第27話 輔弼近衛は王子女を知る ~始まりは混沌から~
王族って思っていたのとなんか違う⋯
(……せめて、名前くらいは正しく覚えてほしい)
そんな情けない嘆きが頭の奥でくすぶっているうちに、玉座の間の緊張は霧散し――嵐に吹き飛ばされた砂塵みたいに、喧噪と混沌が一気に流れ込んできた。
代わりに場を支配しているのは――好き勝手にしゃべり続ける五人の若者。つまり王子女である。
◇
「陛下! 聞いてください。やっと特級の剣を打つことができました。新型の炉を導入していただけたなら温度制御が自在にでき、希少級も作れます! 剣も鎧も倍の効率で――!」
大柄な青年が、興奮気味に御前で剣をぶんぶんと振り回していた。衛兵、止めないの?
(……誰? え、誰?……っていうか、御前で剣って、近衛は止めなかったの?)
「――第一王子、レオン殿下」
気づけば、すぐ傍らに侍従長アーガストが立っていた。ささやくような声が耳朶を打つ。
(第一王子…………今さらっと言ったけど、王子が自分で剣打ってるの!?)
「お父さま、ごきげんよう。――あの昨日の晩餐のことですけれど、あれを王家の食卓と呼ぶのは、沽券に関わりましてよ。伝統という名のもとに味覚を痛めつけるのは、もう終わりにいたしませんこと?」
金の巻き髪を優雅に揺らしながら、微笑み一つ崩さず放たれるその言葉は、刃より鋭い。
「――第一王女、セレナ殿下」
(……ナチュラルに毒吐いた。絶対友達にはなりたくないタイプだ)
「風は語り、星は歌う。「意」を乗せた詩は、人の心と国のかたちを変えるのです!」
銀髪をざっくばらんに束ねた青衣の青年が進み出て、声を響かせて朗々と詩らしきものを語り出した。
「この国に必要なのは剣でも税でもなく、詩の力です! 言葉が人を導き、意志が未来を紡ぐ。それこそが魔法の真髄!」
「――第二王子、フェリクス殿下」
(…………詩と魔法? 「秤」の意味すらわかってない俺に、そんな話はまだ早いんですって)
「陛下ー! 新作の『三層焦がし蜂蜜パイ』が完成したよ! 食べて!」
皿を掲げて走り込んできた快活な青年。
「――第三王子、エリアス殿下」
(……菓子? 王族って厨房入るの? ……パイの種類って、そんなに国家運営と関係あるんだっけ?)
「お父さま! お城はピンクの方がかわいいと思うの」
そして最後に飛び込んできたのは幼い少女。ふわふわとした金髪が陽光を反射し、王妃の膝へ駆け寄っていく。
「――第二王女、アリシア殿下」
(……天使みたいだ。でも、災厄を起こしそうなのも、この子だ)
どうやらこの子たちが王国の未来を担う王子女であるらしい。
(……いや、本当に担げるのか?)
王はこめかみを押さえ、宰相は天井を見つめ、そして――
侍従長アーガストは、ただそこに“鋼”のように立っていた。表情ひとつ動かさず、まるで時間の流れから切り離されたかのように。
(……この人、感情とかないんじゃないの?)
混沌の中で最初に沈黙を破ったのは、レオン殿下だった。
「陛下、近衛を一人つけていただけませんか。炉の管理区域は危険ですし、人手が足りないのです」
(……王子が剣を打ったって言った?)
「お父さま、わたくしもお願いがございますの」
セレス殿下が扇をぱちんと閉じて、まるで舞台の幕を引くように言葉を継ぐ。
「王国の食文化改革を進めるため、御膳方の人選を一任いただけません? 宴に新しい味の改革を起こし、外交で優位に立つことこそは王国の威光でしてよ」
(……昨日、食堂の食事が旨すぎておかわりして女官長に怒られたんですけど)
「王立魔導局に詩歌部の設立を提案いたします!」
「王国祭でお菓子の競演を!」
「ついでに、お城の色ももっと可愛くしたいの!」
(……この国、大丈夫か?)
要求が、好き放題に飛び交う。誰も止まらず、誰も譲らず、王子女たちの「わがまま」が玉座の間を埋め尽くしていく。
(……いや、大丈夫じゃない気しかしない)
王子女たちの声は、玉座の間の高い天井に反響しながら、いつまでも止むことがなかった。
——というわけで、次は正式に「輔弼近衛」拝命だそうです。
王子女五人分の世話係兼、秤役……聞くだけで胃が痛いんだけど。
あの王妃様の笑顔だけが、唯一の救い……って、これ本当に救い?
(次回は水曜日の21時頃投稿の予定です)
↑
と書いたのですが、書き溜めが多くてこのペースではかなり時間がかかってしまうので、1章が終了するまでは平日は毎日21時頃に投稿させていただきます。
初投稿で慣れていないため、色々と不手際がありご迷惑をおかけいたしますが、ご寛恕いただけましたら幸いです。
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