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第45話 輔弼近衛の1日は続く (アーガスト・レリア視点)② ~支える覚悟~

アレンが“内”なら、私たちは“外”で器を支える・・・それが唯一できること。

「“志”とか“理想”だけじゃ務まらねぇ。肝が据わってねぇ奴は、あっさりと潰れる」

ラースの言葉が届く。「……はい。今すでに胃が痛いです」


秤には針と錘が必要だ。理想という針と、現実という錘。だが、その両方が揃っていても、横から吹く風が強ければ針は暴れる。外の者の役目は、その風を抑えることだ。


レリアが、ふっと息を吐いた。その息は、言葉にしない祈りのようだった。


「折れないよう、息が続くように」


彼女の心の中で、守るべき領域がはっきりと形を取り始めているのがわかる。朝の湯の温度を半度上げる、衣の布地を肩が張らない裁ち方に変える、そばに立つ侍女には“支える視線”の角度を教える――どれも小さな手だてだが、それが集まれば、少年の呼吸は乱れにくくなる。


私も自分の算段を詰めていく。

――王子女の席の配置をわずかに調整し、少年の立つ位置が正面衝突ではなく自然な角度で視界に入るようにする。

――少年から上がってくる観察の断片が途中で目減りしないよう、報告系統を一時的に直通させる。

――そして、外部で流れる噂を封じ込め、雑音が増幅器とならないようにする。



「……ま、同情はしてるよ」

ラースの言葉が聞こえた。

「昨日近衛になったばかりの新入りが、“秤”だろ?どんな巡り合わせだよ」


レリアの目尻がわずかに和らぐ。

「こういう言葉が、あの子の呼吸をつなぐのよ」

その囁きは少年に届かなくてもいい。

空気が和らげば、それだけで伝わる。人は言葉よりも先に、空気の変化で支えを感じ取るものだ。


私はここで、自分の「介入線」を明確に引き直した。

――助言はしない。ただ、整える。

――庇護はしない。ただ、余白を残す。

――肩代わりはしない。ただ、揺らぎを抑える。


彼が“内”で受ける圧は、彼自身の針で測らねばならない。外が受けてしまえば、秤は役を果たさない。


     ◇


「……王族全員と対面ってな、普通は年単位で信任を積んでから、一人ずつ会えるもんなんだぞ」

ラースの言葉が響く。「え、そうなんですか?」

「そうなんです、じゃねぇ。初陣で敵の本陣に単騎突入したみたいな話だぞ」


少年の喉がひくりと動く。レリアは湯気をほんの少し足した。

「呼吸が乱れそうな時は、空気をやわらげておくの」


湯気を足し、香りを混ぜる。それだけで人の息は少し深くなる。

注ぎ足す音は立てない。静けさは刃を丸める。

会話は続くが、細部は彼らに委ねる。


私とレリアに必要なのは、次の算段だ。

――朝の準備を一刻早め、最初の一歩が滑らないようにする。

――周囲の人間の配置を入れ替え、視線の質と声の高さを整える。

――短時間でも呼吸を整えられる“逃げ場”を一つ用意する。


     ◇


「痛いってことは、ちゃんと背負ってるってことだ」


会話の締めにラースがもう一度同じ言葉を置く。

少年は小さく頷いた。頷きは浅いが、それでいい。

深く頷けば、人は倒れる。浅い頷きには、次の一歩が残る。

二人が立つ。


少年の歩みはまだ硬いが、入ってきたときよりも重心が少しだけ中央に寄っている。


レリアは彼の器の縁をそっと温め直す。彼は気づかない。

気づかなくていい。彼が“内”を見ている間、私たちは“外”を見る。


食堂の音が平常に戻ると、私は深く息を吸い、明日の図面を頭の中で完成させた。

――私は補助者として“構え”を整える。助言せず、庇護せず、ただ余地をつくる。

――レリアは支える空気を整える。手を出しすぎず、けれど落ちる前に層を厚くする。


「あなたの線と、私の息は、同じ方向を向いているかしら?」

「向いている。君が空気を整え、私が地盤を揃える。針が揺れたとき、どちらも役に立つ」

「なら、きっと明日はうまくいくわ」


その言葉は根拠のない楽観ではない。積み上げた準備に裏打ちされた“確信”の一歩手前だ。


湯気が薄れ、場がいつもの呼吸を取り戻していく。

“内”と“外”は交わらない。けれど、同じ中心を見つめている。


少年が「痛い」と言えるうちは、針は折れていない。

私たちはその針が自分で戻る余地を奪わないように、外から支える。

押さえつけず、押し流さず、ただ水平を保つ。


最初の一歩が崩れない地面、余計な視線が走らない廊下、短い息継ぎの場、長く保つ空気。

少年が“内”で均衡を量るなら、私たちは“外”で器を支える。


それが侍従長と女官長としての、揺るがぬ心づもりだ。

――王族のそばという、もっとも過酷な場所で。あの少年が折れずに立つために。



お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

来てほしくない朝ほど早くやってくる。

恐れ多くも“専用執務室”とかいう部屋を与えられても落ち着かないことこの上ない。

結局、詰め所に逃げ……いや“呼吸”しに行ったら、ラースさんが容赦なく背中を押してくださりやがります。

……いつか絶対に巻き込んでやる。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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