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第77話 輔弼近衛は考える ~石は矢より強し~

数字と石と矢の計算ばかりしていたら、「騎士学校行くより王国学校にいって文官になった方がよかったんじゃね?」とふと思ってしまった。

敵は、一日三度、きっちり攻めてくる。

午前、昼過ぎ、夕方――まるで律義な職人だ。

見張りが駆け込むたび、砦長が城壁の上で怒鳴る。

「矢を節約しろ! 梯子を掛けたやつには岩を落とせ。今は耐えろ!」

……そう言うしかない。

問題は、向こうが「待てる側」だということだった。


雪の向こう、敵陣からは炊煙が立ち上る。

殿下が煙を見て、ぼそりと呟く。

「……あれは飯か?」

「ご飯どころか、おやつまで食べてるらしいですよ」

そう返すと、城壁の上に小さな笑いが生まれる。

凍りついた空気が、ほんの少しだけほぐれる。

だが、笑いは一瞬だ。


三度目の攻撃をやり過ごしたとき、矢筒の底が見え始めていた。

援軍は十日後。矢は、もう五日ももたない。

(……弓以外の手があれば)


夜明け前。倉庫の隅で、古い縄と帆布を広げる。焦げ跡の残る台の上で手を動かす。

(……懐かしい。これだ)

布の両端を縄で結び、中央に石を包む。

――投石紐。狙うのではなく、ばら撒くための道具だ。


頭上から石あられを降らせれば、敵は盾を上げる。

弓を持っていても、撃つ暇は奪える。


そこへ、顔なじみの兵が覗き込んだ。

「アレン、何してるんだ?」

「武器を作ってます。“投石紐”です」

「紐が武器?」

「ええ。辺境じゃ、これで魔物を追い払います」

そう言って布に拳大の石を包み、軽く回して放つ。

風を裂く音がして、石が壁に当たった。

「……すごいな」

(久しぶりだけど、当たって良かった)


若い兵が面白がって真似すると、石は真横に飛び、雪を蹴った。

「難しいな、これは」

「狙わなくていいんです。弓の射程が百歩、これは二百歩。

 上から“降らせる”ものです」


だが、別の兵が難しい顔で口を挟んだ。

「そんなに石は残ってない。外にも出られねぇ」

「砦の中に“資材”があります」


俺は答える。

「補修用の石材、炉の隅石、屋根瓦、割れた陶器……最後は倉庫です」


その言葉に、砦長が顔を向けた。

「倉庫を壊すのか?」

「食料が尽きたら、倉庫はただの箱です」

(その時は退却戦、だけどな)


すぐに手の空いた兵を集める。

倉庫裏の石材を一段ずつ外し、炉の隅石を灰でくるんで抜く。屋根瓦は二人で剥がす。

破片は布袋に詰め、鋭利な角を落として紐で縛る。

冷えた空気に木槌の音が響いていた。


七百、いや九百グラムあたりが一番投げやすい。

中庭に小さな石の山ができる。

それを麻袋に詰め、城壁の上へ運ぶ。


角笛が短く二度鳴った。午後の攻撃だ。

二十の手が一斉に振り上げられ、風が唸る。

石は灰色の空を弧を描き、敵陣の頭上で散った。

盾が上がり、動きが止まる。


「……避けてるぞ!」

「避ければ十分です。頭を下げた分、攻めは鈍ります」


慣れぬ攻撃に、敵の進軍が止まった。

(何か隠していると思われてるだろうな)


その日の攻撃は、それで終わった。

だが俺の頭は、もう次を考え始めていた。

(腕力には限界がある。もっと遠くへ、さらに広く撒けないか)


目に留まったのは、壊れた荷車と折れた弓。

「……これで投石機が作れるかもしれない」


殿下と砦長へ報告する。

「投石機?」砦長が眉をひそめる。

「正確に狙うものじゃありません。投石紐の射程は二百歩。それよりさらに遠くまで石を押し出す装置です。荷車の骨組みに折れた弓の弦を束ねて反発力を作ります。二人一組で動かす。片方が引き、片方が放すだけです」


殿下が腕を組み、少し考えて言った。

「材料は足りるか?」

「ええ。弦は折れた弓から、木枠は荷車の残骸。石も、まだ少しは残っています」

「よし、やってみろ」

砦長が短くうなずく。


「近衛がそんな泥仕事まで考えるとはな」

(辺境じゃ、泥の中にも使えるものが落ちてる)


木枠を寝かせ、支柱を立て、弦を通す溝を彫る。

麻縄で束ねて反発力を均等にする。

寒さで手がかじかむが、作業は止まらない。

投石紐を作っていた兵が、今度は木枠を押さえ、釘を打つ。

夕方には試作一号ができあがった。


二人の兵が縄を引き、合図でトリガーを外す。

木枠が跳ねて袋が空を切る。

雪原の向こう、白い煙が上がった。


「……届いた」

「弓の四倍は飛んでますね」

殿下が微笑を浮かべる。

「この砦、まだ戦えるな」

「ええ。矢が尽きても、手は残っています」


夜――

薄粥を分け合いながら、兵がぽつりと言った。

「お前、近衛にしては泥臭ぇな」

「辺境育ちですから」

俺は笑い、手元の縄を撚り直す。


雪が、また静かに降り出した。

砦の外は白く閉ざされているが、まだ“考える余地”がある。

壊すのは簡単だ。

だが、残す工夫が尽きないうちは――負けじゃない。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

砦の上から見ると、俺はどうやら「石と数字を愛しすぎている人」に見えるようです。

次回は兵の視点で、その不可解な近衛がどんなふうに見えていたかをじっくり観察してもらいます。

呼び名が「輔弼殿」から「アレン」に変わっていくあたりが、一番くすぐったいところです。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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