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第36話 輔弼近衛は信任される ~外堀から埋められました~

五百年ぶりの役職? ……はぁ? って言ったよね俺、言ってないことになってるけど

――控えの間に空気が戻ってきたのは、誰かが茶器を置いた小さな音のあとだった。

 さっきまで玉座の間の真ん中に投げ出された釘みたいに尖っていた神経が、じわじわと平らになっていく。いや、なっていくはず、だった。


「続きを話そう」


陛下の声は低いけれど、否応なく耳に届く種類の低さだ。上座に陛下、隣に王妃オーレリア様、そしてテーブルを挟んで王子女殿下方。私は――場違いの代表として、ソファのいちばん端。落ちたら即死。


「かつて我が国は、三度滅亡の淵に立たされた」


 陛下は指を三本、ゆっくり立てられた。


「一つ、『南原之乱』。王弟が王統の正を唱え、王都へ兵を向けた内乱だ。王権と法が裂け、誰一人、その裂け目を縫おうとする者はいなかった」

(……王弟が王を名乗ったって、それもう王国が二つに割れかけてません? 王座の裂け目なんて縫えるんです?)


「二つ、『飢歳之禍』。天は雨を惜しみ、倉は空になり、民は飢えて道に倒れた。王族の中には宴を張り穀を秘す者も現れたが、誰もそれを止めなかった。止むべきを止めず、断つべきを断たず、秩序は崩れ、十七の邑がそれぞれに政を行った」

(……「十七邑がそれぞれに政を行った」って……教科書にはそこまで書かれてなかったぞ。腹が減るって話じゃない、国が割れかけてたってことじゃないか)


「三つ、『夢宮の衰』。王族は理を尚びて情を退け、法を積んで志を語らなくなった。政は乱れず整っていたのに、夢を語る者は笑われ、詩を唱える者は退けられた。魂は痩せ、学びは衰え、文は絶え、商は外へ流れ、兵も集まらなくなった」

(……他人事みたいに言ってますけど、その“魂を失った王族”って、陛下のご先祖様じゃないんです?)


……三回もこんなことが起きて、よく国が滅びなかったもんだ。


陛下は息を継ぎ、まっすぐ俺を見た。その目は、ただ視線を向けるというより、「逃げるなよ」と静かに釘を刺してくるようだった。


「この三つに共通して欠けていたのは、“外から量る者”だ」


レオン殿下が腕を組み、椅子の背にもたれた。動きは静かなのに、その姿勢ひとつで椅子が鎧に変わったような気配がする。

セレナ殿下は膝の上で指を重ね、視線を陛下から俺へ移す。これは俺を値踏みしているんだな。

フェリクス殿下は茶器から立ちのぼる湯気を見つめ、その中に言葉の形を探しているようだった。

エリアス殿下は菓子皿を、俺のほうへ押し出してくる。……いや今は結構ですから。

そしてアリシア殿下は――おい、居眠りしてないか?


「そして十五代アウレリオン・ヴァルディス陛下の御代――『輔弼近衛創設之詔』が発せられました」

 王妃様が陛下の言葉を継いで口を開く。


「“是を省みるに、天下の政を治むるの道は、君の力のみにあらず。三徳備わる侍史を得てこそ本と為す。侍史正しければ道は自ら定まり、道定まれば社稷また安んず。”――これは、その詔の一節です」

(あー……聞いたことあるやつだ。授業で黒板にずらっと難しい字が並んで、舟こいでた記憶がある)


陛下はわずかに目を伏せ、湯呑をそっと卓に戻した。

「だが、その詔はついぞ実を結ばなかった。『輔弼近衛』という役は創られたが――その席に座る者は現れず、以来五百年、空位のままだったのだ」

(……五百年って、うちの家ができるより前じゃないか)


「理由は幾つもある。王にとっては、自らの上に“外の秤”を迎える覚悟が要った。己を律する手を、自ら呼び込む勇気が。そして臣にとっては、自らすら量られる者の出現を受け入れる胆が要った。己の外に正しさが在ることを、認める胆力が。

そのどちらもが、長くこの国には欠けていたのだ」

(……そりゃ、そんな役目、誰も座らないよな。好き好んでやる人なんているわけない)


「――だが本日、その空白は終わる。アレン・アルフォード。汝を、輔弼近衛に任ずる」

(……なるほど、空席がマズいってのはわかりますよ? でも、それって王城の話じゃないんです? なんで今、俺の名前が出たんです?)


「はぁ?」


思わず声が出た。


……来た。二度目だ。さっき玉座の間で頭ごなしに叩きつけられたあの言葉が、今度はきれいな言葉遣いで、礼装でも着せられたみたいな顔をして出てきた。


でも、中身は一寸も軽くなっちゃいない。むしろ、“ちゃんと抱えろ”って迫られてる分だけ、逃げ道が細くなった気がする。

(……逃げるのが家訓なんだけどな)


……たぶんこの瞬間、五百年ぶりに“秤”は、名だけの言葉から形を持ったんだ。

そして、その形として――俺がここに置かれた。


(……なんでこうなった?)


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

王子女会議、まさかの本気モード。立ち位置論争、詩の話、そして逃げ道ゼロ宣言。

任命の二文字が肩に重い。服も仕立て直しって、自腹ですか?

明日から“初務”――はい、もう逃げられません。


次回の投稿は明日の21時頃の予定です。


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