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第43話 ラースの独言③

こいつはただの田舎貴族の三男だと思っていたら・・・とりあえず俺を巻き込まないでくれ。


今回は少し短めになりました。

夕飯どきの食堂は、煮込みが勝ってる。潮みたいなざわめきの上で、木椀と匙がときどきぶつかる。空席を探すと、小僧が一人で座っていた。顔が青い。息の返りが半拍遅い。向かいに腰を下ろし、スープをひと口。


「で、今日は何があった?」

「えっと……王族全員に、紹介されました」


危うく吹くところだった。


「…………は?」

「陛下と王妃様と、王子殿下と王女殿下、全員です」


……王族は、ときどき平然と無茶をする。


「……マジで?」

「マジです。全員揃った状態で、俺、ソファの端に座ってました」

「王族の前で『ソファ』に座った?」


アレンの顔をまじまじと見る。詰み筋は見えた。座らせたってのは、場所を与えたってことだ。梁を一度見上げ、息を吐く。


「……さっきから渋い顔してますよね。なんか言ってくださいよ、ラースさん」

「そりゃ、お前。俺だってそんな経験はねぇよ。何を言えってんだ」


首の筋が固まっている。今にも声が詰まりそうだ。


「……座ったのは、やっぱりマズかったですか、ラースさん?」

「いや、陛下に『座れ』で断る判断はねぇよ」


言いながら、自分でも無理を言ってるなと思う。俺が言われたって、たぶん躊躇う。


「じゃあ、どうすればよかったんですか、ラースさん」

「二語で回せ。“承りました”“すぐに”。ただし“すぐに”は両刃だ。速度だけで保つ秩序は熱を溜める。溜まった熱は真面目なやつから先に焼く。だから“遅らせる術”をセットにしろ。角度、間、所作――遅くしても無礼にならない遅さ、ってやつだ」


説得力ある顔はしてねぇ自覚はある。俺自身、迷う姿しか想像できん。


卓上のパン籠を取り、アレンの右前へ斜めに置く。正面の一直線を崩すだけで、視線の逃がし口ができる。


     ◇


「よし、決めた。今日から俺は“先輩”じゃねぇ。“野次馬”だ。あとは勝手にやれ」

アレンは「こいつは何を言っているんだ?」という顔でこっちを見る。


「いやいや、それ無責任すぎません? ラースさん」

「無責任じゃねぇ。事実として、もう教えようがねぇ。誰もやったことがない仕事だ。俺だって正解は持ってねぇ」


「……はい。今すでに胃が痛いです」

「“志”とか“理想”だけじゃ務まらねぇ。肝が据わってねぇと、あっさり潰れる」


「……新人の俺に“一人でやれ”って、無茶じゃありません? ラースさん」

「見たいとは思う。巻き込まれたくはないが。野次馬の特等席は、半歩うしろだ。俺はそこから、たまたま椀が鳴る夜だけ鳴らす。肩は叩かない。“助けた顔”をした瞬間、俺の脚も椅子に括られる」


肩甲骨の端が、やっと降りた。真後ろから半歩だけ距離を取る。近すぎれば介入、遠すぎれば無力。半歩は“支えずに壊さない”ための目盛りだ。


「それ、薄情って言われません?」

「上等。助けた顔で折るくらいなら、助けない顔で折らない。俺の取り分は、半歩と半拍と半声だ」


燈が唸り、潮がひと呼吸ぶん入れ替わる。背後から見る匙の入りが、ようやく自然に戻った。喉の返りはまだ甘いが、落ちはしない。


「それで、俺は何を覚えればいいです? ラースさん」

「息を一拍止めて『承りました、すぐに』と返し、半歩前へ出て小股で動け。――まずはそれだけだ」


「……分かったつもりになりました」

「それでいい。分かった顔はいらねぇ。半拍で戻せれば、たいていの夜は持つ」


背後から一歩引いて脇へ抜ける。残したいのは“俺の位置”じゃない、“息の置き場”だ。表に出るのは給仕みたいな些細な動きだけでいい。中で動かすのは拍だ。


出口で振り返る。小僧の靴音が、来たときより半音だけ低い。場の拍に寄っている。明日の朝、もう半音落ちていたら、それでいい。


見たいとは思う。巻き込まれたくはないが。俺は後ろで一音だけ合図し、目立たず呼吸の余白を作る――今夜は、それで足りる。


同情はしてやる。だが、俺を巻き込んでくれるなよ。



お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

“わからないまま立つ”――それは、正しい。

だから、しっかりと立てるように我々が整える。

という執事長と女官長の親心をアレンは知らない・・・


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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