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第51話 輔弼近衛は試される(王妃視点) ~扇の内にある芯~

王子との三仕合。アレンは三つの形をみせる。

王妃の判断は?

演習場の砂は乾き、踏み跡が浅く残る。私の席からは、刃の高さと足の置き場がよく見える。


一人の若者が跪拝していた。名はアレン・アルフォード。辺境の三男、騎士学校の首席。「首席」は評価材料の一つに過ぎない。若い者なら、なおさら実地で確かめるべきだ。


宰相が周囲を一巡し、列席の視線がそろったのを確かめて、膝上の指を一度鳴らす――開始を妨げる理由はないという合図だ。私は扇を動かさず受ける。視線の端で、夫の眼差しが沈むのを認める。沈みは拒絶ではない。測ろうとする意志の重さだ。場は動き始めている。


レオンが進む。初太刀の高さ、打突後の戻し、間合いの保ち方に無駄がない。見せ場の大振りは捨て、制圧を先に置く。危険は半歩で外し、ただちに基点へ復す。賭けは選ばない。「再現できる勝ち方」――王家の理の剣である。


第一の仕合。

上段からの正統。若者は連打を受け流し続け、間合いを崩さぬまま、終いに切っ先の影を喉の手前に止めて優位を示した。刃は当てていない。打てば受け、受けては半歩で基点へ戻る――その律は終始揺るがない。

受けは教本どおりではなく、肩で軸をずらし、柄で押して角度を外す――稽古の形ではなく、実戦で鍛えた剣だ。

勝ち急がず、礼も保っている。私は黙って見続ける。


レオンが言う――汚い剣だ。肩で軸をずらし、柄で押す受けは教本の正道から外れる、と彼には見える。王家の前では定型で決めるべきだという、訓練どおりの基準確認であって挑発ではない。


私は口を挟まない。ここで応じれば席がざわつく。

綺麗な剣が常に正しい剣ではない。レオンはいつ、その差に気づくだろうか。


若者が口にした

――「では、僭越ながら、護衛の剣をお目にかけましょう」

言い回しは軽く聞こえたが、声は揺れず、語尾は収まる。視線は真っ直ぐ冷温を見つめている。虚勢ではないと判断する。


第二の仕合。

合図と同時に、若者は砂を握り、レオンの顔へ投げた。会場がわずかに息を呑む。これは「騎士の名誉」を捨て、勝ちだけに執着した振る舞い――そう見る者もいた。


だが若者は続けて言う。

「決闘なら、いくらでも正々堂々とやりましょう。それで私が死んでも騎士の誉です」

「私は護衛の剣をお見せすると申しました。護衛としての私の背中には“高き御方々”がいる。負けることは決して許されません」


言葉と行為の向きは一致している。名誉より責務を選ぶ一刀だ。

私は、護衛の剣の意を理解した。


レオンが返す――「今度は決闘の剣でこい」。

私は何も言わない。これは二人の問題だ。


第三の仕合。

若者は正面から守りを優先する型に切り替えた。切っ先は低く、利き手側の線を先に塞ぐ。握りをわずかに緩めて受けに遊びをつくり、足は半歩ずつ基点へ戻す。

攻め急がず、隙が出るまで待つ選び方だ。ここで無理に取りに行かぬ判断ができるなら、王家の近くでも場を壊さない。私は剣の力量も合格と見た。


剣の音は一定。打突のたび双方が基点へ戻り、間合いは崩れない。十五合、レオンの返しは鋭い。肩越しに角度を変え、一気に詰める正道の手。私は一瞬、息を止める。

若者は腰で力を外へ逃がし、柄で押して軸をずらし、切っ先を喉の手前に止めて優位を示した。接触はない。勝ち急がない。ここで初めて驚きを覚える。小細工ではない。正面の形どうしの打ち合いで、若者の地力が勝った。反応の速さ、足の戻し、判断の遅れのなさ――いずれも上回っている。


侍従の声が響き、勝者の名が告げられる。私は扇を静かに閉じた。公には適否の判定のみを記すが、内心では好ましいと見ている。勝ちの場面で刃を当てずに止められたこと、受けで無理をせず選び直せたこと、礼を崩さず退き方まで整っていたこと――いずれも王家の近くに立つ者に要る資質だ。昂りは少なく、言葉も席に向いていた。


称賛は控えた。周囲が先に走るのを避けたい。記録には観察を続ける旨と、型外の受けを常法にせぬよう留意を付す。


王子女の表情を順に確かめる。上の姫は口元を固く結び、視線を斜めに落とした。砂を投げたと受け取り、嫌悪を示している。教本から外れた手を嫌う気質もある。

下の王子は結果だけを追って目を輝かせ、身を乗り出しかけて止まる。私は短く視線を送り、侍女がうなずく。二人は姿勢を正し、場は静かに保たれた。


若者は礼を取り、下がる。勝者の昂りはない。退き方の角度、視線の収め方、歩幅――乱れはない。

王家の傍は地味でなければ務まらない。華やぎは外に置けばよい。内側に置くのは律だ。


席にとどまり、三つの仕合を心中でほどき直す。答えは揺れない――若者は王家の近くに置ける。

私は扇を静かに閉じ、今日の判断を内に収めた。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

殿下の「剣」と「誉れ」の話が、気づけばエラいことに。

次回は側近のお兄さん視点で、その迷いと段取りを全部まとめて背負ってもらいます。

表で秤の針が震えるたび、裏方の人たちの胃がどれだけ削れているか、少し思い出してあげてください。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【皆様へのお願い】


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