第50話 輔弼近衛は試される(王子視点) ~誉れを示す刃~
こいつの剣は王国の剣ではない。だが、俺は負けてしまった。
冬の光というものは、曖昧を赦さぬ。演武場に満ちる白は、砂の粒ひとつまで露わにし、踏みしだかれるたびにさら、と乾いた音を立てる。上段には父上と母上、そして宰相。下段には王子女が並び、家臣らに囲まれ、視線は自然と中央に集まる。
そこに、一人の若者が跪いていた。
儀礼の場に立つ時の緊張など、嗜みのうちに過ぎぬ。だが、胸を満たしているのはそれではない。
――“空席”が埋まる、その瞬間を見極めねばならぬという、静かな熱だ。
名ばかりのまま空席であった“輔弼近衛”——そこに座るのが、辺境貴族の三男とはな。見るべきものがあるとすれば、騎士学校首席という一点だけだろう。だが、それだけで王族の傍らに立つ資格があるのか……それは、この手で確かめずにはいられなかった。
若者と目が合う。わずかな沈黙が落ち、演武場の空気がぴたりと張り詰めた。
言葉は刃である。だが、王族の刃は無益に人を傷つけるためには振るわない。質すべきことを質すためにこそ、研ぎ澄まされるものだ。
「貴様が“輔弼近衛”とやらか。騎士学校首席と聞くが、その細い体で首席とは、騎士学校も堕したか?」
若者は名乗った。
「アレン・アルフォードでございます」
跪拝の姿勢も、声の高さも、言の抑揚も乱れはない。礼はほどけず、剣の匂いがする。細身ではあるが、見た目だけで測るほど俺は浅くない。だからこそ――さらに質す。
「“輔弼近衛”は護衛も任と聞く。ならば言え。我より弱くて、何を護る」
挑発と取られようが構わぬ。あえて直截に突きつける。王族の前で言葉を飾っても、真は測れぬ。ゆえにこそ、剣で示す機を与える――それが臣下への礼だ。
◇
若者――アレンは木剣を受け取り、軽く握り直す。その所作に濁りはない。
侍従の声が響く。
「御前試合――始め」
俺は最短で踏み込む。王国剣法の上段から、正統の打ち下ろし。
それは、俺たち王家が代々受け継いできた“正しさの軸”そのものだ。受け流された。半歩、半身――刃筋は崩れず、払われてもなお軸は揺るがない。
剣は理である。正しさを重ねれば、相手の受けにもまた正しさが宿る。三合、四合――俺が示したのは王道、だが、奴はそれをただ受け流し続けた。
五合目、奴は払いに合わせて懐に入り、切っ先の影を俺の喉へ置いた――触れてはいない。
……理も通さぬ剣が、ここまで届くか。
侍従の宣言が響く。
「一本、アルフォード殿」
俺は表情を動かさない。勝敗は剣が語り、口には上げない……だが、言わねばならないことがある。
「汚い剣だ。近衛の剣ではない」
これは、己の刃を貶めるための言葉じゃない。王族の傍で抜かれる剣とは何か――それを質するだけだ。 奴はわずかに目を細め、答えを選んだ。
「では——僭越ながら、護衛の剣をお目にかけましょう」
母上の扇が一瞬だけ止まり、宰相の指が膝をかすめる。父上は、その剣が本物かどうかを見極めようとしていた。 “護衛の剣”とは何か――場の空気そのものが、それを問うていた。 二合目の合図が落ちた。
◇
「二の試合——始め」
踏み込むより早く、砂が飛んだ。乾いた白の粒子が視界に散り、反射で目を庇う。
わずかな瞬間、首筋に木剣が――据えられていた。
「……一本」
侍従の声が響く。
胸の奥が熱を帯びる。剣を交える場で卑怯な手を使った、そのことが許せなかった。
「卑怯者め。近衛、いや騎士とすら思えん。正々堂々とせよ」
俺は王族として、剣の尊厳を守らねばならない。この国を象徴する型を、卑しき手から遠ざけねばならない。奴は少し考え込んだ風で、言葉を選んだ。
「決闘ならば、いくらでも正々堂々とやりましょう。それで俺が死んでも騎士の誉です」
「ではなぜ、砂など投げた」
奴は静かに口を開いた。
「私は護衛の剣をお見せすると申しました——護衛としての私の背中には“高き御方々”を負っております。負けることは決して許されぬのです」
“高き御方々”―― 父上や母上、この王家そのものを指しているのだろう。
奴はなおも続けた。
「たとえ“卑怯者”の汚名を着ようとも、高き御方々のお命を護ること——私はそれこそ“護衛の本懐”と存じております」
……詰めた刃先は、肩透かしを食わされた。返ってきたのは、熱を持たぬ理だけだった。
空気が沈む。母上の睫毛の影がわずかに深くなり、父上の視線には秤の重さが宿る。宰相の指が、膝の上で二度、小さく鳴った。
三人とも、目を逸らさなかった。
「……護衛の剣、か。よい。ならばもう一度。今度は“決闘の剣”で来い」
怒りの熱はもうない。残っているのは、自分の剣ではまだ触れたことのない、冷たい感覚だった。
「三の試合——始め」
奴は砂を使わぬ。俺もまた構えを硬直させぬ。握りにわずかな遊びを残し、打ちの気配を殺しながら返しを影に沈める。五合、十合。砂塵が小さく舞い、息が絡み、刃と刃の間で何かが生まれては消えていく。十五合目、俺は肩越しの返しを潜ませる。奴は風を通すように上段を空け、柄で押し返し、肩で我が重心線をわずかにずらし、切っ先を喉元に置いた。
侍従の宣言が響く。
「一本、アルフォード殿」
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次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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