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第17話 輔弼近衛は登城する(先輩ラース視点) ~秩序の音~

教材が五感で飛んでくる実地講義。扉は叩いて潤い確認、靴音で人柄スキャン、香りは補助線。




朝の王宮は、見た目ほど静かじゃない。

石は冷えて鳴き、扉は油の差し忘れをきしみで告げ、人間は「気づかれたくない足音」を必死に隠して余計に目立たせる。――そういう場所だ。


門兵が合図を寄越した。新入りが来たってさ。

黒い外套、借り物みたいに肩で浮いてる。目は真っ直ぐだが、手汗で柄を濡らすタイプ。

名前は――アレン・アルフォード。辺境子爵家の三男で騎士学を校首席卒業きたもんだ。

「輔弼近衛」? 知らん。俺だって今朝初めて聞いたわ。


階段上で侍従長のアーガストが迎える。あの人の言葉は端正で、刃が見えない。

「礼を数える心で進め」だとさ……相変わらずだ。

新入りは素直に頷いた。素直すぎるのは、王宮じゃ傷になりがちだが、初日ならまあ合格。


詰所で引き継ぎを受け、俺は新入りに向き合った。


「侍衛近衛、ラース・バレンティウス。本日だけの案内役だ」

「アレン・アルフォードです。ご指導のほど、よろしくお願いします、バレンティウス様」


礼儀は悪くない。声も出てる。だが「バレンティウス様」ってのはいただけない。


「ラースでいい、様もいらん」

「了解、ラース殿」

「殿もいらん」

(……堅苦しいのが入ってきやがった)

 

     ◇


近衛が王宮で最初に叩き込まれるのは、決まっている。 地図でも規則でもない。音だ。


「扉、叩け。蝶番の返事を聞け」


新入りが指で軽く打つ。金属は低く鳴って、油は二日サボり。

俺は侍従にいいつけて油を用意させる――「無駄な音は“これから動きます”の合図になる」。

新人は目を丸くする。――いい顔だ。初日に刻まれたことは、骨の髄に刻まれる。


「靴音――あれは言葉より雄弁だ。

踵で鳴らす足音は、何かに追われている音。地面を叩きつけてただ前へと逃げたがっている。

爪先が先に落ちる音は、待てぬ者の音。前のめりで、踏み出す先を探している。

緊張しているやつは歩幅が狭い。


名と顔だけじゃ足りん。

歩様で識れ。」


「……はい」


返事は素直、目も動いている。聞き流してるだけの奴とは違う。

けど――“わかったつもり”ってのが一番危ない。

足音が聞こえたなら、耳で終わらせるな。その先に“誰が”“なぜ”そこを通るのかを読む。そこまで踏み込めて、ようやく一人前だ。


「香りも拾え。糊の匂いなら侍女、墨なら文官、薬なら医官、火なら厨房だ。

香りは足跡だ。王族方の好みは、人より先に角を曲がってやって来る」


鼻が利くやつは伸びる。――辺境の馬小屋で育ったお前なら、嗅ぎ分けには慣れているはずだ。

そういえば俺も新入りの頃、師匠に言われた。「馬の顔色が読めるなら、人間も読める」とな。

新入りが苦笑いした。――それでいい。“香り”は考えるものじゃない、染みつかせるものだ。


     ◇


――耳と鼻の次は“目”だ。小広間の動線確認、ここからが現場だ。


「まず、全体を観ろ。どこから入って、どこへ抜けるか――流れを見極めろ」

「奥扉は退避に使える。だが、人が多く目も多い。危急の時は手前を抜けろ」

「窓は高く、絨毯は厚い。――音は吸われ、耳が鈍る」

「柱の影にも、人は立つと思え。主の視線を切るな」

「卓は、通り道から半歩ずらせ。角が袖に引っかかれば、動きが止まる。動きが止まれば、空気が乱れる。……秩序は、そういう“ほころび”から崩れる」


「……わかったなら観てみろ」

新入りは、黙って小広間を一周し、死角を三つ指した。――悪くない。初日にしては上等だ。口に出す気はないがな。


俺は扉を半ばだけ開けて見せる。


「空間は“線”で決まる。全開は“呼び込み”だ。外の空気まで引きずり込む。足を踏み入れなくていい者まで、勝手に入ってくる」

「全閉は“拒絶”だ。一歩目で迷わせる。逡巡は場を冷やす」

「半ばは違う。“どうぞ”と“ここまで”を同時に示す。迎え入れはするが、線は越えさせない。……それが“秩序”ってやつだ」


「……了解しました」


新入りが扉に手をかける。動作に遅れがない。

――いいぞ、若造。今日は倒れるまで詰め込むぞ。


アーガストが背後に立つ。あの人は、気配を隠すのが上手い――気づけばすぐそこにいて、余計な一言すら落とさない。


「余計なものが目に入らぬ」


短い合格。だが、あの人はすぐに甘やかしたりはしない。


「だが、“汲め”が先だ」


新入りの喉がごくりと鳴る。“汲む”ってのは言葉じゃねぇ。沈黙の“なぜ”を、見えない底からすくい上げることだ。

とくに王族相手の“汲む”は、外した瞬間に即死だ。

……お前にできるか? できなきゃ、お前が沈むだけだ。俺たちは見てることしかできねぇ。


     ◇


昼過ぎ、上から臨時の打ち合わせが降ってきた。王族の臨席はなし。

文官の筆先、侍従の視線、医務官の瓶の置き位置――全部が場の呼吸だ。

新入りは、誰がどの椅子に真っ先に座るかを見てた。いい。そういう“どうでもいいこと”の積み重ねが、秩序になる。


散会。扉が閉じて静かになる。

こいつの肩、少し下がった。

初日の顔ってのは、どこかで力が抜けるもんだ。……だが、目は死んでない。


「初日の顔だ。悪くない」


褒めすぎると勘違いする。だから、それだけで十分だ。

何も起きないように張った手ほど、誰にも気づかれない――それでいい。そういう仕事だ。



お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

ラース殿いわく「今日教えたのは侍衛近衛の仕事」――はい?

俺の役は“秤”。何を量るのかは、まだ誰にもわからない。

(せめて今夜は七分の腹で寝ろって助言、いちばん役に立つ)



次回の投稿は21時頃の予定です。


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