第25.5話 ラースの独言②
先輩ラースの独り言です。
崩れたのは制度か、人か。風だけが答えを運んだ。
俺の眼はそこになかった。だが耳は健在だった。
侍衛の部下が言った。「顔色が悪かった。でも戻ったときは平気そうでした」。
医務係の女が言った。「一人で深呼吸してから立ち上がったようです」。
その報告を聞いたとき、胸の奥がチリついた。
あいつらしい――そう思った瞬間、舌がやけに乾いた。
呼吸、立脚、再編。沈黙の三拍子。
失敗を隠すな、整えろ。俺が教え込んだことだ。
王城は静かだった。怒鳴る声も、泣き声も、すっかり吸い込まれていた。
静かすぎて、あらゆる音が裏切りに思えた。
それでも秩序が崩れなかったのは、誰かが黙り続けていたからだ。
「あの新入りが正論で殴らなかった」「必要最低限だけ伝令した」「通路を締めた」。
断片的な噂ばかりが飛び交っていた。
俺は聞きながら考えていた。
――その沈黙、本当に意図があったのか。
あの夜の彼は黙っていた。だが黙りは逃げではない――。
ずっとそう信じてきた。
だが今は違う。
もしかして、ただ怖かっただけなんじゃないか。
そうだとしたら、あの沈黙を俺は何と呼べばいい?
喋れば状況が壊れる。
壊れた責任が自分に来る。
そう思って、息を詰めたのではないか。
そんな考えが一瞬よぎり、慌てて消した。
そんなはずはない。あいつは沈黙を操る人間だ。
……そうだよな……。
沈黙は罰ではない。熱を均す技法であり、支えるための構造。
頭ではそう分かっているのに、心のどこかが引っかかる。
もしあれが恐怖の沈黙だったのなら、
俺が信じてきたものはいったい何だったんだろう。
風がまた吹いた。
ふと、背筋が寒くなった。
慰めるように回廊の灯が揺れ、遠くで足音が一つ止まった。
その音さえ、あいつの沈黙に似ていた。
「崩壊は止まったか」と、背後で誰かが囁いた。
俺は答えた。
「沈黙が続く限りはな」──そうだよな……。
扉は半ばで止め、音は小さく。
沈黙のあとに残る構造だけが、本当の支えになる。
それを知っている限り、城は、まだ持つ。
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