第53話 王家の剣 ~砂、投げちゃいました~
ラースさん、「砂投げ近衛」て呼ぶのやめてください。
……やらかした。
いや、今回はマジでやらかした。過去最高にやらかした。
分かってたんだよ、頭では。
王太子殿下との仕合。勝敗なんかより、「礼を守れ」「立ち姿を崩すな」「すべては美しく」――
騎士教本にも散々書いてあった。
けど俺は、膝をついて礼をしたとき、そっと砂をポケットに忍ばせてた。
無意識に。……いや、たぶん“癖”だ。
辺境で冒険者やってた頃からの、生きるための習慣。
逃げるとき、ほんの一瞬でも相手の目を眩ませれば――それが生死の分かれ目になる。
礼の姿勢で砂の感触を確かめた瞬間、指先が少しだけ落ち着いた。
あの時すでに、俺は“逃げる準備”じゃなく、“護る準備”をしていたのかもしれない。
◇
殿下の剣筋は、美しかった。
教本の挿絵みたいな構えで、一歩の重さまで完璧。
……でも、読めた。
間合いも、呼吸も、踏み込みも、全部見えていた。
型は完璧でも、生きた剣じゃなかった。
俺の剣は捌けていた。届かないけど、負けてはいなかった。
なのに――あの人は言った。
「汚い剣だな」
……頭の中で、何かが音を立てて切れた。
(そっちが綺麗すぎるだけだろ……)
喉まで出かかった言葉を、呑み込んだ。
“王家の剣”に言い返すなんて、身の破滅だと分かっていたから。
腹の奥が、静かに煮えた。
その熱を、息と一緒に押し殺す。
俺は一度、礼を正した。
「――では、“護衛の剣”をお見せします」
殿下の眉が動く。
その一瞬を見逃さず、俺は左手で砂を握り込んだ。
呼吸を合わせ、風向きを読む。
重心をずらす。
目の前の“威の剣”を止めるには、もうこれしかなかった。
砂が飛んだ。殿下の顔に、まっすぐ。
……うん、見事に命中した。
観覧席がざわつく。殿下がまばたきする。俺、棒立ち。
(やばい。これ、勝負より命のほうが危ないやつだ)
……時間、止まったよね、あれ。
そして今も、俺の中で時が止まってる。
いや、止まっててほしい。現実が怖い。
◇
「おーい、“砂投げ近衛”、生きてるか?」
声の方を振り向いたら、ラースさんがいた。
腕を組んで笑ってる。いや、笑ってるっていうか、人の不幸で酒が進みそうな顔だ。
「やめてくださいよ、そのあだ名!」
「だって事実だろ?」
「王太子殿下に砂投げたんですよ!? 死刑案件ですよ!?」
「でも生きてんだろ? つまり、あの人が人間できてるってことだ」
「それ、俺の首が繋がってるのを“寛大な心”で説明するのやめてもらえます?」
ラースさんは肩をすくめて、訓練場の木柵にもたれた。
夕方の光が斜めに差して、地面の砂が金色にきらめいている。
……いや、もう砂の話はやめたい。
「しかしよ、まさか砂とはな。お前、策士か野生児か分からんわ」
「どっちもですよ。……負けたくなかったんです」
「は?」
「殿下に“汚い剣”って言われた時、頭ん中が真っ白になって。
でも、剣を握り直した時、やっと分かったんです。
俺の剣は“倒すため”じゃなく、“護るため”の剣なんだって」
「……ふうん。なら、もう立派な護衛だ」
「良いこと言ってフォローしたと思ったんですけどね」
「おう、悪くねぇよ。ただ、相手が王族だったってだけだ」
「 “だけ”で済まされる相手じゃないですよ!」
その一言で、胸の奥が少し痛んだ。
……痛いところを突かれた。
騎士、ねぇ。
辺境じゃ、命を護ることこそ“誉”だった。
でもこの城じゃ、違うらしい。
礼を崩さないこと、負けても美しくあること――それが“誉”なんだとしたら、
俺は、たぶん最初から場違いなんだろうな。
◇
「けどな、アレン」
「はい」
「お前の砂は、殿下の中の“何か”を止めたんだろうな」
「……やっぱり、そう見えました?」
「見えた。王家の剣が、一瞬、人の剣になった」
その言葉に、胸の奥がざらついた。
殿下の表情、ほんの一瞬だけ見えた。
怒りじゃなくて――“戸惑い”。
まるで、初めて痛みを知ったみたいな顔だった。
……痛み。
あの人も、きっと痛かったんだろう。
でも、それを感じたのは俺も同じだった。
砂を投げたのは俺のほうなのに――刺さったのは、なんでこっちなんだろうな。
◇
「……ねぇ、ラースさん。俺、殿下の心、折っちゃいましたかね……」
「さぁな」
「さぁなって!」
「でも、折ったと思ったんなら、ちゃんと謝っとけ」
「やっぱりそれしかありませんよね……」
「“砂ぶつけてすみません”って素直に言え。武家も庶民も、結局それがいちばん早ぇ」
「今、自分で「良いこと言った」とか思ったでしょ」
ラースさんは肩をすくめて笑った。
「いいんだよ。お前はお前で、やることやった。殿下も何か受け取った。
……そういう時に、ちょっと揺れるもんが出てくる。世の中、そうできてんだ」
「揺れるもん?」
「“秤”だよ。王家には剣がある。だったら、釣り合いを取る秤も要る。
お前がその砂で、最初の針を動かしたんだろ」
「……砂にそんな深い意味があるんですか?」
「結果論だ。大抵の歴史は、アホの一手から動く」
「それ、もしかして俺のこと言ってます?」
「事実だろ」
ぐぅの音も出なかった。
俺はため息をついて、空を見上げた。
「……ラースさん」
「ん?」
「俺、明日、怒られますよね」
「十中八九な」
「はぁ……」
「でもまぁ、いいじゃねぇか。お前の一振り、五百年ぶりに王家の剣を止めたんだ。
“砂投げ騎士”って、国史に残るぜ」
「その時は、『あれはラースさんの指示でした』って言いはります」
「おい、それはマジでやめろよ」
ラースさんが苦笑いしながら、ゆっくりと去っていく。
残された俺は、ひとりで砂を見つめた。
勝ったわけでも負けたわけでもない。
でも――何かが動いたのは確かだ。
砂のひとつひとつが、秤の上に落ちていくように思えた。
その針がどっちに傾くのかは、きっと明日にならなきゃ分からない。
……やらかした。
でも、たぶん、悪いだけのやらかしじゃない。
そう信じたい。
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
「本当にあれで良かったのか問題」が、じわじわ胸に刺さってきました。
次回は、王太子殿下と周りの大人たちが「王家の剣って何だ」を真顔で論じます。
現場で砂を握った男としては、真面目に検討されるほど穴を掘って埋まりたくなります。
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★
【皆様へのお願い】
面白い/続きが気になると思っていただけたら、ブックマーク、☆☆☆☆☆、感想をいただけると大変励みになります。
皆さまの声援だけが心の支えです。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★




