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第78話 輔弼近衛は考える(兵士視点) ~不可解な存在~

砦兵たちが俺をどう見ているかを想像すると、「胡散臭いけど一応味方らしい人」で落ち着いているような気がしてならないんだが。


なんと本作が注目度ランキング55位になったという通知がきました(ビックリです)。

これもご愛顧いただいている皆様のお陰です。本当にありがとうございました。

敵は決まった時刻に、規則正しく三度攻めてくる。

午前、昼過ぎ、そして夕方――雪原の向こうで炊かれた煙が濃くなると、そいつらが立ち上がって弓を構える。あいつらは腹ごしらえをして、その上に甘いものまで口にしてから、平然とこちらへ歩いてくる。俺たちはその合間に、凍った麦塊をひとくちずつ齧り、黙りこくって冷えた息を吐くしかない。歯を立てて音を立てるたび、舌先に鋭い冷たさが刺さり、砦じゅうの沈黙に自分の噛みしめた気配だけが混じる。これが“飯”だと思えば腹立たしいが、いまは腹を満たす術も戦場の一部だ。


攻撃のときが来る。砦長が怒鳴る。「矢を節約しろ! 梯子を掛けたやつには岩を落とせ。今は耐えろ!」その声が雪風に流れていき、掛けられた梯子の影が城壁に伸びる。

減っていく矢の音なんて聞こえもしない。けれど背負い筒の軽さで、いちいち実感する。それが空に近づくたび、胸のどこかが凍えて沈み込む。援軍の影は遠い。矢の尽きる日付が心に重く積もる。


城壁の上で一瞬だけ、小さな笑い声が零れ落ちた。それは、すぐに消えた。誰ひとり冗談を受け継ごうとしなかった。

俺はふと見た。

「輔弼近衛」と呼ばれるアレン・アルフォード殿。その名は王族に仕える近侍のはずなのに、ただ黙って泥と雪の中に立っている。最初は、ただの奇人、貴族の世間知らずに見えた。

だけど、日々が積み重なるにつれ、違和感はそのまま静けさに変わった。あの人は誰かの動き、戦場の情景をじっと見ている。

会話を振られても、すぐに返事をしない。束の間の沈黙を挟んでから、要点だけを伝える。偉ぶる様子はない。取り入ろうともしていない。ただ、何かをよく考えているのが手触りで分かる。

最初は「輔弼殿」と呼ばれていたのが、やがて「アレン殿」になり、すぐに「アレン」になった。だが、あの人は気にする素振りもない。


三度目の攻撃をやり過ごした夜だった。矢筒の底に手を伸ばすと、空だった。援軍は十日後。矢は、あと五日と持たない。

「もう無理だろ」仲間の誰かが口にした。俺も同じ考えだった。

崩れていく希望とは、何て静かで冷たいものだろう。


そんな時、倉庫の隅にしゃがむアレン殿を見つけた。

古びた縄と帆布を広げ、台の上で無言で手を動かす。その動作には、奇妙な落ち着きがあった。周囲には冷え切った空気が漂うのに、彼の指先だけが焚き火の光を受けて微かに赤みを帯びていた。

思わず声をかける。「……何をしているんですか?」

「武器を作っています」

「武器?」

「“投石紐”です。辺境ではこれで魔物を追います」

無言で布に石を包み、軽く腕を振る。その石は風を裂き、壁に当たって乾いた音を響かせた。

胸の奥がきゅっと冷えた。“貴族”の思い込みは、そこで砕けた気がする。


若い兵が真似して投げてみた。石はすぐ横に飛び、雪を跳ね上げただけだった。

それでも誰も怒らず、アレン殿は柔らかく微笑んで言った。「狙わなくていいんです。降らせるんですよ」

その声は、不器用な手元へ“考える余地”を丸ごと預けてくるようだった。


「外に出られない。石も残ってねぇ」と誰かが言う。

アレン殿は手を止めずに答える。「砦の中に、まだ“資材”があります」

「資材?」

「補修用の石材、炉の隅石、屋根瓦、壊れた陶器……最後は倉庫です」


その“倉庫”という一言で、全員が黙った。

食料庫を壊すなんて思いもよらぬ正気の沙汰じゃない。だけど彼は平然としていた。「食料が尽きたら、倉庫はただの箱です」

意味はすぐ理解できなかった。けれど、胸の奥に何かが灯った。この人は嘘を吐いていない。そう思った。


それからだ。砦の空気が、ほんの少し変わった。誰も命令されていないのに、手が動きはじめた。

屋根を剥がす者、炉の石を抜く者。木槌の音が続き、アレン殿は紐を撚りながら重さを測っていた。「七百……いや九百くらいが一番投げやすいですね」

淡々とした声の響きに、不思議と安心が芽生えた。


“考えてる人”がいるだけで、砦は静かで、強くなる。その静寂は、確かに“強さ”だった。


午後、角笛が鳴る。「投げろ!」

二十の手が一斉に紐を振る。灰色の空に石が弧を描き、敵の頭上で散っていく。盾が上がり、敵が止まる。「……避けてるぞ!」

「避ければ十分です。頭を下げた分、攻めは鈍ります」

アレン殿の声が響くと、砦の誰もが息をついた。“耐える”という言葉の意味が、初めて胸に落ちた気がした。


敵が退いたあと、みんなで焚き火を囲み、麦粥のぬくもりを分けあった。「なぁ、あの近衛……偉い人なんだろ?」

「らしいな」

「でも、偉そうじゃねぇ」

「むしろ俺らよりよく動く」


昼間の乾いた笑いではなく、少し誇りの混じった温かい笑いが、この夜は続いた。


夜明け。雪がまた静かに降っていた。

アレン殿は壊れた荷車と折れた弓を見つめて呟いた。「……これで投石機が作れるかもしれません」

最初の頃なら“無理”と笑われていたはずだった。でもこの時は誰も笑わなかった。“たぶんできる”と皆が思っていた。


作業は静かに進んだ。木枠を寝かせ、支柱を立て、弦を通す。寒さで手がかじかんでも、誰も止まらなかった。夕方には試作機ができた。


二人の兵が縄を引き、合図で放つ。木枠が跳ね、袋が空を切る。雪原の向こうに白い煙が上がった。「……届いた」

「弓の四倍は飛んでる!」

殿下が笑い、砦長がうなずく。その背後で、アレン殿は黙って立っていた。その顔には静かな光があった。


夜。薄い麦粥を分け合いながら、誰かがぽつりと言った。「お前、最初あの人のこと変だって思ってただろ」

「ああ」

「まだ変だと思うか?」

「……変だ。でも、頼りになる変さだ」


笑いながら、俺は考えた。“異物”って言葉がある。だけど、あの人はもう“異”じゃない。

考えることが怖くなくなった。何かを失っても、まだ工夫できると思える。

それだけで、十分強い。


雪がまた静かに降り始めている。

砦の外は白の沈黙。だけど俺たちの中には、まだ“考える余地”がある。

壊すのは簡単だ。けれど、残す工夫が尽きないうちは――俺たちは負けじゃない。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

殿下の目から見ると、秤という役目はどうやら矛盾の塊に見えるらしいです。

次回はその殿下視点で、「死ぬ気で生き延びようとしている奴」を前に、頭を抱える回になります。

理と感情と忠誠が、雪の中で三つ巴になっているのを、少し距離を置いて眺めてください。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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