果を王政へ橋渡しすること――“理による先行判断”は詔で与えられた秤の機能である。ところが法務卿は、「条文化すれば安定する」の一語でこの機能を法手続の下位項目へ押し込み、詔の趣旨を縮減しようとしている。条文化の名で詔を従属させれば、理は空洞化し、秤は手続き係に堕ちる。均衡は守れない。看過しない。


なお、今回の一件――近衛が剣を示して王子の前進を止めた行為――は、詔に照らすなら「戦に傾く王子を止め、均衡を回復した」ものとして、儂は秤の正しい働きと評価する。評価は明確にするが、表現は節度を保つ。英雄化も、「脅迫」の自認も不要だ。詔が与えた機能としての制止であり、目的は均衡の維持であることを簡潔に示せば足りる。


儂の職務の中心は王室への忠誠であるが、今回はそれ以上に、詔の拘束力と秤の機能を守ることが肝要だ。秤の運用はまず詔の趣旨に従い、理による判断が先行し、法はその後から整合すべきである。もし法務卿の構想が、詔に優先して秤を形式で縛る方向へ進むなら、儂は止める。段取りが巧妙でも、詔で定めた機能を紙の都合で削らせはしない。


同時に、別の計算もある。法務卿が拙速に制度化へ踏み込めば、職責の越権として更迭の端緒になり得る。儂は善悪ではなく秩序で判断する。職掌の線を越えた時点で処理する。手順と人員は既に用意してある。


先に整えるべきは足場だ。対外告示は一本でよい。「霧丘方面、王都にて整理中」。用語は前記三語で統一し、更新間隔を決め、噂の増殖を抑える。名は出さない。名は最後に出す。軍務卿の紙は軍を静め、儂の紙は都を静める。方向は一致させる。


評議は五卿会議の場で行う。問題が大きすぎるので場は小さくする。五卿のみ、陪席は置かない。王は出席させない(最終裁断を保持するため)。王族(王妃・王子女)は傍聴のみ、発言権なし・記名記録なし。最終裁断は後刻、御前にて奏請する。距離の管理が敬意である。距離を誤れば、権能は濁る。


法務卿の論法は見える。要件審理――強制性、正当目的、代替手段の可否、因果の近接性。ここまでは有用で、議論を短くする。しかし、これを恒久枠へ直結させてはならない。まず王命側から運用方針を出し、法はそれに整合させて暫定の取り扱いを定める。順番を守れば、裁量と統一は両立する。逆なら硬直する。


机端の前例抄を確認する。城門前の示警、殿中の制止。見出しから人名を外し、末尾で事実のみを付す。目的・手段・結果で同型に整理。見本として使える。前例は免罪符ではない。運用の型を示す材料だ。王命側から先に「型」を出せば、法務の条案はその枠に沿って短くなる。


都が誤るのは、たいてい最初の一言だ。だから儂は秤本人――近衛の若者の第一声を重く見る。英雄化は不要で有害だ。自ら「脅迫」に近い語を選ぶのも誤り。どちらも都の判断を歪め、法務卿の筆を極端へ誘導する。求めるのは、事実の確認、必要性の説明、手段の限定、結果の報告――それだけでよい。第一礼と第一声が、後の処理を決める。


儂は小鈴を掌で覆い、鳴らさない。人員を動かすのは最後。先に整えるのは文章、順序、席次の三点。軍務卿の慎重さと法務卿の推進力のあいだに、議事の規律を差し込む。どちらが前に出ても逸脱しないよう、論点を事前に固定する。都は言葉で動く。動かす言葉は、先に用意しておく。


封書は四つ折りにして裏返す。焼却は不要、記録として残さないだけだ。今夜、続報は来る。密会の内容、条案の素案、軍の整理状況。材料が増えれば手順を加える。しかし、決めるのは紙ではない。都の拍を定めるのは、帰還の一歩目と第一声だ。


王妃の御座の灯が遠くに見える。儂は息を整え、白紙に短く記す――王命側の運用方針を先行。告示は一本化。出席者は限定。名は最後。


ここまでの段取りは整った。残る不確定は一つだけ。――いずれにしても、アレン次第か。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】



次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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