第26話 幕間 ~王朝秘史①
南原之乱・夢宮之衰・飢歳之禍――王国を揺るがせた3つの事件
そして輔弼近衛創設之詔――までを描きます。
ちょっと堅苦しい話になってしまって申し訳ありません。
《王朝秘史》卷六 南原之亂
王曆二百七十六年、國に大亂あり。王弟オルダヌス、王統の正を唱へて兵を興し、京畿に逼る。
是の時、「影守」と號する者あり。左右に侍して行跡を補け、過を糺し、言を諫むるを以て職とす。然れども權輕くして言は用ゐられず。
影守セリオン・ヴァルハウス、王弟の志を察すと雖も、終に上に諫むるを得ず。曰く、「我が務めは徒らに理を映す鏡なり」と。
是に於いて聲は宮闕に達せず、忠は大道に通ぜず。政は空轉し、租は滯り、民は惑ふ。三月ならずして五州王命を聽かず。
亂平ぎて王統は保たると雖も、威は地に墜ち、十年租賦復たず。
史臣曰く、「帆を缺けば、風に折らる」と。
◇
《王朝秘史》卷七 夢宮之衰
王曆三百四十九年、王族、理を尚びて情を退け、法を積みて志を語らず。
政は律令に從ひて壹絲亂れず、然れども夢を語る者は笑はれ、詩を唱ふる者は退けらる。
律師ネモリウス・サビヌス、才あり忠信深く、法を知りて民を憐れむ。然れども曰く、「器は余事なり。我が務めは徒らに王命を秤に載すに在り」と。
是に於いて志は枯れ、學宮は廢れ、文は絕え、商は外へ流る。
十年にして兵は集まらず、五境の地、鄰邦に從ふ者すら出づ。
王族、老いて悔ゆるに及び曰く、「余は國を守りて魂を失へり」と。
サビヌスも記して曰く、「王心を稟けて器を鑄らずんば、國終に虚に沈淪す」と。
史臣曰く、「器を失へば、夢に沈む」と。
◇
《王朝秘史》卷八 飢歲之禍
王曆四百十一年、北境旱魃三年に及ぶ。民飢ゑて道に餓す。然るに王族の中、宴を張り、穀を秘し、民の苦を顧みざる者あり。
衡吏リュシアン・アクトン、是を知ると雖も曰く、「衡は劍を帶ぶべからず。我が務めは徒らに事を秤に載すのみ」と。
群臣、糺すを勧むれども、「王族に刃を向くは臣の道にあらず」として聽かず。
是に於いて暴は止まず、飢は廣がり、十七邑は各自に政を行ひ、三年にして死者数萬を數ふ。
アクトン、職を辞して曰く、「刃を抜かざる衡、終に火に呑まれたり」と。
史臣曰く、「爐を備へずんば、火に呑まる」と。
◇
《王朝秘史》卷九 秤三德論
王曆四百五十四年、史家コルネリウス・レンティヌス、國史・家記・舊記を群書涉獵して稽覈し、南原之亂・夢宮之衰・飢歲之禍の三事を鉤考して論を總べ、「秤三德論」と名づく。
三事はいずれも時と由を異にすと雖も、皆侍史の德を欠きたるがゆゑに敗るるなり。
南原は帆を缺きて風を摑まず、言は宮闕に屆かず。
夢宮は器を失ひて志を鑄らず、象は虚に沈む。
飢歲は爐を備へずして火を制せず、斷ずべきを斷たず。
是のゆゑに、凡そこれを總じて曰く、「秤の三德」と。
曰く、帆を擧げて風を導くは口の德、是非を陳べ、王族の過を糺し、道の方を指す。
器を抱きて志を承くるは意の德、王心を稟けて象を鑄て、志を形に變ず。
爐を構へて火を制するは身の德、情に囚はれず、斷ずべきを斷ち、止むべきを止む。
後賢曰く、三德倶に備はれば、侍史は道を量り、國の均を支ふ。
壹を欠けば、その職空しくして名を受くるに足らず。
故に「秤」と稱す。
◇
《王朝秘史》卷九 附錄 輔弼近衛創設之詔
朕惟ふに、國の大計は治道に在り。治道は君臣ともに其の任を盡してはじめて成る。
然るに古來三たび侍史その任を失ひ、道もまた是に由りて廢れたり。
是を省みるに、天下の政を治むるの道は、君の力のみにあらず。三德備はる侍史を得てこそ、その本と爲す。侍史正しければ道自ら定まり、道定まれば社稷また安んず。
然れども帆を缺けば風に折られ、器を失へば夢に沈み、爐を備へずんば火に呑まる。朕、是を省みて寤るがごとし。
其の職に在る者は、帆を擧げて風を導き、言を發して是非を陳べ、道の方を指すべし。是れ口の德なり。
また器を抱きて志を承け、王心を稟けて象を鑄て、時に應じてその形を變ずべし。是れ意の德なり。
さらに爐を構へて炎を制し、情に囚はれず、斷ずべきを斷ち、止むべきを止むべし。是れ身の德なり。
此の三德を備へ、口・意・身を以て道を量る者、是を「秤」と曰ふ。今、その「秤」に官名を賜ひて「輔弼近衛」と名づけ、其の制を定む。
秤は法の内にはあらず。ゆゑに權の手はこれを縛ること能はず。然れども秤は理の内に在り。ゆゑに道はこれを量ることを止めず。
王族に直言して其の過を糺し、また志を容れて形を與へ、時に刃を拔きてその暴を止むべし。
そは常に王族の側に在りて影のごとく仕へ、語る所は天を畏れず地を顧みず、執る所は正を本とし偏を退け、受くる所は志を器として虛を滿たす。
朕、茲に命ず。嗚呼、その志を違ふこと無かれ、その務を怠ること無かれ。此の詔を竹簡に記し、宗廟に納めて萬世の戒と爲す。
王曆四百五十四年三月
第十五代 國王 アウレリオン・ヴァルディス
これにて第一部終了です。
★★★★★★★★★
【皆様へのお願い】
面白い/続きが気になると思っていただけたら、応援のつもりでちょこっと押していただけると大変励みになります。
皆さまの声援だけが心の支えです。
★★★★★★★★★




