第39話 輔弼近衛は信任される(王妃視点)① ~王妃は優しく誤解する~
“王族ではない者は一人だけ”って、俺は遠慮しましたよね……
――控えの間に、ようやく空気が戻った。
茶器が卓に触れるかすかな音。その響きが、先ほどまで場を張り詰めさせていた見えない糸を緩める。誰もが息をつく――だが吐ききれない。今日、この場は“王族の側”にも重い一線を引く、と皆が知っているからだ。
上座に陛下。わたくしはその隣。対面には、わたくしたちの五人の王子女が並ぶ。
そして――一番端に、ひとりの若者。
辺境の子爵家の三男、アレン・アルフォード。今日この場で、ただ一人だけ「王族ではない者」として座している。
その存在が、すでに部屋の空気を変えていた。
「続きを話そう」
陛下の声が静かに場を貫く。低いのに、耳を逃さない。
「かつて我が国は、三度滅亡の淵に立たされた」
指が三本、ゆるやかに立つ。
「一つ、『南原之乱』。王弟が王統の正を唱え、王都へ兵を向けた内乱だ。王権と法が裂け、誰一人、その裂け目を縫おうとする者はいなかった」
――あの裂け目は記録上こそ“内乱”の一語で済む。だが実際は、王座そのものが二つに割れかけていた。王権の正統性とは、かくも脆い。
「二つ、『飢歳之禍』。天は雨を惜しみ、倉は空になり、民は飢えて道に倒れた。王族の中には宴を張り穀を秘す者も現れたが、誰もそれを止めなかった。止むべきを止めず、断つべきを断たず、秩序は崩れ、十七の邑がそれぞれに政を行った」
――統治が崩れるとは、こういうことだ。国が裂け、邑が勝手に法を掲げる――そこに王族がいても、止める手がなければ国家は国家でなくなる。
「三つ、『夢宮の衰』。王族は理を尚びて情を退け、法を積んで志を語らなくなった。政は乱れず整っていたのに、夢を語る者は笑われ、詩を唱える者は退けられた。魂は痩せ、学びは衰え、文は絶え、商は外へ流れ、兵も集まらなくなった」
整っていたが、滅びかけた――陛下はあえてそこを強調なさる。
「この三つに共通して欠けていたのは、“外から量る者”だ」
わたくしは腕を組む。肩に鎧が乗る感覚。
秤――それは王権の内でも外でもなく、“境”に置かれるもの。だが、そんなものをこの国が受け入れられるのか。五百年、誰も座らなかった席を、今さら。
セレナは静かに視線を横へ移し、若者――アレンを測る。
フェリクスは湯気を見つめ、言葉の源を茶の香に探している。
エリアスは菓子皿を押し出す。緊張の中でも飄々として。
アリシアは……やれやれ、舟を漕いでいる。緊張の気配はまるでない。
「そして十五代アウレリオン・ヴァルディス陛下の御代――『輔弼近衛創設之詔』が発せられました」
わたくしは口を開く。
「“是を省みるに、天下の政を治むるの道は、君の力のみにあらず。三徳備わる侍史を得てこそ本と為す。侍史正しければ道は自ら定まり、道定まれば社稷また安んず。”――これは、その詔の一節です」
「その詔はついぞ実を結ばず、以来五百年、空位のままだった。『輔弼近衛』という役は創られながら、その席に座る者は現れず、以来五百年、空位のままだったのだ」
陛下が続ける。
「理由は幾つもある。王には、自らの上に“外の秤”を迎える覚悟が要った。己を律する手を、自ら呼び込む勇気が。そして臣には、自らすら量られる者の出現を受け入れる胆が要った。己の外に正しさが在ることを認める胆力が。――そのどちらもが、長くこの国には欠けていた」
それが、この国の現実。受け入れ難い役を、誰も背負おうとしなかった。
「――だが本日、その空白は終わる。アレン・アルフォード。汝を、輔弼近衛に任ずる」
ついに、名が告げられた。
「はぁ?」
若者の声が上ずる。驚き、戸惑い、信じられないという響き。
その気持ちは、実のところこちらも同じだ。
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
“秤は境に立て”って、はい、外ですか俺。剣でも盾でもない位置って一番刺さるやつなんですけど。
初務は明朝、しかも装いから仕立て直し――胃も心もサイズ合わせが必要だよな。
嫌われる価値がある?
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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