第20話 輔弼近衛は導かれる(女官長レリア視点)② ~静かなる誓い~
今日も秤が迷う。“正しさ”と“結果”はいつも別勘定……
食堂に着くと、青年は緊張した面持ちで席に着いた。食事が運ばれ、一口目を口にした彼の目が驚きに見開かれる。思わず笑みがこぼれた。
――息子も、初めて香草のスープを飲んだとき、同じ顔をした。
その後、彼は勢いよく皿を空にし、二皿目に手を伸ばしていた。背後から声をかけると、肩を跳ねさせて振り向く。
「……よく召し上がりましたね」
「は、はい。つい、その……」
「“つい”で二皿目は珍しい。食べること自体は悪くありません。ただ――明日を動ける身体で迎えるには、腹加減もまた務めのうちです。いずれ、加減ひとつが務めを左右しますよ」
私の言葉に、彼は真剣な顔でうなずいた。
“良いこと”と“宜しいこと”は違う。若い者ほどそこを混同する。だから、今から少しずつ覚えてもらうのだ。
◇
食後、部屋へ戻る廊下は薄暗く、遠くから祈祷堂の詠唱が聞こえてくる。私は彼に内外を拭くように指示した。彼は私の想定以上にそれらを手早くすませた。
――新任の近衛は、まずこの時点で躓く。彼らは高位貴族の子弟だ。掃除など自分でやったことがほとんどない。聞くところによれば、騎士学校にすら従者を連れることが、黙許されているらしい。
「終わりました、女官長殿」
彼が報告すると、私は一通り部屋を見渡した。
初日にしては悪くない。これ以上手綱を締めるのは悪手だろう。
「初日は所作が粗くなりがちですが、片づけまで崩さない方は少ない。――けれど、それができる人ほど、後で伸びますよ」
「……はい」
彼の顔に少しだけ自信の影が射した。その表情に、また息子の面影が映る。あの子が見せることのなかった顔が、そこにあった。
「明朝は鐘一つ前に鈴を鳴らします。それでも目覚めなければ、私はそれ以上手を貸しません。その結果がどれほど重いかは、ここで学んでいただくとしましょう」
「が、頑張って起きるようにします!」
「“頑張る”は意志。“起きる”は結果。――意志だけでは護れないものが、この場にはあります。王宮とは、結果で評価されるところなのですよ」
「……はい」
言葉が届いたかどうかを確かめるまでもなかった。
青年の瞳はもう、さっきまでの迷いを含んでいない。
この子はきっと、逃げることを恐れながら、それでも前へ進もうとするだろう。
だから私は支える。“逃げた者として”支える。
息子の死という現実から目を背け、逃げ込んだ先がこの務めだった。
――自分の弱さを知っているからこそ、手を差し伸べられることがある。
その罪を抱えたまま、なおここに立つ意味は、きっとそれだ。
◇
「それではおやすみなさい、アレン・アルフォード殿」
「おやすみなさい、レリア・ラインハルト女官長」
扉が静かに閉まる音を背に、私は踵を返した。
部屋の奥で青年が寝台に腰を下ろす気配がする。沈む音、息を吐く音――それらすべてが、新しい朝への助走のように聞こえた。
窓の外には、夜の気配が残る空が広がっている。だが、それも長くは続かない。
夜は終わる。朝は来る。
王族という秩序の中で、彼はきっと、自分の足で立つ術を学んでいくだろう。
私はただ、それを支える“目と手”であり続けるのだ。
息子にしてやれなかったことを、この青年にしてやるために。
――それが、私の選んだ生き方だ。
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次回は21時頃投稿の予定です。
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