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第2話 辺境三男 王都に行く ~王都は思ったよりザルでした~

「王都に着いて早々、道も人生も迷ってる。結局この場所、僕の居場所なのかすら怪しい。」

希望は大きく、財布はかるく。



辺境の貧乏貴族家に馬車なんて、あるわけがない。

だから当然のように、乗り合い馬車で王都へ向かう。


車輪が凍った轍を叩くたび、尻に響く。

(……これが上京ってやつか。もっとこう、夢とか栄光とか、そういう感じがするもんだと思ってたんだけど)


藁束の上に座布団代わりの外套を敷いたが、焼け石に水。

冷たい。硬い。痛い。

どうやら出世街道ってのは、思ってたよりずっと荒れ道らしい。


──昨夜、母上が言った。

「逃げて、生きて、帰ってきなさい。

……それが、アルフォード家の“生き方”よ」

(逃げろ、か……俺の“最初の剣”だな)


        ◇


御者台から号令が飛ぶ。

「休憩!」


馬車が止まり、分岐に小さな茶店が見えた。

湯気が立ちのぼり、香草と焼き栗の匂いが風に混じる。


「兄ちゃん、旅人かい? 栗パン要る?」

「二個。……代わりにこれ、干し肉少し」

「物々交換!? 辺境の子かい?」

(……父上から渡された路銀、思ったより軽かったんだよな)


母上の財布の紐の固さは――まあ、言うまでもない。


パンをかじる。甘い。

けど、甘さの奥が空っぽで、急に家の鍋が恋しくなる。

母上の野菜スープ。塩が薄くて、でも熱くて、腹の底が落ち着いた。

(……こっちは味はあるけど、骨がないな)

向かいの客があくびをして、御者が鞭を鳴らす。

車輪がまた、凍った道を叩きはじめた。

(ま、これが“王都への道”ってやつか)



道が緩やかに登り、丘を越えると――景色が変わった。

雪の光が跳ねる向こうに、白く高い城壁がそびえていた。


門前には人と荷車の列。

検問の兵士は槍を持ち、帳面をめくるだけで顔を上げない。


「入都税は?」

「侯爵家の推薦で、王立騎士学校入学のために参りました。入都税は免除と伺っております」

(……“伺っております”なんて言葉、辺境じゃ滅多に使わないけどな)


「推薦状は?」

封筒を差し出す。赤い蝋は、もう端が欠けていた。

兵士はちらと見て、無表情のまま印を押す。


「通れ」


城門の陰は油の匂いが薄く、鎧の鳴りもまばら――“見ていない音”。通常の入都税は二シリング、侯爵家の推薦は全免――帳面の印は、そのくらい重い。


城門をくぐると轍の音が変わった。

石畳が靴を噛む乾いた音。蹄の硬い響き。人の声が折り重なって風になる。

土と獣の匂いは消え、代わりに香料と油、焼いた砂糖の匂いが混じっている。

(甘い。けど、スカスカしてるな……空気まで飾り物かよ)


宿へ荷を置き、案内状の地図を頼りに王立騎士学校へ向かう。

通りごとに色が変わる。青い旗の行商通り、赤い幌の肉屋通り、灰色の官庁街。

きれいに区切り、きれいに流し、きれいに忘れるように作られた街だ。

通りの果てに、白い門が見えた。

王立騎士学校――王都でもっとも格式高い学び舎。

門の前には、同年代の少年少女が集まっていた。

白い外套、銀の留め具。俺の上着は厚手の麻。肩の継ぎが一つ。

視線が一つ、二つ……刺さって抜ける。

(……あんまり見るなよ。これでも一張羅なんだぜ)


「アレン・アルフォード」

背の曲がった老教師が名を読み上げた。

「はい」

「ふむ、辺境の……特例推薦。書類の字がやたらと読みやすいな」

「書き慣れてますので」

「よろしい。――『文は心を映す鏡、筆を正せば心も正し』と言うからな」

「《古諺集》の一節ですね」

「ほう、よく知っているな。……筆の重みを知る者は、言葉の重みも知る」

(帳簿の字が汚いと父上が必ずそう言っていたからな)


入学手続きを済ませ、宿から寄宿舎へ移った。

明日が初日。落ち着けって言われても、無理だよな。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


さて次回は入学初日。渋声のラウレンス先生が「止める者がいなかった三つの禍」を語り、板書は眠いのに言葉は刺さります。模擬戦では“二合・三合・四合”で間合いを測り、私は剣より先に相手の重心と自分の寿命を計算。首席は取れるけど、胸に湧くのは誇りより「この学校、ぬるま湯では?」の不安。



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