第56話 秤は戦を量る ~針の理~
「量るだけです」と格好つけた三秒後くらいに、親征同行のコースが確定して頭を抱えている。
……そんな流れでしたっけ?
翌朝、王城の鐘が三つ鳴ったとき、侍従が俺の部屋の扉を叩いた。
「“輔弼近衛”殿。陛下より御前会議への召喚でございます」
朝からの御前会議。
女官長の「腹七分の教え」はこのためだったらしい。
王政庁の円卓室。
王と王妃、宰相アルフレッド殿、軍務卿ラグナ卿、第一王子レオン殿下――。
昨夜の仕合の火花が、まだ壁のどこかに貼りついている気がした。
(……相変わらず俺だけ浮いてるんだけど)
「来たか、アルフォード」
「はっ。陛下の御前に」
いつもの通り膝下の礼をとる。
「席につくがよい」
(……このメンバーと一緒の席につけとおっしゃいますか?)
侍従が席を引いてくれたので、渋々腰を下ろす。
陛下が話を切り出した。
「北境にて、ヴァルスト帝国との間に小競り合いが起きておる」
(……あれ、俺ここで何をさせられるんですか?)
「今年は向こうの布陣がやや厚い。雪解けを待たず兵糧を運び込んでおるという」
宰相が書簡をめくり、軍務卿が腕を組む。
王は王子を見据えた。
「レオン。そなたの意見は」
殿下が姿勢を正す。
昨日の刃とは違う、曇りをひとつ含んだ顔。
「……この戦、私と親衛隊が参じるべきと考えます」
「殿下がご尊顔をお見せになるだけで兵の士気はあがりますな」
軍務卿が力強く頷く。
「押され気味と報告がきております。殿下の御臨陣こそ兵の心柱となりましょう」
円卓の空気が“賛成”に緩やかに傾く。
(……宰相閣下は止めて欲しがっていたんだけど)
王の視線が俺に向いた。
「アルフォード。“秤”としての見立てを」
「よきご判断かと……」
するとレオン殿下が、俺に怒鳴った。
「貴様、昨日“戦場に出るな”と言わんばかりの口をしていたではないか」
(……いや、昨日のは“剣の意味を考えろ”って話で、“出るな”とは一言も言ってませんって)
「誤解なきよう、殿下。私は“王族の剣を止める”とは申しておりません」
言葉を選んで言う。
「私が申し上げたのは、“王族の剣は抜く時とその意味を量らねばならぬ”という一点のみ。王族が戦場に立つこと自体の否定ではございません」
(……これ以上怒らせたくないしなあ)
王妃の睫毛が小さく震え、宰相が眼鏡を押し上げる。
殿下は視線を外さない。
「つまり、行くべき時なら行けと」
「……我が役目は量ることのみ。ご判断は高き方々がなされるべきかと」
(……よし、これで責任は俺じゃない)
宰相閣下が、静かな声で言った。
「しかしアルフォード殿、前線は押されていると報告されておる。殿下の御臨陣は危険――」
「危険は否めません」
「ならば……」
「ゆえに量ります。効果と危険を……軍務卿閣下、前線は崩壊しているのでしょうか?」
「いや、それほどではない。押されているという程度と聞いている」
「ならば、押し返さねばなりませんね。そのためにはレオン殿下のご出征は価値があるかと」
宰相閣下は俺を見つめたまま低く言った。
「それでも、危険なのは変わらん」
「前線から一段下げた位置に後方本陣を構え、全軍の視線が集まる“旗”としてお立ちになるのがよいと考えます。兵は前へ進む力を得、敵は王家の旗に足を鈍らせる。殿下が刃を交えずとも、“剣”の威は戦場に届きます」
(……要するに“王族効果”なんだけど。安全性と効果の両立――言うは易く、でも言わなきゃ誰も両立しようとしない)
軍務卿が言った。
「なるほど、それならさほど危険はあるまい。前線が崩壊した時にはレオン殿下には退却いただければよい」
宰相閣下が低い声で言った。
「それが秤の裁定だと」
(……ここで俺の責任にされるの、ほんと勘弁してほしい)
俺は努めて冷静に答えた。
「……量るのみにございます……」
宰相が頷き、軍務卿は腕を組み直す。
王は最も重い視線を、息子へ戻した。
「――レオンよ。秤の針をどう見る」
殿下は唇を結び、数呼吸の沈黙。
昨日までなら即答で「前線に立つ」と言っただろう。
今、その瞳に宿る微かな光は――量ろうとする光だ。
(その光、消えないでほしい。目に悪い光も世に多いが、これは視力じゃなく“視座”をよくする)
「……わかった。前線には立たぬ。我が陣を後方に置き、兵の顔を見、旗と声で支えよう」
簡潔。だが明瞭。
「兵たちと話す場を設けてくれ。糧秣、寒さ、具足の不備――現場の声を聞きたい」
(……よかった。これで前線に行くって言われたら、宰相閣下に怒られる)
「承知いたしました」
軍務卿が即答する。
「補給路の再編、衛生隊の増派を直ちに」
宰相が立ち上がり、段取りを畳む。
「三日後に出る。殿下は前線一歩後ろ――旗の場所に立つ」
陛下が一同を見渡し、静かに告げた。
よかった、なんとか乗り切れたと思った矢先――
殿下が思いもかけない言葉を口にした。
「わかったな、アレン」
「決めるのはお方々のお役目だと存じております」
「いや、お前も随行するのだ」
(……いやいやいや、俺、関係ないですよね?)
陛下も当然というように頷く。
「うむ、戦場でのレオンの振る舞い。秤として量らねばなるまい」
……はい、これが“秤の宿命”ってやつです。
◇
その日のうちに歯車は回り出した。
王妃の侍女隊が寒地装束を蔵から引きずり出し、宰相府が山間の町へ徴発令を飛ばす。
軍務省では護衛名簿の石板が音を立てて差し替わる。
俺は今日の記録を書いていた。
(こういう地味な作業が馘首を遠ざけるんだよなあ)
できるだけ責任を、殿下に押し付ける感じで書いておこう。
(……いや、でもあの人、本当に変わったな)
(“旗”の意味を、自分の中で量ろうとしてるんだな)
ペン先が止まった。
その一瞬の静けさの中で、昨夜の仕合の砂の音が、ふと耳に蘇った。
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
勢いで「量るだけです」とか言った結果、親征に同行コースが確定しました。
次回は殿下側から、「旗として立つ」覚悟をじっくり覗いてもらう回になります。
こっちは秤の顔で平静を装いながら、内心ずっとガクブルです。
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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