第8話 辺境三男は選べない(教官ダリウス視点) ~老騎士は理を語る~
「教官の指導が毎回厳しすぎる。みんなより無理難題ばかり出されて、僕だけ進歩しない現実がつらい。」
冬の光が斜めに射し、窓辺の埃を白く照らしていた。
積み上げた報告書の山の向こうで、若者が礼を取る。その背に、三年の歳月が見える。
アレン・アルフォード。辺境の子爵家三男――。
入学の初日から、彼は“異物”だった。
剣を振るうときの間合いが教本通りではない、戦場を知っている者のそれだった。だが破綻もしない。
戦いの形ではなく、呼吸で間を測っている。
他の生徒たちは勢いを求める。若さとはそういうものだ。
だが、あの少年は違った。
勝ちに行くのではなく、崩れぬように動く。
守る側の戦い方――辺境で生きる者の骨に染みついた習いだろう。
実戦演習の報告が上がったとき、私は少し笑った。
副将でありながら命令を無視し、小屋を守り、敵拠点を奪った。
あの判断には、知と情が共にあった。
若き日の私には、あんな選び方はできなかっただろう。
――ゆえにこそ、見続けてきた。
この三年間。
彼の眼が、どこを見ているのかを。
あの眼を見てから、私はずっと考えていた。――この少年を、どこへ送り出すべきかを。
◇
数カ月後、卒業を控えた学生たちの進路面談があった。私は最先任教官としてその場に立ち会っていた。
面談室の空気は、張り詰めていた。
卒業試験の首席。書類上は、これ以上ない生徒だ。
だが、担当教官が問いを発した瞬間に緊張が張り詰めた。
「進路希望はあるか?」
「国軍に。辺境勤務でも構いません」
面談室はわずかにどよめく。
全科目で最優をとって首席の座を一度も譲らなかった男が辺境勤務を希望したのだ。
教官の眼には、これが「制度への反逆」に映った。
だが、声は静かで、迷いは少なかった。
それがかえって、心の奥の逃げ場を示していた。
私は理解した。
――彼は、王都を信じていない、いや、信じたいと思っていないのだ。
私は机上の印章に指を置いた。
王印が刻まれた赤蝋が、冷たい。この印を押せば、彼の未来は一つに定まる。
◇
「そう来るか。……だが貴様には、近衛騎士団から指名が来ている」
彼の眉がわずかに跳ねた。目の奥に、拒絶よりも先に“理解”が走る。
この少年はなにごともす早い。何を言われるか、すでに察している。
「辞退します」
即答だった。
若者らしい激情ではない。理屈を積んだ上での拒否。
だからこそ、私は崩さねばならなかった。
「首席が近衛を志願しない前例は、崩せない」
「……規則、ですか」
「規則ではない。伝統だ」
伝統――便利な言葉だ。
だが、それを口にするたび、古い傷がうずく。
私もまた、その決まりに従って、何人もの生徒を切り捨てた。
それでも、今さらそれを疑えば、王国そのものを否定することになる。
「伝統と伝統がぶつかったとき――最後に立つのは理だ」
彼が息を呑む気配がした。
それでいい。理は痛みからしか生まれぬ。
彼の拳が膝の上で小さく震えていた。
それを見て、私は印章を押した。
「……了解いたしました」
その声を聞いたとき、胸の奥がわずかに痛んだ。
老いぼれの感傷だ。だが、それでも――。
◇
私は立ち上がり、手を差し出した。
その掌に、三十年前の自分を見た。
理に従って部下を見送った幾多の日、私は何も言えなかった。
せめて今は、言葉を添える。
「武勲を祈る」
……それは送別ではなく、赦しを乞う祈りだった。
少年が去り、扉が静かに閉まる。
私は椅子に腰を戻し、机上の白い封筒を見下ろした。
そこには赤い印字がある。――「近衛候補推薦」
窓の外では雪が舞っていた。
白い粒が、遠く王城の尖塔の上に消えていく。
「理は、時に誰よりも無情だ」
その呟きだけが、部屋に残った。
封筒の上に落ちた光が、ゆっくりと傾いていった。
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
近衛の入隊式、“醜の御盾”って字面は渋いけど、要は泥水も飲めってことだよな。
五つの誓いを唱えた直後に、聞き慣れない肩書を拝命――“輔弼近衛”。
(剣でも盾でもない? 秤? 胃薬の配給から頼みたい)
次回の投稿は21:00の予定です。
今週は15:00と21:00の2回投稿する予定です。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【皆様へのお願い】
面白い/続きが気になると思っていただけたら、ブックマーク、☆☆☆☆☆、感想をいただけると大変励みになります。
皆さまの声援だけが心の支えです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★




