第37話 輔弼近衛は逃げられない ~家訓を守れませんでした~
王子女方は大反対――俺も心の中でその意見に賛成しています。
「お待ちください、父上」
レオン殿下が低く言う。刃の重さを測るときのような目をしている。
「“秤”として量る者なら、どこに立つのです?軍にも属さず、法にも属さず、王権の外に……この若造が、か?」
(……若造ってのは傷つくけど、もっと言ってくださいレオン殿下! 本気で反対して!)
「立ち位置のことなら」とセレナ殿下が答える。
やわらかく笑っているのに、その笑みの奥に冷徹な刃がある。
「外は外ですわ、お兄さま。剣でも盾でもなく、どちらにも踏み込まない境に在るものとして」
「外にある者は、戦場では邪魔者だ」
レオン殿下が即答する。……ほんと、武人って感じだ。
フェリクス殿下が湯気を見つめたまま、低く詠うように言う。
「邪魔は、時に救いになる。詩もそうだ。流れの途中に、ひとつ“間”を置く。沈黙が言葉を立ち上がらせる」
(……なんか言い出した。美しいけど、理解はできん)
「アレン」
陛下がこちらを見る。……逃がす気、ゼロの目だ。
「史家コルネリウス・レンティヌスは『秤三徳論』の中でこう記している。――『三事はいずれも時を異にし、由を異にすと雖も、皆侍史の徳を欠きたるがゆゑに敗るるなり』と言っている」
(……あれ、これ、要するに“家臣がちゃんとしてなかった”って言ってません?)
「また別の章にはこうある。『口・意・身を以て道を量る者、是を「秤」と曰ふ』と」
(……え、ここで“秤”の話? なんで急にそんな話になるんです?)
「アレン」
王妃様の声が、湯気よりあたたかいのに、背筋が伸びる温度をしている。
「難しく考えなくていいのです。あなたは王子女たちのそばに在りなさい。そばに立ち、そばで見る。必要なときに、そっと手を出す。それでよいのです」
(……そんな隣の家に遊びに行くようなこと言われても)
レオン殿下が言う。
「そばに立つ者は、時に嫌われる」
(……レオン殿下。経験があるんですね)
セレナ殿下が涼しく続ける。
「でも、必要なら、嫌われる価値があるわ」
(……嫌われるのが自分でなければ、その意見には賛成です)
「でも嫌われるのは、悲しいわ」
アリシア殿下が小さな声で言って、私をまっすぐ見た。
(……優しいなぁ。唯一の癒やしだよな)
エリアス殿下が菓子皿をさらに押し出す。
(……どれだけお菓子好きなんだよ、この人)
「王命である。アレン・アルフォード。汝を輔弼近衛に任ずる。王子女の傍らに在り、重さを量り、線を引け」
もはや逃げ道はない。
俺は立ち上がり、膝をつき、額を床へつけた。石が冷たい――それが、ありがたかった。
熱を帯びかけた頭が、すっと静まっていく。
「……臣アレン・アルフォード、浅学菲才ながら「輔弼近衛」の任、拝命いたします」
声が震えなかったのは、きっと石のおかげだ。
「よろしい」
陛下が微笑む。安堵の微笑みだ。
「初務は明朝。まずは王子女と行動を共にして知れ――王子女らが何を考え、何を企もう…為そうとしているのか。それを知ることから始めよ」
(……今、「企もう」って言いかけましたよね?)
「それよりもまずやることがあります」
王妃殿下が柔らかく言った。
「あなたの服は、近衛の礼服ですね。輔弼近衛の服を仕立てましょう。寸法を取らせます」
(……それって俺が支払うんですか?)
「まずは食え!」
エリアス殿下が菓子を一つ、俺の手に乗せてくれた。
(……いや、それはもう結構ですってば)
控えの間を辞す直前、陛下がふと思い出したように俺に向き直って言った。
「そうだ、もう一つ。コルネリウス・レンティヌスは、こうも書いている。“三徳倶に備はれば、侍史は道を量り、國の均を支ふ。故に『秤』と称す”。忘れるな」
(……はい、わかりました。これが“届かない”ってやつなんですね。ありがとうございます)
――正直に言おう。
この日の俺は、何一つ、ちゃんと理解できていなかった。
“外から量る”“三徳”“線を引け”。わかったふりをしただけだ。質問したら、不敬って言われそうで、怖くて聞けなかった。
ただ、それでも俺にでもハッキリわかったことがある。
『輔弼近衛』
明日の朝から、俺はその名をもって王族の傍に立つ。たぶん嫌われるし、胃も痛む。――それでも、もう逃げられないんだ。
……五百年、誰も座らなかった席に、ようやく重さが乗った。
(……母上、俺は家訓を守れませんでした……)
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
国王陛下視点で、なぜか俺の挙動が“感動”フィルターで解釈されている気がする。
五百年の空席がどうとか、いや気持ちは分かりますけど手汗が止まりません。
続く講義でさらに歴史が積まれていく予感。
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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