第74話 輔弼近衛は渇きを量る ~十日の設計図~
粥と水の残りを数えていると、戦場にいるはずなのに家計簿と睨めっこしている気分になってくる。
……冒険者やっていた時と変わらなくね?
砦に逃げ延びて三日目の朝。
俺は倉庫番に頼み、食料庫を開けてもらった。
(……マジか)
鼻先に乾いた穀の匂いが刺さる。棚に残っていたのは燕麦の大袋二つ(各・約三十斤)と、干し肉がひとかたまりだけ。
縄の口金具が寒さで小さく鳴った。
(六十人、三食回しで五日。配りを細くしなければ持たない)
「ちょうど交代直前で、次の隊が食料を持ってくる予定だったんです」
倉庫番が申し訳なさそうに言う。
「責めてません。タイミングの問題です」
短く返し、踵を返す。
(まず殿下だ。悪い報告ほど早く)
砦長室の扉を叩き、入る。
「失礼します。アレン・アルフォード、入ります」
返答を待つ暇はない。非常時だ、許せ(……ノック二回で勘弁)
制帽を脱いで一礼。卓の向こうで、殿下と砦長が地図に打った陣釘を押さえていた。
砦長が凍りついた鬚を払ってこちらを見る。
「手短に」
「はい。――糧食を確認しました。このままでは問題が出ます」
「足らんのか」殿下。
「援軍は十日と見込んでおります。残りは五日分。つきましては、配りを細くする案を具申いたします」
(……どんな形でも十日は保たせる)
「聞こう」
砦長が腕を組む。油皿が小さく鳴った。
「兵は六十名。およそ二十名ずつ三班に分け、警備・休憩・睡眠を輪番で三刻(約六時間)ずつ。
睡眠班は完全オフ、休憩班は運搬/炊き場/雪融かしを兼務します」
(六時間なら眠りが“眠り”になる。二時間刻みは兵を壊す)
殿下が顎で続きを促す。
「食は在庫に合わせて燕麦の薄粥。一人一日=一椀(半椀×二)を基準に。
作業直後と交代直後のみ“追い椀”として四分の一椀を追加します」
(食は“温度で動かす”。薄くても熱いほうが脚が出る)
砦長が顎を上げた。
「水は?」
「水こそ優先です。空腹は鈍るだけですが、渇きは脚を止めます」
砦長は氷を解くように首を振った。
「井戸がある。なぜ抑える?」
「食料が尽きても水さえあれば二日は持ちます。生命線です。濁れば戦えません」
(山岳演習——水袋一つで歩いたあの喉の裂ける感覚、忘れられない)
だから、食は“温度で動かす”。水は“夜に戻す”。
「具体的には?」殿下。
「配水表を掲示して監視します。縦軸は日(朝・昼・夕)、横軸は名簿。
要は三つ――記す/削る/守るです。
記すのは班長。給食・配水を各班長が記録し、相互確認。
削る順は昼→朝→夕。夕の一杯は最低保証、交代回復の担保とします。
守るのは井戸。堰を立てて汚水を切り、井戸番を常置。無断飲用を禁ず」
「他は?」
「回転の要点を三つ。
一、警備班――半刻ごとの互点検で〈通路標示/在庫盤/足場〉を次班へ。
二、休憩班――動線固定〈湯→運搬→便所灰→炊き場補助→井戸番〉で迷いを潰す。
三、睡眠班――完全休止。呼び出しは角笛二短のみ、例外なし。
保険として炊き場三か所のうち一か所は“灰床だけ温存”。
また〈標示/在庫盤/足場〉は休憩班が互点検。
便所は風下角統一、灰厚め、踏み板は干しかえ続行。」
砦長が鼻で笑い、わずかに口角を上げた。
「よくそこまで考えが回る」
「――領軍の魔物狩りに駆り出された折の経験でございます」
(あの雑役地獄が、ここで役に立つとは。皮肉なもんだ)
殿下が小さくうなずいた。
「三班輪番と配給、今の案で布告する。砦長、要領をまとめろ。全持ち場へ即時伝達だ」
砦長も言った。
「承知。輔弼殿、兵への伝達と運営を頼む」
(……いや、何言ってる、この人)
「恐れながら、私は客将に過ぎません。兵に命を下す立場ではありません」
当たり前のこととして反論する。
「輔弼殿。いや、アレンを知らん者はこの砦にはおらん。近衛にしてはよく働くと評判だ」
砦長は笑い、軽く頬を緩めた。
(……騎士学校を思い出すなぁ)
砦の夜は、三度明けた。
雪は止まず、油皿の芯は短くなった。——そして、四日目の朝が始まる。
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
食料と水を割り振るだけで精一杯なところに、「勝ちとは何か」という哲学問題が飛んできます。
次回は殿下視点で、その問いに正面から答えようとして、いろんなものが軋む様子を見てもらいます。
勝利と汚名をどこで線引きするか、雪の中で妙に現実的な話になります。
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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