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第46話 輔弼近衛は呼び出される  ~逃げられない初務~

初めての仕事は宰相閣下の呼び出し、その次は第一王子にバカにされました……王宮生活は厳しいです。

来てほしくなくても朝というやつは、必ずやってくる。


あの「初謁」という胃がひっくり返るような一日を乗り越えたのだから、今日くらいは来なくても許されると思っていたのに、現実はきっちりやって来た。


しかも、昨日の疲れが抜けていない上に、専用の執務室という立派な部屋のせいで、五分で落ち着かなくなる始末だ。

この部屋を案内してくれた侍従は「なにぶん前例のない位なので……質素で大変申し訳ございません」と恐縮して言っていた。


質素どころか実家の父上の執務室の倍の広さで調度品も高級そうものばかりだ。


(……広い。静か。落ち着かない)


「こんな部屋でなにしてりゃいいんだ?」

“秤”という役職がどれだけ特別かはわかったつもりだが、何をすれば“秤”なのかは、依然として皆目見当がつかない。

結局、俺は立ち上がっていた。


      ◇


「なんだよ、早速逃げてきたのか」


近衛詰め所の扉を開けると、ラースがカップ片手に笑っていた。湯気と紙の匂い、人の話し声――やはりこの空気は変わらない。


「逃げてきたって人聞きの悪い。呼吸しにきたんです」

「ぜいたくな話だな。専用執務室なんてのは、近衛が十年務めても貰えねぇってのに」

「部屋変わりましょうか?」

「遠慮しとくよ。部屋と職務はセットだ」

(……ちっ、気がついたか)


苦笑して湯を一口飲むと、少しだけ体が温まった。

やっぱりこの詰め所が一番落ち着く。専用執務室なんかより、こっちの方がよほど人間の居場所っぽい。


「で、今日は“初務”だろ? 気分はどうだ」

「……正直、まだ“秤”って何をするのかよくわかってません」

「初日で全部わかられちゃ、俺たちは全員クビだよ」


ラースと軽口を叩いていた時、詰め所の扉が軽く叩かれた。

「――失礼いたします。アルフォード殿がこちらにおられるとお聞きしました」


入ってきたのは、濃緑の衣をまとった文官だった。胸元の徽章には“宰相府”の刻印がある。

「アレン・アルフォード殿。宰相閣下がお呼びです。至急、宰相府までお越しください」


「……今すぐ、ですか?」

「はい、今すぐに」


俺は振り向いてラースに言った。

「宰相様からの呼び出しって、どうすりゃいいんです」

「昨日教えたろ。近衛の返事は「承りした」と「すぐに」だけだ」

「けど、宰相様ですよ。この国で王族の次に偉い方」

「昨日、王族全員と会ったんだろう。今更なにビビってんだ」

「そんな「馬車に跳ねられたことがあるなら、荷車に跳ねられても平気だろ」みたいな事言われても……」

「行ってこい、アレン。“秤”は逃げちゃダメだ」

「……完全に他人事ですね。もしかして面白がってません?」

「同情はしているって言ったろ」


どう見ても面白がっているような口調のラースに背中を押されるようにして詰め所を出て文官の案内で宰相府に向かった。

城の廊下がやけに長く感じた。


   ◇


≪宰相府 宰相執務室》

宰相府の執務室は、静かだった。

厚い羊皮紙と地図が整然と並び、朝の光が斜めに差し込む。その中央の机に、宰相アルフレッド・ファレン卿が座っていた。


宰相閣下は机に肘をつけるでもなく、まるで“量って”いるかのように、俺を見つめている。

……怖い。なにこの圧。剣を向けられているわけじゃないのに、体が勝手に姿勢を正している。


(…………………………)


長い沈黙が流れる。

(……何か言ってください。もう心臓がバクバクしているんですから)


「――急に呼び立てて申し訳なかった、アルフォード殿」

ようやく、低い声が響いた。


「は、はい」

「貴殿に輔弼近衛の初務として頼みがある」


宰相閣下の“頼み”。近衛の返事は「はい」と「すぐに」だ。

(……「すぐに」って言って部屋飛び出しちゃだめかな?)



「第一王子、レオン殿下のことだ」

「はっ?……第一殿下、ですか?」


俺は昨日紹介されった王子女たちの顔を思い浮かべた。


「殿下は近年、武に傾きすぎておられる。親衛隊を組織し、軍事訓練に歳費を投じ、さらに隣国ガルディアとの戦場に自ら赴くと仰せられている」

「第一王子殿下自らが戦場……に、ですか」

「武勇は王族の美徳であろう。――だが、王族が出ればそれは『親征』だ。小競り合いでは済まん。場合によっては、全面戦争になる」


宰相の声は静かだった。静かであるほどに、言葉の一つひとつが重かった。

「王統の血が剣を執るという事実は、敵にも味方にも『開戦』と受け取られる。一度歯車が回り出せば、それを止める手は今の王国にはない」


宰相が状況を説明してくれる。

「“秤”とは、ただ理を量るだけの存在ではない。時に、王族すら量り、止める役でもある」

目が合った。そこには威圧ではなく、確認の色があった。


「初務として、貴殿に頼みたい――殿下を止めていただきたい」

「……止める、ですか。俺が?」

「そうだ。剣ではなく、理で。力ではなく、“秤”としての言葉と姿勢でだ」

そして宰相は、静かに一拍置いて言葉を継いだ。


「勘違いするな、アルフォード殿。貴殿は儂の配下ではない。これは命令ではない――“依頼”だ、いや“懇願”でもある」


――依頼。ならば、断るという選択肢もあるのだろう。だが、宰相閣下の依頼を断れるだろうか?

(……無理だよね。依頼という名の命令だし)


「……承りました」

言葉が口からこぼれた瞬間、胃のあたりがずしんと重くなる。

「よい」


宰相は静かに頷くと、書簡の束を整え、別の言葉を口にした。

「殿下には、今日これから貴殿を紹介する場を設けてある。共に来てもらおう」

(……紹介? いや、もう胃が限界なんですけど)


    ◇


≪王太子府 控えの間》

玉座の間とは違う、小広間に通された。

そこには第一王子レオン殿下がすでにいた。背筋は剣のように伸び、眼差しは真っすぐ前を射抜いている。近衛たちが控える中、宰相が口を開いた。


「殿下、既にご存知でしょうが、こちらが輔弼近衛――アレン・アルフォード殿です」

殿下の視線がこちらに向いた瞬間、空気がわずかに変わる。

値踏み、ではない。“見下ろす”視線。言葉にしなくても伝わる。


「……こいつが、“秤”とやらか」

声に嘲りが混じっているのは、気のせいではなかった。


「ずいぶんと細いな。護衛も任と聞く“輔弼近衛”にしては、貧相だ」

(……あー、そう思うよな。騎士学校でも小さい方だったし)


殿下はゆっくりと歩み寄り、至近距離で俺の目を覗き込んだ。


「俺は武を尊ぶ。剣こそが王の証であり、王家の誉れだ」

言葉の端々に、自信と誇りがにじんでいる。


「“秤”が王族を止めるというなら――剣を持って止めてみろ」

挑発ではなかった。これは“宣戦布告”だった。


宰相が微かに息を吐き、何も言わずに俺を見た。つまり――この先は俺次第ということだ。

(……そう来ますか。やっぱり逃げ道は、ないんですね)


胸の奥で、ひとつだけ音が鳴った。


“秤”の初仕事が、決まった。


翌日――演習場。


王子の挑発に応じた「剣による裁定」が、俺の初務となる。

“秤”が初めて王族を量る日が、すぐそこまで迫っていた。




お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

恐れ多くも「武に傾きすぎる殿下を正す」役を仰せつかりました。

それって赴任二日目の新入りができる仕事なんですか?

宰相閣下、目を合わせてくださいよ。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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