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第14話 輔弼近衛は崩れ落ちる。 ~ラースの笑顔の裏~

議題も時刻も未定なのに、先に整えるのは“何も起きない”ための段取りを整える。

――肝心の自分の職務は、まだ謎のまま。


「本日の打ち合わせは、時刻も召集も、さらには議題すら未定だ」

「未定……でございますか」

「未定の時ほど、こちらは定めることが多い。扉は半ば、死角は消す、視線の線は守れ。――待つのも務めだ、アレン」

「承りました」

(時刻も召集も議題も未定――やることは、待つこと)


   ◇


午後の鐘が二つ重なった。打ち合わせは始まり、そして終わる。御方々の臨席はなく、集まったのは侍従、文官、書記、医務官の補佐。事件はない。

だが、誰の視線がどこへ向き、誰の指が紙のどの端を好むか――些末の積み重ねが、場の呼吸を定めていく。


「見たか?」とラース。

「はい。早口の方ほど席につくのが速く、慎重な方は扉をゆっくり閉めます」

「侍衛は剣先を見る。輔弼は心根を量る――似ていても、見る点が違う」

(まだ水を掻いているだけだ)


散会。最後の一人を見送り、扉を閉じる。静寂が戻った。

(……崩れずに済んだ。次は視線の線を保つ)


廊下で、ラースが短く頷く。

「初日の顔だ。悪くない」

「ありがとうございます」

「褒めすぎると勘違いするから言わんが――誰も躓かないことほど、誰も気づかない。それでいい」

「はい」

(躓かぬように敷く――それが務め。今日は敷けた)


イオが巡見帳を示した。

「記述は済みましたか」

「これからです」

「最初の一行は自分のために。――本日、王宮に入る。それでよろしいかと」

「……はい」


席に戻り、筆を取る。白が眩しい。深く息を吸い、吐く。

最初の一画を静かにおろした。――本日、王宮に入る。

(「俺、見参」とか書いたら怒られるよね)


   ◇


夕べ、詰所の扉が軽く叩かれ、侍従長が姿を見せた。

「明朝、陛下の御出座あり。時刻未定、動線は二通り。貴殿は詰所待機。合図次第で西回廊へ」

「承りました」

「よい返事だ。――アレン殿」

「はい」

「近衛は王族の傍に侍るのが常。だが輔弼近衛は、傍に立つだけでは足りぬ。御方々の歩みに躓きがあるなら、見えぬところでそれをどけよ。言葉が過ぎれば受け止め、足りなければ添えよ。守るのは命ばかりではない。名と未来だ」


胸に残る。思わず立ち上がり、深く一礼した。

「肝に銘じます」

侍従長は頷き、去る。扉の音が静かに落ちた。

(名と未来。重いが、いいセリフだ)

巡見帳の末尾に一行を足す。――明朝、影として動く。


   ◇


夜の見回りを終えると、ラースが言った。

「さて、今日一日どうだったかな、アレン殿」

「初めてのことばかりでしたが、慣れればなんとかやっていけるかと」

「なるほど、感心なことだ」

(喉が軽く鳴った)


褒め言葉が落ち、背筋が半寸伸びる。ラースが意地悪く口元を歪めた。

「そこで残念な知らせがある」

「何か手落ちがありましたか」


「今日、貴殿に教えたのは侍衛近衛の仕事だ」

「……はい?」

「貴殿の職務は輔弼近衛。――我らとやることは違う」

「つまり、どういう意味でしょうか」


「大したことはない。今日やったそれは、貴殿の仕事じゃないという意味だ」

(……は? じゃあ今日の「音」も「香り」も「動線」も、無駄?)

「大したことがないとは思いません。では、自分は今日、何をしていたのですか」

(返せ――今日の俺の感動を!)


「まあ、そう言うな。同じ王宮で働く仲だ。我らの仕事も知っておいた方がいいと思ってな」


面白がるような笑みだ。

(どこが可笑しい。笑いものだったんじゃないか)


「笑っている場合ではありません。――それじゃ輔弼近衛は、何をすればいいのですか」


抑えきれず、声が出た。ラースは平然と答える。

「さあな、『秤』だとさ。剣でも盾でもねぇ――“秤”って呼ばれてる役目らしい。何を量るかまでは、俺にもわからんがな」


胸の内で結び目が固くなる。

巡見帳の明朝の欄を――一行、空けた。未定の行として。

空白の音だけが、静かに残った。


本日もお読みいただきありがとうございます。


【次話予告】

侍従長の視点でわかる、“在り方”は最初の一歩で決まるってやつ。

「書かれていないことは汲め」――その“井戸”、底が見えないんですが。

(名と未来まで守れって、剣より重い荷は両手じゃ足りない)


次回の投稿は21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

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