第68話 王都は報を受ける① ~開路の夜~
王都でえらい人たちが、俺の一行メモを囲んで真顔で相談していると思うと、紙に謝りたくなる。
石畳を冬の風が撫で、塔の灯が揺れ、雪が乾いた音で擦った。
王都は、まだ眠っていない。
三の刻を少し過ぎたころ、王政庁の門で槍の石突が二度鳴り、荒い息を裂く声が響いた。
「北境・霜丘楔砦より――輔弼近衛アレン・アルフォード殿の報!」
革筒を抱えた若い伝令は、門をくぐるなり膝をつく。凍てた息が白く散り、手袋の縫い目に朱が滲む。門番は筒を抜き取り、哨兵が階段を駆け上がった。
最上階の執務室には、まだ灯があった。
軍務卿ラグナ・ハルメリアは外套を脱がぬまま、図上の駒を動かしていた。扉が叩かれ、伝が手渡される。蝋が小さく割れて弾け、一枚の紙が卓に滑る。
『王子殿下、ご健在。霜丘楔砦に退進す。
輔弼近衛アレン・アルフォード(花印)』
短い。だが要は尽くされている。ラグナの瞳にまず安堵が灯り、すぐに冷徹な計算が戻る。
「……退進、か。崩走ではないな」
椅子が軋み、立ち上がるより先に言葉が走った。
「第一軍、騎兵三隊先行。南東街道は全開放、関所の封印は破棄。弓兵は第二梯次、補給は後続。工兵一中隊、投射機に添えよ」
「はっ!」
「伝令二騎を王宮、三騎を南門へ。鐘は一打、のち三――合図は“開路”。走れ」
命令は梁を伝い、戸ごとに増幅した。松明が揺れ、蹄の支度が重なって地を鳴らす。廊の石は冷え、吐息だけが白く増えていく。ラグナは紙を見下ろし、顎に指を添える。
(“前へ”の御方――殿下が退進、か)
眉間に皺を寄せ、伝令の青年に目をやる。息はまだ荒い。ラグナは黙って水を示し、外套を羽織り直した。
「宰相の所へ行く。――副官、出立を見届けろ。三刻のうちに南門を空けろ」
革靴が石を叩き、冷たい拍を刻む。
◇
宰相アルフレッド・ヴァルディスの執務室には、蝋の匂いが漂っていた。
判を押す音が一定の間で続き、窓に雪が触れては溶ける。
扉が二度叩かれ、軍務卿が入る。
「急報にて――殿下ご無事、霜丘楔砦に退進」
紙を受け取った宰相は、一読して目を細めた。唇に言葉をため、花印の上で指を止める。
「……アレン」
「はい。彼の名で出ています」
焚火が小さく爆ぜる。
アルフレッドは紙を卓に置き、低く言った。
「レオン殿下が退くのは、剣が鈍ったからではない。理が働いたからだ。――誰の理かは明白だ」
「同感です」
「援軍は?」
「すでに第一軍を発しております。街道は開きます」
「よろしい。では王宮へ。陛下と王妃に直に報ずる」
宰相は筆を置き、印筒を袖に滑らせる。
無駄のない動きで立ち上がり、二人は寒気の走る回廊を並んで進んだ。
◇
王宮の私室は、夜の灯が静かに保たれていた。
王は上衣の紐を結び直し、王妃オーレリアは薄布の端を指にかけている。侍従が湯を入れ替え、火に薪を足す。宰相と軍務卿が深く頭を垂れた。
「ご下問にお応えいたします。――殿下、ご健在。霜丘楔砦に退進。輔弼近衛アレン・アルフォード名にて」
王の肩がわずかに落ち、息が零れる。
「……生きておるか。それでよい」
王妃の眼差しは、報を聞くより先に行間へ伸びていた。指先が布をわずかに握る。
「退進なさったのですね。霜丘へ」
「はい。一行のみにございます」
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
次回も王都視点で、「あの出来事」を公式な一文に落とし込む会議が続きます。
どうやら俺の名前入りの紙切れ一枚で、王と王妃と宰相が真面目に頭を抱えてくれているようで。
退いたのか、手を打ったのか――その言い方ひとつで、後々まで面倒が増えるんですよね、本当に。
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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