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近衛の本領  ~王族から王国を護るお仕事です~  作者: t.maki
第2章 輔弼近衛は王族を知る
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第31話 輔弼近衛は王子女を知る(王妃オーレリア視点) ~王妃は静寂を教える~

静寂を期待した私が甘かった――王家には夢物語ね。

朝の光が玉座の間の天蓋を透かしていた。澄んだ空気の奥に、嵐の気配があるのを私は知っている。――いや、あれは嵐などという上品なものではない。ただの騒ぎだ。王家の子らがそろって口を開けば、必ず空気が乱れる。それは母としても、王妃としても重々承知している。


それでも、今日という日は静謐に始まってほしかった。

ようやく「輔弼近衛」が置かれる日なのだ。王と私はずっと前からこの制度の必要を語り合ってきたが、近衛団長は宮廷の軋轢を理由に何度も断り続けてきた。

そしてついに彼が差し出してきたのが――辺境貴族の三男。異質、異端、異例。政治的な綱引きの果てに選ばれた、ひとりの若者。

気の毒に。まだ何も知らぬその背に、王族の「揺れ」をすべて負わせることになるのだ。


その若者――アレン・アルフォードが、膝をついて王の前に進み出たとき、私は無意識に胸の奥で祈っていた。どうかこの子が、ただの駒では終わりませんように、と。



しかし祈りは、あっさりと踏みにじられる。


扉が大きな音を立てて開いた瞬間、怒涛のように王子女たちがなだれ込んできたのだ。


「陛下!工房で特級の剣が打てました!炉を新調すれば、希少級も夢ではありません!」


……まずは長男。朝一番から鍛冶場の報告?玉座の間よ?

息子よ、それを言う場は議会か鍛冶師たちの集いであって、即位の場ではないのですよ。


「ごきげんよう、お父さま。昨日の晩餐、あれを“王家の食卓”と呼ぶのは……ねぇ?」

はいはい、セレナ。おまえの「ねぇ?」は、侍女たちの心拍数を確実に十は上げる。しかも今日は新参者の前で。見栄と毒を両手にぶら下げて登場しないでほしいのだけれど?


「剣でも税でもない、言葉です!詩は意を運び、人を動かし、国を変えるんです!」

政治の会議でも演説を始める次男。詩で国を動かすのは結構だが、せめて“今日の場”の空気くらい読んでほしい。ここは文学祭じゃないのよ。


「陛下ー!新作の『三層焦がし蜂蜜パイ』が完成したよ!一緒に食べよう!」

……エリアス。せめて皿を持ってくる前に状況を見て。今ここにあるのは玉座、王冠、そして新たな近衛。菓子ではないの。


「お父さま、お城はピンクがかわいいの!」

そして極めつけは末姫。……わかっている。可愛い。確かに可愛い。でもね、議題が違うのよ。王国の政と、城の色は。いえ、絶対に城をピンクにはしないけれど。


私は扇を軽くひと打ちし、声を整えた。


「皆さま。ここは陛下の御前です。順をお守りなさい」


その声には怒りも叱責も含まれていない。だが私の内心は、静かに沸点を越えている。この子たちは本当に……この場がどういう瞬間か、わかっていないのだろうか。



膝をついたままのアランは、ただ呆然としている。無理もない。目の前で王族が五方向に勝手を言い出せば、誰だって呼吸を忘れる。

それでも――彼は倒れない。視線が泳いでも、膝をついた姿勢を崩さない。その背筋がまっすぐであることが、私の心をわずかに静めた。


陛下が立ち上がり、声が響く。


「よいか、皆の者。お前たちがさらに遠くを目指すために、影もまた要る。――ゆえに、余は輔弼近衛を置いた」


玉座の間に静寂が戻る。王の声は、どこまでも穏やかで、しかし揺るぎがない。


「この若者、アラン・アルフォードを、その任に就ける。王子女の影となり、耳となり、目となれ。理を量り、過ちを諫め、未来を導け」


私はふと、視線を落とした。膝をつく若者の背がそこにある。

頼りなげにも見える背だが、ただの“受け身”ではない。波に呑まれそうになりながらも、足を踏ん張り、立ち上がる力を内に秘めている。


――そう、これが「秤」となる者の第一歩なのだろう。


王族は風のような存在だ。熱しやすく、奔放で、形を持たない。

だが、ただ吹き荒れるだけでは国は成り立たない。風には帆が、炎には炉が、詩には型が、甘やかさには量りが、そして夢には移ろいの器が要る。



熱は炉に収めて剣、艶は規律に整えて礼、言葉は型に刻んで力、甘やかさは目盛りで量って癒やし、夢は移ろいの中に編み込んで風。


――それらを釣り合わせ、奔流を秩序へと変えることこそ、「輔弼近衛」という秤の務め。


あの若者には、それを背負う覚悟があるだろうか。


私は静かに息を吐いた。王族たちの奔放さに半ば呆れ、半ばあきらめ、そして――どこかで信じてもいる。

この子らの“揺れ”を秤にかけ、形を与える者が、今まさにここに立とうとしているのだから。


……もっとも、今日という日にこの有様を披露した我が子らには、後で王妃として話をせねばなるまい。

玉座の間がどれほど重い場所か――少々、身をもって思い知ってもらう必要がある。


度々の投稿間隔の変更で申し訳ございません。

投稿と並行して続きを書いているのですが、思ったより長くなってしまい、平日投稿だけでは年内に一章が終了しない可能性がでてきました。

そこで申し訳ないのですが、一章は毎日投稿に変更させていただければと考えております。

初めての投稿で操作も感覚も掴めておらずご迷惑をお掛け致します。


次回は控えの間でのお話。

控えの間のソファは場違いすぎて、端っこでひたすら縮こまってた次第です。

――ついに、陛下から“輔弼近衛”の意味を直々に聞かされそうです……胃が痛い。


次回は明日21時頃投稿の予定です。



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