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第52話 輔弼近衛は褒められない(王子視点) ~王族の誉れ~

なんで「褒められない話」をここまで丁寧に掘り返されてるのか、当の本人だけ事情がよくわかってないんだが。

礼。俺は深く、長く頭を垂れる。奴の礼もまた、わずかに長かった。言葉はいらない。礼の深さが、互いの剣を語っていた。

勝負は俺の負けだ。だが、剣は勝ち負けだけで測るものじゃない。――それは、己と相手の「在り方」を確かめる手段だ。


上段がわずかにざわめく。父上が立たれたのだ。――場が、ふたたび息を正す。


「アルフォード」

「はっ」

「そなたの剣、儂は嫌いではない」


「嫌いではない」――それは称賛ではなく、“認める”という意味だ。俺は一歩、前へ出た。怒りはもうない。ただ、自分の在り方を――確かめたくなった。


「アルフォード。護衛の剣――理解した。だが、俺は剣を捨てぬ」


俺が王族である限り、「剣を捨てる」という言葉は使えない。剣とは、この身が背負う責そのものだからだ。母上の扇がぴたりと閉じ、父上は肘掛けに指先を一度だけ触れる。宰相は目を伏せ、息をひとつ吐いた。

言葉なき静けさの中で、若者が口を開いた。


「恐れながら……」


「よい、申せ」


「……はい。護衛は背に高き御方々を背負っております。なれば、殿下の剣は、いったい何を背負っておられますか?」


「どういう意味だ」


王族は、言葉の奥を問わねばならない。奴はためらわず、言葉を選んで口にした。

「恐れながら、拙考いたしますに——殿下の背には、この国の民がございます。殿下の剣は敵を討つための剣ではなく、民を生かすための剣であらねばならぬと存じます」


俺たちは“王国”や“社稷”といった言葉で語りたがるが、その芯にあるのは、いつだって民だ。……わかっている、つもりでいた。戦場に立つことの意味は、俺にとって、己の矜持を示し、王国の旗を支えることだと信じてきた。


奴はさらに踏み込んできた。



「敵中にあっては――殿下には、逃げていただきたい」


「……俺に、逃げろと申すか」

思わず漏れた声には、怒りよりも驚きが混じっていた。


「はい。敢えて申し上げます。敵中にあっては、逃げていただきたいと」

「ふざけるな!」


言葉は刃となって飛び、胸の奥の熱が一瞬で爆ぜた

だが次の瞬間、己の声の大きさを恥じるほどに、奴の声は静かだった。


「敵に背を向けるは王族が恥。末代までの恥辱を残せと申すか!」

「王族は、誉れのために立たれるのではありません」


静かな否だった。だが、否と言い捨てるための言葉ではない。


「誉れは、剣の影にすぎません」

「背負うべきは“誉れ”ではなく、“民”であり“この国の未来”です」

「戦場に立つことそれ自体が、民の益となるか――その判じ物を量るのが“秤”の務めです」


一言ごとに、胸の奥で何かが軋んだ。これまで“常識”と思っていた形が、少しずつ違う輪郭を見せ始める。


    ◇


俺は、王族の剣とは“前へ出すもの”だと信じてきた。

敵を討ち、勝利を掴み、王家の旗を高く掲げる――その姿こそが人々に誇りと安堵をもたらすのだと。

だが、奴の言葉は違っていた。剣を前に出すことそのものを否定はしない。ただ、いつ、どこで、その刃を抜くのかを問えと言う。

民の目には、王族の剣が抜かれることで何が生まれるのか――勝利か、それとも滅びか。その秤が、はっきりと見えているのだと。


奴は静かに、『剣を捨てろとは申しません』と添えた。剣を振るう“場所”と“時”を違えるな、と。王族の剣は、勝利のためではなく“国を生かすため”にあるのだ、と。

その言葉が落ちたとき、場の静けさが途端に重くなるのを感じた。砂を撫でる冬の風の音さえ、遠くで止まって聞こえる。


    ◇


……息をひとつ整えた。言葉を誤れば、剣より深く刺さると思った。


「……それが、“秤”の裁定か」


 自分でもわかるほど、声にわずかな熱が残っていた。

 奴は一歩も退かず、ただ静かに答える。


「恐れながら、それが我が務めにございます」


 俺は言った。


「……お前は気に入らん」


それはただの癇癪ではなかった。王族の側に急に置かれ、俺の剣に砂を投げ、矜持に逆らって“逃げよ”と進言する奴を、はいそうですかと気に入れるほど、俺は甘くない。

だが、それは――続く言葉の前置きでなければならなかった。


「……だが、その言葉、覚えておこう」


俺は背を向け、仕合場を出た。冬冬の光は相変わらず冷たい。けれど、その冷たさの奥に、さっきより少し柔らかな温もりがあった。

背に感じる上段の気配も、怒りの熱ではなかった。秤のように静かで、ただまっすぐに俺を見ている。

母上は静かな眼差しで送り、宰相は膝の上で一度だけ指を鳴らした。


    ◇


歩くあいだ、俺は自分の中の“当然”をいくつか見つめ直した。

王族の剣は、王族の誉れを示すためにある――そう信じてきた。間違いじゃない。だが、それだけでもない。

誉れとは、民が王族に重ねる夢であり、王族が民に返す祈りなのだ。けれど、それは剣の目的じゃなく、結果にすぎない。

王族が本当に背負うべきものは、夢じゃない。飢えや寒さ、病や怯え、そして明日の糧――民の暮らしそのものだ。

剣は、それらに向き合う責任の形であり、抜きどころを誤れば、それらを壊す刃にもなる。


    ◇


……砂を投げられたあの瞬間、俺の怒りは、矜持を守るためというより、“見栄”のためだったのではないか。俺が守ろうとしたのは、剣の品位か、それとも見かけだけの虚飾か。問いは棘のように胸に残る。だが、その棘が残るなら、歩き方を変えられるかもしれない。


俺は、これからも父上の命で戦に出るだろう。だが、その“応じる”は、これまでより一拍、遅くあっていい。遅いというのは怯みではない。“秤”に通す、その一拍こそが理の証だ。

剣を抜くとき、その先にあるのが民の暮らしなのか、国の息遣いなのか――その重みを測り直す。


逃げることを恥と呼ぶのはたやすい。だが、“退く”という術もまた国を生かすための手段なら、俺はその恥を引き受ける覚悟を持たねばならない。

恥を引き受ける覚悟こそ、真の王族の誉れだ。


俺は、あの若者の名をもう一度胸の内で呼んだ。アレン・アルフォード。

……気に入らぬ。だが、名も、言も、理も――決して忘れぬ。いつか再び剣を交える時が来るなら、その時は今日より遅く、今日より正しく、今日より重く、俺の背にあるものを測ってから、立つ。


歩みを進める。扉の先にあるのは、政の場と民の暮らし、そして剣を抜くべき時と場所。

俺はそれらを、今日より遅く、今日より正しく、秤にかけて選ぶだろう。

『だが、その言葉、覚えておこう』――あの言葉は、若者に向けたものではなかった。未来の俺自身に向けた、忘れてはならない誓いだ。



お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

後から悔いると書いて「後悔」。

反省しています。でも無意識に領土でやっていた冒険者時代のくせが……

だからラースさん「砂投げ近衛」って呼ぶの止めてくれますか。



次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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