第30話 輔弼近衛は王子女を知る(宰相アルフレッド視点) ~器は嵐を受けて形となる~
こんな濃い王子女ばっか集まって、俺になにをしろと?
「陛下! 工房で特級の剣が打てました! 炉を新調すれば、希少級も夢ではありません!」
――第一王子、レオン。熱は推進力だが、手順を焼き切る。
「ごきげんよう、お父さま。昨日の晩餐、あれを“王家の食卓”と呼ぶのは……ねぇ?」
――第一王女、セレナ。礼を整える才は確かだが、刃を含む舌でもある。
「剣でも税でもない、言葉です! 詩は意を運び、人を動かし、国を変えるんです!」
――第二王子、フェリクス。概念は風であり、風は帆を裂くこともある。
「陛下ー! 新作の『三層焦がし蜂蜜パイ』が完成したよ! 一緒に食べよう!」
――第三王子、エリアス。陽気は人をつなぐが、秩序をも溶かす。
「お父さま、お城はピンクがかわいいの!」
――末姫、エリシア。春は祝福だが、兵を眠らせる。
……揃った。儂が何十度も見てきた光景だ。
それでも今日は違う。この嵐の只中に、新しい秤がひとつ、据えられている。
視野の中央――赤い絨毯の上、若者がひとり膝をついている。昨日と同じように背は真っすぐだが、肩のこわばりは一段と強い。呼吸が浅い。それでも、場所を離れてはいない。
◇
それが、第一歩だ。
“揺れ”というのは、対処できぬから厄介なのではない。受け止める形がないから厄介なのだ。今、あの若者はその「形」になろうとしている。
王が立たれる。声が空気を縫い止める。
「よいか、皆の者。お前たちがさらに遠くを目指すために、影もまた要る。――ゆえに、余は“輔弼近衛”を置いた」
空気が変わる。沈黙が一瞬、石のような質量を持つ。
「この若者、アラン・アルフォードを、その任に就ける。王子女の影となり、耳となり、目となれ。理を量り、過ちを諫め、未来を導け」
……秤は据えられた。名門が忌避した席に、無垢と才を併せ持つ若者が座った。
その代償が、あやつの理想そのものであることは許されぬ――だが、忌避の念だけでは政は動かぬ。動かすのは制度であり、器である。
◇
儂は腹を決めた。潰すのではない。働かせるための枠を整えるのだ。
熱は枠に収めて国脈を鍛え、
艶は律に沿えて礼制を整え、
言葉は秤に刻んで政理を導き、
甘やかさは度に量って民心を潤し、
夢は時の理に編み込みて国を進める。
奔流を止めることはできぬ。ならば流路を刻めばよい。揺れそのものを国の力へ変える器を置けばよい。
アレンの肩がほんのわずかに沈み、呼吸が一本、深くなった。良い。膝をついても、背は曲げるな――それが臣下の型であり、政の杖でもある。
儂は静かに息を吐いた。
最初は「見極める時」だった。今は「備える時」だ。嵐の中で折れぬ秤とするために、枠を刻む役を果たさねばならぬ。
鐘は、まだ鳴らぬ。
だが……次に鳴るのは、秤が自ら測り始める合図でなければならぬ。
――その時までに、器を整えることが儂の務めだ。
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
今度は向こうの視点らしい。つまり、俺が「誰だお前」って全員に測られる回。
“線引きが塗り替わる瞬間”とか言われても、当人はただの冷や汗タイムです。
歴史ってやつ、静かに動くときほど心臓に悪い。
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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