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第75話 輔弼近衛は渇きを量る(王子視点) ~勝利の汚名~

殿下に「勝ち方」を説明しようとして、まず自分の中で「負けたくない理由」から整理し直している。

……うん、負けたら首が飛ぶからだね。

灯心の低く唸る油皿を見ていると、いつも副官ダリオの顔が浮かぶ。騎士学校からの友で、戦場では俺の右腕だった。寡黙に段取りを整え、言葉は短く、仕事は確か――そういう男だ。

そのダリオを、撤退戦で失った。怒りの矛先が敵に向くのは避けようもない。(打って出て、叩き返す――それだけだ)


砦の外は雪の平地だ。遮るものはなく、外柵は一重。輪のどこを突いても、横から圧し掛かる余地が敵にある――それが平地の包囲である。卓上の地図に打った釘の頭だけが白み、俺は正面の一点に視線を落とした。


「夜明け、門前正面に三十を出す。一点で輪を裂き、穴を開ける」


砦長は言いかけて一度止め、声を落として続けた。

「……僭越ながら、殿下の御発想を活かすには、兵の数が足りません」

「敵を撃たぬと申すか」

「兵は藩屏の棟木にて。一本折れれば、屋根が沈みます。今は折らず、使いどころをお選びくださいますよう……何卒」


俺は卓の縁を指で二度叩いた。

「要点だけを言え。出るのか、出ないのか」

脳裏にダリオの顔が浮かんでは消える。

「既に隣の砦と王都には伝令を送っております。やがて援軍も来るかと……」


砦長は一拍置き、言葉の選びをさらに柔らげた。

「殿下の御剣は“決着”に温存を。――今は“出ない”が勝ちにございます。

ご下命いただければ、「門前を応急の守りに整えます。荷車と防杭でV字の殺到路を仮設し、左右の胸壁から十字で落とす。出撃は“刈り取りの合図”にとどめ、御身はお出まし無用とさせてください」


沈黙が一度、部屋の空気を冷やした。



そのとき、扉が二度、乾いて鳴った。

「失礼します。アレン・アルフォード、入ります」


返答を待たずに入る歩調は、非常時の礼をわきまえた速さだった。顎で促すと、彼は余計な前置きを削って結論から置く。

「糧食を確認しました。援軍は十日と見込んでおります。残りは五日分。したがって、十日に合わせて配りを細くする案を具申いたします」


砦長が腕を組む。

「聞こう」


「兵は六十名。二十ずつ三班に分け、警備・休憩・睡眠を三刻(約六時間)輪番。睡眠班は完全休止、休憩班は運搬/炊き場/雪融かしを兼務します」

「ふむ」

「食は燕麦の薄粥。一人一日=一椀(半椀×二)。作業直後と交代直後のみ追い椀四分の一。量ではなく温度で脚を動かす」

「水は?」

1.「水こそ優先です。空腹は鈍らせるにすぎませんが、渇きは脚を止めます。

配水表を掲示し、要点は三つ――『記して』『削って』『守る』」


秩序で焦りを飼い慣らす段取りである。判断の余白を削って迷いを潰し、速度を生む線が見えた。砦長の口角がわずかに上がる。

「よくそこまで考えが回る」

「――領軍の魔物狩りに駆り出された折の経験でございます」


砦長が俺を見た。俺は頷いた。

「三班輪番と配給、今の案で布告する。砦長、要領をまとめ、全持ち場へ即時伝達だ」

「承知。輔弼殿、兵への伝達と運営を頼む」


「恐れながら、私は客将に過ぎません。兵に命を下す立場ではありません」

「名目は私が出す。命令系統は崩さない。現場の声は貴様が出せ」

俺が命令を下した。


命を出し切ると、部屋の空気が動いた。砦長は伝達の順を即座に並べ、門前の待ち針――荷車と防杭の配置、滑り止めの砂、担架の位置、角笛の合図――を頭の中で一筆書きにする。アレンは必要資材と人の手を視線だけで拾い上げ、三班の回し順と配水表の掲示場所まで決めていた。

東門の馬には飼葉を回し、蹄鉄を改めさせる。砂と灰は門前に積み、煙壺は物見櫓の足元で合図一つに焚けるよう括らせておく。号令は角笛二短に統一だ。――それで十分だ、いまは影でよい。



筆を動かすアレンに俺は言った。

「アレンよ。副官は俺を逃がすために死んだ」

「兵の誉れです」

「お前は死は誉れではないと言ったではないか?」


アレンは俺に顔を向けて言った。

「殿下、命には使い所がございます。使い所が正しければ誉れになりましょう」

「では、俺はここで敵と相打てば誉れとなるか?」


アレンは俺の目をもう一度見つめて言った。

「殿下は、この戦の『勝ち』とはなんだとお考えになられますか?」


突然変なことをいう奴だと俺は思った。

「もちろん、敵を打ちのめすか敗退させることだろう」

「いいえ、違います」

「それでは援軍が来るまで持ちこたえることか」

「援軍が来ればそれに越したことはございませんが、来ない場合には……」

「俺たちの負けか」

「勝つ方法がございます」


周囲を敵に囲まれたこの状況で勝つ方法など俺には思いつかなかった。

「ここから勝てると言うのか」

「はい、我々の勝ちとは殿下を生きて王都に届けることにございます」

「それができぬから苦労しているのではないか」


俺は思わず激昂した。


「十日でございます」

「食料か」

こいつと話していると本当に調子が狂う。


「十日経って援軍がこなければ、我ら全員東門より打って出ます」

「死に花を咲かすと申すか、秤としては軽率な発言だな」

「いえ、十日の黎明時に我ら六十余人が殿下を囲み、一団となって東門より打って出ます。殿下はそのまま街道を馬で駆けて王都へお向かいください」

「俺にまた逃げろと申すか」

「はい、たとえ我ら六十余人ことごとく命を散らそうとも、殿下さえ生きて王都に戻ることができましたら、この戦は勝ちにございます」


「臣の屍を踏みつけて逃げ帰ったとあっては、卑怯者の汚名を着せられるわ!」

俺は激昂してアレンを怒鳴りつけた。


「殿下」

アレンが居住まいを正して俺に正対した。

「私は、ダリオ様より『殿下を頼む』と託されました。ゆえに殿下を王都に生きてお帰しすることこそ使命と心得ます」

「貴様!」

「我らはここで死んで殉職者の誉れを得ましょう。殿下は生き延びて『卑怯者』の誉れを得て下さい」



「はっ」

砦長が背をそらして笑い、手のひらで卓を軽く打つ。

「いや、殿下も良き臣を持たれた」

「こいつは俺の部下ではない」

「おや、そうでしたか。それよりも殿下を守って死に花を咲かせることができるとは、このガレス・ハルト、よき死に場所を得ました」

「貴様も俺に逃げよと申すか」

「はい、見事にお逃げなさいませ。我ら兵一同必ずや殿下を守って最後の一兵に至るまで見事討ち死にしてみせましょうぞ」


こいつも「死に狂い」か……


「……十日後までに援軍が来なかった時の話ですからね」

アレンが小さな声で呟いた。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

砦長視点で見ると、俺と殿下のやりとりはだいぶ胃に悪かっただろうな、と今さら反省してます。

次回はその砦長が、「勝ち」と「汚い仕事」の折り合いをどうつけるかの話です。

格好いい台詞の裏で、誰がどの重さを持っていくのかが、静かに決まっていきます。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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