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第6話 辺境三男は逃げを覚える(母ミレイユ視点)② ~逃げない決意~

母ミレイユ編2です。

「普通に過ごしたいのに、事件に巻き込まれるのは定番になった。どうしてみんなは普通に過ごせるんだろう。」




夜。屋敷に戻ると、ガルドは疲れた顔で椅子に腰を下ろした。


「情けない話だ。領主の子が真っ先に逃げ出すなんてな……」

「情けないことなんかないわ」


私は湯で湿らせた布で夫の腕を拭いながら言った。


「逃げて帰ってきた。それだけで十分よ」

「お前は、甘い」

「ええ、甘いわよ。でも、甘くなきゃ、母親なんて続かないわ」


ガルドは苦笑し、肩をすくめた。


「……お前に似たんだな」

「なにが?」

「足の速さが」


私は吹き出して笑った。


――この土地では、逃げることが恥じゃない。

逃げて、生き延びる。それが、一番の力だ。



十歳の誕生日、ガルドはアレンに剣を渡した。

嬉しそうにそれを抱え込む息子を見ながら、私は思った。


あの子はようやく、“逃げる足”で“前へ進む”ことを覚えたのだ。

それから、兄たち――ロイとデリクが稽古をつけるようになった。

アレンは転んでも泣かない。泥まみれのまま、何度も立ち上がる。

“逃げてばかりじゃ終われない”という顔をしていた。



数年が過ぎた。


アレンはいつの間にか、村の冒険者ギルドの手伝いをするようになっていた。

薬草採取の報告書を書いたり、素材を運んだり、時には隣村まで商人の護衛までしているらしい。

帰ってくるたびに、服のほころびが増えていった。


「お前は、冒険者にでもなるつもりか」


ガルドが言うと、あの子は静かに微笑んだ。


「お前もアルフォード家の一員だ。冒険者よりも、騎士のほうが相応しいんじゃないか?」

「……騎士学校ですか?」

「ああ。王都にある。うちみたいな子爵家じゃ入れないが、特別推薦というのがあるらしい」


アレンは黙って考え込んでいた。


それから数ヶ月後――アレンは大きな麻袋を抱えて、私たちに差し出した。

袋の中から、紫に輝く魔石がいくつも顔を出す。


「山の向こうの洞窟で見つけました。……群れの巣でしたけど」


私もガルドも、息を呑んだ。


「どうやって、そんな場所で生きて帰ったんだ」


アレンは、少し考えてから答えた。


「最初はホーンラビットの群れだけだと思ったんです。でも奥に、リザードウルフがいました」

「すぐに逃げました。けど、崖の上から見ていたら、ホーンラビットの群れが騒いで……リザードウルフを囲んでたんです」

「多分、巣を荒らされた腹いせだったんだと思います。だから、崖の上から岩を落としました」

「雪と一緒に崩れて、群れごと押し流されたんです。……怖かったけど、魔物がいなくなったあとで、洞窟の入口に転がってた石を拾い集めました」


その笑顔に、私は胸が詰まった。


逃げて、見て、考えて――そして、生きて掴んだ成果。

あの子にとって、“逃げる”は臆病じゃなく、生き抜く知恵なのだ。



やがて、その魔石は寄り親の侯爵家へ献上された。

ガルドは渋い顔で封書を受け取る。


「推薦状だ。王都の騎士学校へ、だとさ」


私はその手紙を広げ、震える指で文字をなぞった。

“アルフォード家三男、アレン――その才を認む”



夜。戸口の外で、アレンと並んで星を見上げていた。

息が白く、遠くで犬の声が聞こえる。

しばらくの沈黙のあと、あの子がぽつりと口を開いた。


「母上」

「なあに?」

「もし、また魔物に会ったら……逃げてもいいですか?」

「逃げなさい。勝てないと思ったら、逃げて、生きて、帰ってきなさい。

……それが、アルフォード家の“生き方”よ」


少し間をおいて、私は静かに続けた。


「――ただし、その背中に護るべきものがあるなら、逃げずに戦いなさい。

そのときは、足じゃなく、心で立ちなさい」



アレンは微笑んだ。


その背に吹く風は、冷たく澄んで――春の匂いがした。


――“逃げ足”は恥ではない。

あの子の足は、この家が生き延びてきた証そのものなのだ。



歴史のラウレンス先生、言葉が刃物で理が秤。俺の沈黙まで採点対象っぽい。

「均衡を思い出すために歴史は残る」って、あの板書は多分一生モノ。

(黙って頷いたの、見られてた気がする)


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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