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第53話 王家の剣 ~砂、投げちゃいました~

ラースさん、「砂投げ近衛」て呼ぶのやめてください。

……やらかした。

いや、今回はマジでやらかした。過去最高にやらかした。


分かってたんだよ、頭では。

王太子殿下との仕合。勝敗なんかより、「礼を守れ」「立ち姿を崩すな」「すべては美しく」――

騎士教本にも散々書いてあった。


けど俺は、膝をついて礼をしたとき、そっと砂をポケットに忍ばせてた。

無意識に。……いや、たぶん“癖”だ。


辺境で冒険者やってた頃からの、生きるための習慣。

逃げるとき、ほんの一瞬でも相手の目を眩ませれば――それが生死の分かれ目になる。


礼の姿勢で砂の感触を確かめた瞬間、指先が少しだけ落ち着いた。

あの時すでに、俺は“逃げる準備”じゃなく、“護る準備”をしていたのかもしれない。



殿下の剣筋は、美しかった。

教本の挿絵みたいな構えで、一歩の重さまで完璧。


……でも、読めた。

間合いも、呼吸も、踏み込みも、全部見えていた。

型は完璧でも、生きた剣じゃなかった。

俺の剣は捌けていた。届かないけど、負けてはいなかった。


なのに――あの人は言った。

「汚い剣だな」


……頭の中で、何かが音を立てて切れた。

(そっちが綺麗すぎるだけだろ……)


喉まで出かかった言葉を、呑み込んだ。

“王家の剣”に言い返すなんて、身の破滅だと分かっていたから。


腹の奥が、静かに煮えた。

その熱を、息と一緒に押し殺す。

俺は一度、礼を正した。


「――では、“護衛の剣”をお見せします」


殿下の眉が動く。

その一瞬を見逃さず、俺は左手で砂を握り込んだ。


呼吸を合わせ、風向きを読む。

重心をずらす。

目の前の“威の剣”を止めるには、もうこれしかなかった。


砂が飛んだ。殿下の顔に、まっすぐ。


……うん、見事に命中した。

観覧席がざわつく。殿下がまばたきする。俺、棒立ち。


(やばい。これ、勝負より命のほうが危ないやつだ)


……時間、止まったよね、あれ。

そして今も、俺の中で時が止まってる。

いや、止まっててほしい。現実が怖い。



「おーい、“砂投げ近衛”、生きてるか?」


声の方を振り向いたら、ラースさんがいた。

腕を組んで笑ってる。いや、笑ってるっていうか、人の不幸で酒が進みそうな顔だ。


「やめてくださいよ、そのあだ名!」

「だって事実だろ?」

「王太子殿下に砂投げたんですよ!? 死刑案件ですよ!?」

「でも生きてんだろ? つまり、あの人が人間できてるってことだ」

「それ、俺の首が繋がってるのを“寛大な心”で説明するのやめてもらえます?」


ラースさんは肩をすくめて、訓練場の木柵にもたれた。

夕方の光が斜めに差して、地面の砂が金色にきらめいている。

……いや、もう砂の話はやめたい。


「しかしよ、まさか砂とはな。お前、策士か野生児か分からんわ」

「どっちもですよ。……負けたくなかったんです」

「は?」

「殿下に“汚い剣”って言われた時、頭ん中が真っ白になって。

 でも、剣を握り直した時、やっと分かったんです。

 俺の剣は“倒すため”じゃなく、“護るため”の剣なんだって」

「……ふうん。なら、もう立派な護衛だ」

「良いこと言ってフォローしたと思ったんですけどね」

「おう、悪くねぇよ。ただ、相手が王族だったってだけだ」

「 “だけ”で済まされる相手じゃないですよ!」


その一言で、胸の奥が少し痛んだ。

……痛いところを突かれた。


騎士、ねぇ。


辺境じゃ、命を護ることこそ“誉”だった。

でもこの城じゃ、違うらしい。

礼を崩さないこと、負けても美しくあること――それが“誉”なんだとしたら、

俺は、たぶん最初から場違いなんだろうな。



「けどな、アレン」

「はい」

「お前の砂は、殿下の中の“何か”を止めたんだろうな」

「……やっぱり、そう見えました?」

「見えた。王家の剣が、一瞬、人の剣になった」


その言葉に、胸の奥がざらついた。

殿下の表情、ほんの一瞬だけ見えた。

怒りじゃなくて――“戸惑い”。

まるで、初めて痛みを知ったみたいな顔だった。


……痛み。

あの人も、きっと痛かったんだろう。

でも、それを感じたのは俺も同じだった。

砂を投げたのは俺のほうなのに――刺さったのは、なんでこっちなんだろうな。



「……ねぇ、ラースさん。俺、殿下の心、折っちゃいましたかね……」

「さぁな」

「さぁなって!」

「でも、折ったと思ったんなら、ちゃんと謝っとけ」

「やっぱりそれしかありませんよね……」

「“砂ぶつけてすみません”って素直に言え。武家も庶民も、結局それがいちばん早ぇ」

「今、自分で「良いこと言った」とか思ったでしょ」


ラースさんは肩をすくめて笑った。


「いいんだよ。お前はお前で、やることやった。殿下も何か受け取った。

……そういう時に、ちょっと揺れるもんが出てくる。世の中、そうできてんだ」

「揺れるもん?」

「“秤”だよ。王家には剣がある。だったら、釣り合いを取る秤も要る。

お前がその砂で、最初の針を動かしたんだろ」

「……砂にそんな深い意味があるんですか?」

「結果論だ。大抵の歴史は、アホの一手から動く」

「それ、もしかして俺のこと言ってます?」

「事実だろ」


ぐぅの音も出なかった。


俺はため息をついて、空を見上げた。

「……ラースさん」

「ん?」

「俺、明日、怒られますよね」

「十中八九な」

「はぁ……」

「でもまぁ、いいじゃねぇか。お前の一振り、五百年ぶりに王家の剣を止めたんだ。

 “砂投げ騎士”って、国史に残るぜ」

「その時は、『あれはラースさんの指示でした』って言いはります」

「おい、それはマジでやめろよ」


ラースさんが苦笑いしながら、ゆっくりと去っていく。


残された俺は、ひとりで砂を見つめた。

勝ったわけでも負けたわけでもない。

でも――何かが動いたのは確かだ。


砂のひとつひとつが、秤の上に落ちていくように思えた。

その針がどっちに傾くのかは、きっと明日にならなきゃ分からない。


……やらかした。

でも、たぶん、悪いだけのやらかしじゃない。

そう信じたい。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

「本当にあれで良かったのか問題」が、じわじわ胸に刺さってきました。

次回は、王太子殿下と周りの大人たちが「王家の剣って何だ」を真顔で論じます。

現場で砂を握った男としては、真面目に検討されるほど穴を掘って埋まりたくなります。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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