表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
91/107

第88話 輔弼近衛は生き延びる(第二師団長視点) ~迅は間に合う~

すいません。私の手違いでこの話を86話として同じものを公開してしまっておりました。

削除しようと思ったのですが、既に呼んで居られる方ががたくさんいるのと、削除の仕方がわからなかったので、そのままにさせて頂きます。大変申し訳ありません。


その代わりに本日は2話投稿させて頂きます。


第二師団〈迅〉の手際を眺めていると、「同じ軍属のはずなのに、うちの職場だけ別ゲームをやってないか?」という気持ちがむくむく湧いてくる。

――会議は短くていい。長くなるほど、ときは逃げる。


王都・軍務院の円卓で、話はすぐ骨だけになった。

円卓には“剛”の第一師団、“迅”の第二師団、“遊”の第三師団、“静”の第四師団、それぞれの長がついていた。正式名ではない、当たりのよいあだ名だ。


最初に声を上げたのは第一師団の副長――殿下の名代だ。

「第一を派遣させていただきたく存じます。“剛”にて正面を割り、砦前で敵勢を解すのが最短かと存じます」


軍務卿は逡巡を見せず、簡潔に裁定を下した。

「時間がない。〈迅〉を出す。霧丘へと三日で達せよ。黎明、敵の背へ入れ」


視線がこちらに滑ってくる。第二師団長、ハンネス・ヴォルク。

「拝命いたしました。第二師団、三日目の黎明に背へ回り、刻を合わせてみせます」


第一の副長は短くうなずき、押し通そうとはしない。〈剛〉は後で効く重石だ。まずは間に合わせる者が走る――それが、いまの戦の筋。



号令が落ちる前に、支度の半分は終わっていた。〈迅〉は合図の前に動ける体勢を作るのが常。荷は削る。幕は半分、鍋は一つおき。槍は軽め、柄の節を一本詰める。矢束は倍。予備馬は区画ごとに三頭、夜駆け用に耳当てを外す(凍れば音が出る)。


「行軍食は硬めに煮ろ。噛む時間が一番の贅沢だ」


副官が走り、伝令が戻り、砂時計だけが無言で落ちる。


霧丘への到達は三日――地図なら細い線で済むが、現物はもっと細かい。


一日目は大路を捨て、堤の陰を拾う。

二日目は夜を二つに割り、薄明の二刻だけ眠る。

三日目は夜駆けだ。二更ふたつの半ばから火を絶ち、蹄鉄に布を巻き、舌も凍る空気を胸で折りながら、黎明の前に背へ出る段取りで進める。


「隊列、三列縦隊。左右は騎兵、中央は歩兵・弓兵。左右は並走して前詰め、中央は間隙を埋めて押し支え。先頭が崩れたら即、側列に潜って交替だ」

列は歯車だ。噛み合いが途切れた瞬間、全体が止まる。

「喉が渇いたら飲め。だが喉の渇きで脚を止めるな。脚は喉とは別の生き物だ」

新人にだけ言う。人間はひとつの身体で二つの時間を生きられる。慣れればそうなる。



三日目の夜半、渡渉点の薄氷が割れて道が細った。わずかだが、ときを食う。

副官が並んで走りながら、息を切らさず言う。


「将軍、予定より一刻いっとき遅れます。黎明の奇襲は――」

「遅れは承知だ。奇襲に固執して刻を潰すのが、いちばんの負けだ。背に“間に合う”ことを優先する」


夜駆けは続く。火は焚かない。馬の汗は冷え、鎧の紐だけが音を嫌って震える。

東の端が白む。間に合わなかった。ほんの一刻。だが、戦は刻の綱引きだ。一刻はまだ巻き返せる。


稜線を下り切るころ、砦の赤旗が雪に映えた。敵前線と砦兵は、まだ対峙している。

煙はない。外には出撃の痕。敵は鎖を厚く組み、正面で押し合う。背はからだ。


「接近までは角笛を使うな。――だが突撃の瞬間だけは鳴らす。三短一長、突撃のつのだ。敵に気づかせ、砦に知らせろ」

〈迅〉は音より先に空気を味方につける。位置を取り切るまでは無音で寄り、突入の刹那だけ音で戦場全体を同じ刻に合わせる。


浅い凹地を舐めるように走り、砂利の音すら殺してあぶみを足首で締める。

敵の後列には、予備隊を差し込む二つの“隙”と、伝令が往復する一本の“通路”がある。左右からその隙を塞ぎ、中央の通路を断てば、前線への補充と号令が止まり、前列は自ずと崩れる。


「一中隊、通路断。二中隊、隙潰し。三中隊、標旗護持――絶対に倒すな。砦識別を保て。敵旗は今は折るな」

「折るな、ですか」

「いまは総崩れにするな。敵を足で固定しろ。砦の追撃は“噛み合い”の後だ。門が動けば列が伸び、角度が崩れて挟撃がほどける」


合図の旗が小さく上下する。

「――吹け」


角笛が裂く。三短一長。雪の空気が震え、砦長ガウスの門楼まで一息で届く。

敵の最後尾が反射的に振り向く。その“間”ごと、こちらは距離を呑む。

“刃の刻、前へ”。脚が先に答える。突入。


槍先が雪を裂き、鎖の継ぎ目へ噛みつく。肩と肩の間――指揮の声が通る狭い道に、こちらの短いごうを置いて塞ぐ。怒鳴らない。ただ“踏み石の音”を置く。後ろが踏めるように。

「押すな。噛め。噛みしめろ」

音は小さい。だが列全体が沈む。背を取った手応えは、音ではなく重さで分かる。



砦側の空気が反転した。角笛――二短、二長。退却の合図。だが退くためではない。

肩線の返しが速い。これは“挟むための反転”だ。

砦前の列が浅く退き、左右がわずかに開く。敵は前へ出る。背は〈迅〉が塞いだ。空いた左右は砦兵の“戻り”――反転の呼吸のための道だ。ガウスの手だ。三短一長を聞いて、合わせてきた。


敵指揮官の声が裏返る。前か背か、脳が追いつかない音。哀しいが、勝ちはそこにある。

砦の“戻り”が地に落ち切った瞬間、こちらもようやく刃を出す。遅れは遅れではない。――刻だ。

〈迅〉は刃の速さで語らない。刻の正確さで語る。


背で二つ、前で三つ、列が折れた。折れ目は雪に吸われるが、目にははっきり出る。

敵旗は今は折らせない。味方の標旗は決して倒すな。砦が出る刻までは、形を保て。



一段落。副官が息を吐く。

「将軍、三日目の奇襲には遅れましたが――挟撃は刻どおりで」

「そうだ。奇襲は手段、刻合わせは目的だ。間に合わせた“刻”が砦と噛んだ。そこが勝ちだ」


門楼の上で、ガウスがこちらに手を上げた。礼だ。こちらも上げる。言葉はいらない。

礼は刃より早く通る。戦場で、いちばんよく通るのは礼だ。


円卓の会議がよぎる。第一〈剛〉は、このあと効く。割るべきものが残っていれば割ればいい。

〈遊〉は縁を拾い、〈静〉は固める。役は違えど、全部必要だ。

〈迅〉は紐を確かめるだけでいい。刻は続く。誰かが運ばねば、勝ちは届かない。


「第二師団、整列。刃を拭け。靴紐を見ろ。次の刻は、まだ前だ」

兵が動く。音は小さい。国を長持ちさせるのは、こういう仕事だ。

そして心の中でだけ、もう一度だけ砦へ礼を送る。


――ガウス、よい砦長だ。合わせが速い。あれなら持つ。こちらも、持たせる。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】



次回の投稿は明日21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【皆様へのお願い】


面白い/続きが気になると思っていただけたら、


『ブックマーク』、『☆☆☆☆☆』、『感想』、『誤字報告』をいただけると大変励みになります。

(ついでにとても喜びます)


皆さまの声援だけが心の支えです。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ