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第35話 輔弼近衛は量られる(諸卿視点)②  ~宰相は微笑す~

“鳴らさずして鈴を思わせる”とか知らない間に凄いことになっているんですけど……

儂は書の別頁を開き、第二の刃を抜く。


「詔に曰く――『天下の政を治むるの道は、君の力のみにあらず。三徳具わる侍史を得てこそ、これその本と爲す。侍史正しければ道は自ら定まり、道定まれば社稷また安んず』――古よりそう刻まれてきた。そこに否やは挟めぬ」


――静寂が、深く場を沈めた。


「道は、王一人の力では定まらぬ」と儂はゆっくりと言葉を置いた。


「侍史――すなわち“秤”が正しければ、道はおのずと定まり、社稷は安らぐのだ。王族を支えるための手がいる。それは王権の否定ではなく、王権を守るためにこそ置かれた手――ゆえに削がれるものなど、初めから存在せぬのだ」


沈黙が重く円卓を覆う。今だ。最後の一押しは、真実を置くだけでよい。


「……諸卿」


儂は声を落とした。


「貴公らも知っておろう――王族の放埒が、いかに政を乱し、どれほどの手を煩わせてきたかを」


外務卿のまぶたがわずかに揺れ、内務卿の唇が固く結ばれ、財務卿の指が卓から離れた。法務卿は視線を燭火から外す。

ただ一人、軍務卿ラグナだけが腕を組み、静かに頷いていた。


袖を引く手が届かぬ夜、線が踏まれた朝、銭が跳ねた昼、符が曇りかけた儀――王族の一挙が波紋を呼ぶたび、後から拭ってきたのはここにいる者たちだ。

ならば――政が暴れ出す、その口に手を差し挟む者を置く。王宮直属、されど内政不関与。貴公らの車輪は侵さぬ。ただ、暴走の瞬間だけを止める。


外務卿が先に息を吐いた。「……異存は引っ込めよう。儀礼を壊す前に止めるなら、むしろ私の務めは軽くなる」

内務卿が続く。「線を越えたなら、その責は王宮が負うのだな」

「その通りだ」

財務卿は短く言った。「独断で火を消すというのなら、翌朝の市は静まるだろう」

法務卿は低く締めた。「王威に刃を向けぬなら、法は揺らがぬ」

軍務卿だけは最初から笑っていた。「止める手があるなら、それで足りる。力は強いに越したことはない」

儂は頷き、王印の下に宰相の名を添えた。燭の火が小さく揺れる。


「――王裁可を仰ぐ。ここに六卿、異存なしと認む。運用はこの刻より始まる」


扉の外気は冷たく、胸の奥の金属音が一度だけ鳴って、静まった。

よい。これで“秤”は王宮直属、諸卿の上には乗らぬ。内政に手は出さぬ。――それでいて、止めるときは、ただ独断で止める。

(……内政に手を出させる気などない)


王族を止める役だと皆が信じてくれれば、それでいい。

実際には、誰をも止める必要などない。“止められる者がいる”という事実さえあれば、十分だ。

鳴らさずして鈴を思わせる。

その音を意識するだけで、誰もが勝手に歩を整える。

触れずして制す――それが、最も静かな統治というものだ。


              ◇


(……そして、もう一つ)


儂は心の中で笑みを殺す。

表向きは王族の安全装置――だが、その響きは諸卿にも届く。

一度鳴れば、皆が己の足を測る。

そうして秤は、誰の上にも立たずして、誰よりも上に在る。

抜かずに済むことこそ、“秤”の本懐である。

それでもなお剣が抜かれたなら――それは、貴公ら自身の責だ。


――だが、これでようやく“国”が動く。

律を縛る者は法であり、法を導く者は理。

だが、その理を支えるのは“均衡”だ。

均衡がなければ理は傾き、法は腐る。


王と卿、その両輪の間に、わずか一つの秤を置くだけで、全てが形を保つ。

たとえ揺れても、崩れぬ国。その枠を刻むのが、宰相という職の務めである。


向こうで若者が名乗りを終える頃、こちらの線はすでに引かれた。

“秤”が置かれたその瞬間から、王も諸卿も、己の歩を量らずにはいられぬ。


王の道は秤の重みによって正され、

諸卿の牙は鈴の響きによって鎮まる。


……鳴らずとも、音は届く。

これで国は動く。


五百余年の微睡まどろみから、やっと醒めるのだ。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

控えの間に戻ったら、いきなり国家級の“歴史講義”が始まるらしい。

三度の破綻と三つの欠落、そして“外から量る者”。

とりあえず現実逃避。


次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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