第12話 輔弼近衛は登城する ~初めての王宮~
動線、死角、塞ぎを覚えろで一日目終了。足より脳のほうが先に筋肉痛。
王宮の大門は、見上げるだけで胸が詰まる高さだった。白い大理石と金の意匠が朝に溶ける。街の喧騒は、一歩だけ退いた。——ここが、陛下の御座す場所だ。
深呼吸をひとつ。柄を握り直し、門兵の前へ進む。
「失礼いたします。新たに輔弼近衛を拝命しました、アレン・アルフォードです。侍従長ベルネウス卿への取次をお願いいたします」
二人の門兵が鋭い眼で測り、ひとりが儀礼剣を掲げて敬礼した。もう一人は槍の石突で石畳を一度だけ静かに打つ。合図ひとつで、場が締まる。門前の列が一歩だけ揃った。
「承知しました、アルフォード殿。身元を確認のうえ、侍従長へ取次ぎます——少々お待ちください」
片方が奥へ駆け、門前に静寂が落ちる。風と鎧のきしむ音だけが耳に触れた。
(騎士学校の丘から眺めてた“遠い場所”が、いま目の前か……こんなに大きくて、手の届かないものだったんだな)
やがて戻った兵が恭しく告げる。
「侍従長ベルネウス卿より、お通しせよとの伝達です。ご案内いたします」
「感謝します」
◇
大門が朝の光をすべらせて開く。黒鉄の蝶番が低く唸り、楡並木の彼方から香の薫りと石の冷気が流れ込む。
門をくぐる。一歩、また一歩。近衛の黒衣はまだ肩に馴染まず、縫い込みの紋が小さく軋んだ。
正面階段の上に、銀糸の肩掛けを纏った男。撫で付けた白髪、まっすぐな背。——侍従長ベルネウス卿だ。
「アルフォード領、アレン・アルフォード殿だな。陛下より侍従長の任を賜る、アーガスト・ベルネウス子爵だ。ようこそ王宮へ。ここから先は臣の歩み、段を数える足ではなく、礼を数える心で進まれよ」
「は、はい。承知しました」
(“礼を数える心”……古典の授業を思い出すな)
階段を上がりながら、心の中で礼を一つ、二つと数えた。足は段を踏むが、数えているのは礼。
ベルネウス卿は踵を返し、影のように肩掛けを翻す。
「本日より、貴殿は輔弼近衛に任ぜられる。——この席は長らく空位であった。正確に言えば、任命はこれが初だ。御方々の歩みに影を添える者はいなかった」
「……これまで、いなかったのですか」
「そうだ。ゆえに、貴殿から輔弼近衛の歴史が始まる」
(重いってば。……今、しれっと“歴史が始まる”って言いましたよね。俺、ただの辺境貴族の三男なんですけど)
◇
回廊は静かだが、沈黙はしていない。蝋の匂い、磨かれた真鍮、絨毯が靴音を吸い取る。
「詰所は西側、文庫棟と政務棟のあわいに置いた。王族の間に最短で通じ、公務の出入りを見失わぬ配置だ」
「承知しました」
詰所は簡素だった。机が二つ、壁の書架、隅の鎧架。小窓から斜めに光が落ちる。
(王宮だし、金銀の机とか彫刻とか並ぶのかと思ってた。……普通に現場だ、ここ)
侍従長は引き出しから薄い冊子を取り出し、手渡す。
「巡見帳だ。出入り、通達、御方々の動向。必要なことは必ずここに刻む。——書かれたことは守れ。書かれていないことは汲め」
「……御心を、ですね」
「そうだ」
(“汲む”って簡単に言うけどな。うちの井戸だって底が見えるまで一日がかりだぞ。御心の深さ、何尋あるんだ)
侍従長は細いペンを取り、表紙の余白に名と日付、それから『初登城・門前取次』と一行だけ記した。
◇
戸が軽く叩かれた。入ってきたのは、短外套に別紋を縫った近衛。装いは実戦的で、飾り緒も簡潔。
「侍衛筆頭、ラース・バレンティウスと申す。本日限りの案内役を仰せつかっておる。——輔弼近衛の実物は初めて見るが、悪くない」
(え、先輩じゃないの……いや、悪くないってなに)
「ご紹介にあずかり、痛み入ります。アルフォード子爵家三男、アレン・アルフォードと申します。今後ともご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願い申し上げます。バレンティウス様」
「ああ、ラースでいい」
「了解、ラース……殿」
「殿もいらん」
(いや、呼び捨ては無理だって)
「この者に動線と常の心得を授け、初日の躓きを減らせ」
侍従長は短く命じて去る。
ラースは頷き、言葉少なに告げた。
「行くぞ、アレン。まずは“どこが通じ、何が塞ぐか”を覚えろ」
「お願いします」
(塞ぐ、か。通じる道ばかり探してた俺に、初日からそれ出すのか)
それでも——歩を進める。逃げ場のない王宮で、俺は量る側へ、最初の一歩を踏み出した。
お読みいただきありがとうございます。
【次話予告】
扉は音で覚えろ、足音は性格を喋る、香りは足跡――耳鼻目フル稼働の教導開始。
「視線の流れを作れ」とか、学舎に無かった科目が平然と出てくる。
(“気づかれない準備”が最上って、難易度だけ音もなく最高なんだが)
次回は21:00に投稿予定です。
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