第4話 辺境三男は選べない ~あるようでなかった選択肢~
「重大な選択、やっぱり失敗。自分の決断力にため息しか出ない。どうして僕だけこんなにハズレしか引けないんだ。」
二年の終わりには実戦演習があった。
学生は二隊に分かれ、互いの拠点を奪い合う。 演習場には民家風の小屋がいくつも建てられ、それを壊さず保つのも得点になる。 勝敗は相手拠点の制圧で決まるが、評価の半分は小屋の損壊率だ。
(……つまり、派手にやると減点ってやつだ)
指揮はくじで決まった。俺は副将。主将は家格も腕も華のある男だ。――眩しいくらいに。
序盤、相手の前衛を押して敵を散らし、勢いに乗る。
(……まあ、こういうときはだいたい調子に乗ると転ぶもんだが)
拠点の脇道に差しかかったとき、主将が声を張る。
「ここから一直線に突っ込む! 早い者勝ちだ!」
脇道は、小屋が並ぶ地域を斜めに貫いている。
そこを通れば敵と正面でぶつかる。早いが、戦いになれば小屋がもたない。
「川沿いを回って、橋から――」
「遅い」
「けど、小屋は守れます」
短いやり取りのあいだにも隊列が揺れ、敵の援軍が前に出てくる。
(……説得する時間はない。判断の遅れが命取りになる)
「橋へ。俺が先行する」
俺はまっさきに動いた。泥を蹴って、橋の手前で隊を二つに分ける。
正面には牽制を残し、俺は側面の橋から突入した。拠点は落ち、小屋は最小の傷で済んだ。息が白く消えるころ、ようやく静けさが戻る。
◇
報告会で教官が言う。
「副将の判断は評価する。だが、命令違反だ」
俺は頷いた。――“守るために外す”なら、次も同じ道を選ぶ。
勝つことと守ること、どうしても両方を見比べてしまう。
辺境で染み付いた、“間”を測る癖だ。
(……しかたないんだ。母上から逃げ切るには)
◇
俺が騎士学校に入学してから三年が過ぎた。
卒業の前に卒業試験がある。卒業試験の結果は首席。正直、嬉しさはない。
面談で、古参教官に進路を訊かれた。
「国軍に。辺境勤務でも構いません」
教官は面の筋肉をほとんど動かさず、目だけで笑った。
「そう来るか。――だが貴様には近衛騎士団から指名が来ている」
(……冗談じゃない。近衛騎士団って、お偉い貴族様のたまり場じゃないか)
「辞退します」
自分でも驚くほど、即答だった。
「俺は辺境の子爵家の三男です。王城の近衛なんて、場違いでしょう。やっていけるわけがありません」
沈黙。机の端で教官の指が一度だけ鳴った。
「首席が近衛を志願しない前例は崩せない」
「……規則ですか」
「規則ではない。伝統だ。王族の盾は、代々、学舎の頂から選ばれてきた者が務めてきた」
(……王族どころか、寄り親の侯爵様にすら会ったことないんですけど)
「俺の意思は関係ない、と……」
「関係はあるが、優先順位は低い」
(……まずい。なんとか逃げ道を探さないと)
「それなら、近衛が高位貴族の子弟から選ばれるのも、伝統のはずでは?」
「一理ある。だが、伝統と伝統がぶつかったとき――最後に立つのは理だ」
「……理?」
「理とは、正しさの根拠だ。お前には、近衛を務める力がある。位の差を覆すだけの理――正当性がそこにある」
辞退の理屈は、順番を崩された。
「……了解いたしました」
俺はそう答えるしかなかった。
教官は立ち上がり、手を差し出す。兄たちの掌によく似た、固くて真っ直ぐな手だ。
「武勲を祈る」
握手の感触が、まだ手に残っていた。
(……理ってやつは、思ったより痛いんだな)
◇
推薦状は翌日には召状になった。封蝋を割ると、王城の紋章が白い余白を広く取り、行は短い。
――近衛騎士団見習いとして、近衛騎士団兵舎へ参集せよ。
――期日は新月。
望んだ未来ではない。けれど、“望まれた未来”というのは、望むよりも重い。
荷をまとめる。剣を拭き、鞘に戻す。借りた本を返し、鍵を返し、棚卸し表を束のいちばん上に置く。
校門を出ると、王城の白が遠くに見えた。
一歩、踏み出す。踏み込みすぎず、退きすぎず。足音が石に吸われていく。
俺が近衛になる――。
(……本当に大丈夫か、この国)
胸の底で静かに息をする問いは、ぼやきではない。
凡人の足取りでも、均衡を探す歩幅は保てる。そう、自分に言い聞かせた。
……理の痛みはまだ手に残っていたが。
次は母上視点らしい――鍬で育った家の“正解”は、まず逃げて生きて帰ること。
あの日の泥だらけの俺に、最初の剣は“足”だって教えられた。
(……逃げが恥じゃないのは、家風です)
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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