表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
104/108

第101話 王朝秘史④ ~黙之雄弁~

本章最後の《王朝秘史》です。

今回の王朝秘史は、五卿会議における輔弼近衛の裁きが、後世の法学と王朝史においてどのように解釈され、「秤は理の内」という一句とアレンの沈黙がいかに扱われたかを、史家の視点から整理する章です。

※本幕間は、大逆の審理における「沈黙」をめぐり、秤・詔・法の順序がいかに争はれたかを記す。

後段「詔学記釈義」は、沈黙を倫理の奇譚に非ず、制度の留白(欠刻)として読み替へる試みなり。


     ◇◇◇◇◇


冬の王都、戦乱を漸く潜脱しのち、五卿会議の帷、静かに垂る。王族、とばりの内に在りて聴き、直に御前せず。廷前にてせいせらるる者、輔弼近衛アレン・アルフォード、謂ふところの「秤」なり。

覚えなきままに大逆のとがを問はるる。然れども真の裁きは剣尖けんせんにも弁詞べんしにも在らず。沈黙と手続、ならびに制度の構へに蔵さる。


法務卿、問いて曰く、「汝、何をせしや」。

アルフォード、「はかりたるのみ」と一言して、其の後終ごしゅう始黙しもくす。


五卿・宰相・法務卿、皆、場の温み退しりぞきて、寒気の降るをはだえに覚ゆ。

或人、袖口を正すに、指先わずかにわななふ。


法務卿、続けて曰く、

「旧句に曰く、秤は理の内、法はその形を与ふ。ゆえに秤は法の下にき、しかる後に働かしむ」と。


アルフォード、つひに沈黙を貫けり。

れたる法務卿、曰く、「沈黙はがへんとみなす」と。

然れども、アルフォードなお答へず。


法務卿、さらに宣して曰く、

「アルフォードが刃を向けたるは王族にして、行為にあらず。対象を誤るときは法条による保護及ばず、違法性いほうせい阻却そきゃく、成立せず。故に大逆なり」と。


ここに宰相、五卿の前に立ち、声低く法務卿をいさめ曰く――

しょうに曰く、『秤は理の内』。これ、器(法)の外に遊ぶにあらず、理ののりを以て律せらるるものなり。法は国の血なれども、血のみにて国は動かず。思ふに、貴卿の此度こたびの所論、夢宮之衰むきゅうのすいてつに近し。詔は法の及ばざる隙を理にて繋ぎ止めたるものなり。

よって、制度に不備明らかなれば、輔弼近衛アレン・アルフォードへの大逆罪判決は無効たるべし。この旨、王の御裁ぎょさいに付し、本件の終息をそうす」


沈静なる気配、満ちて、五卿みな黙し言を発せず。

ただ宰相の言葉のみ、歴史の裂け目に響く。


法務卿、かの定式を唱へつつ、終に悟る。己が規則運用、詔の位をおおひ、秩序をみだしたることを。

其の独白に曰く、

「余は敗れたり。順序を誤れり」。

敗辞の裏には、「秤」「詔」「法」の距離と次第を改めて引かんとする苦渋、隠然として存す。


また宰相は、沈黙の義を制度知に移さんとして言をのこす。曰く、

「沈黙は事実の抽出にして、責の一身引受なり」。

是れ、倫理を記録と手続へ繋ぐ始点なり。


歴代の王朝、象徴の曖昧ゆえに制度を損ねし例多く、本件もまた然り。


後哲曰く――

この秘史の教ふる所、簡にして要なり。曰く、

行ひは記録となり、手続を経て、制度に至る。順序は易く覆らず。


国の興廃、必ずしも矩律くりつらず。究竟きゅうきょうは、操持する人に懸る。およそ法令・章程たるや、世運とともに容貌を変じ、また常に正義に合するものに非ず。けだかなめは、その場場において、一人ひとり自ら秤を執り、己が身を以て責を負ふ覚悟に存す。


沈黙は、ただ規矩きくや成文に託して責をのがるるすべにあらず。己が決断と覚悟を一身に凝らす、烈々たる証なり。若し大義の志をうしなひ、法則や順序のみに依りて安んずるときは、制度もまた空洞となり、歴史は重ねて亡失と過誤のみち辿たどるを免れ難し。


人移り、時移ろふとも、独り“量り手”の節操と胆力こそは、世を貫き、国を導く根本にして、他に比肩すべきものなし。


――称之曰これをしょうしていわく黙之雄弁もくのゆうべん」と。


     ◇


詔学記釈義しょうがくきしゃくぎ

古記「黙之雄弁」所収の事件、後世“沈黙の議定”と称す。

この年、王朝は戦乱のじんようやく鎮めたるも、法と詔とが未だ調ととのはず。

学者ユリウス・コルネリウス、旧史を紐解きて『詔学記』を著して曰く――

「秤と詔との秩序、当時すでに制度外に在り」と。


彼、史書の断簡だんかん披見ひけんし、かの沈黙の定式を引用して、これを倫理説に非ず、まさしく政治文体の転轍てんてつ、制度理念の画期にして解す。曰く、沈黙の制度化とは、発話の意が形式へと還元されるその一瞬を指し、この形式、すなわち後世法典学の称する審理文言の端緒たんしょたり。


論者の間、議論しきりに起こる。沈黙を承認と唱ふ輩あり、後日、院議これをしりぞく。一方、宰相の言をして『制度更新の遺詔いしょう』となす者あり、また一方、沈黙によりて権威の承認を証せしと見る者あり。

しかれどもユリウス、明断して曰く――『彼ら、沈黙を論じて辞をつづるのみ、沈黙その本質をきわめず』と。彼が解するところによれば、沈黙は詔文しょうぶんの欠刻にして、即ち“制度の留白るはく”のしるべなるなり。


留白、すなはち余白。

斯くて理、その奥に宿し、後の世の法吏これを『秩序の曖昧域』と称し、条尾に「該当せざるものは理に従ふ」と記す例を生み、後に沈黙条文と総称される。


ユリウス、稿末に記して曰く。

「沈黙は空白に非ず、空白を空白たらしむるは、これ標となるものなり。

制度は語らざる処にて呼吸し、人は閑寂かんじゃくに耳を澄ます時、はじめて理の深奥に触れること能ふ。」


而して『詔学記』は、王朝末期の知の伝者、秤の伝説を史料学の筆に移し留めし最後の証となれり。但し、沈黙を“同意の印”と読み替へんとするたくらみ、時に起こる。記録の作法、ここを以て境とす。斯くして“黙”に帰した制度の観念、再び紙上に蘇りて、聴き手なき詔の理念は記録を媒にして永劫を巡りつづけん。


――後史また書して曰く、

「黙すこと、ゆゑに伝はる。これ、史の第二の声なり」と。


     ◇◇◇◇◇


要するに、黙は同意にあらず――責を一身に引受け、制度の呼吸を次代へ繋ぐための「史の第二の声」なり。


最後までお読みいただきありがとうございます。


これで第一部 第一王子編は完結です。


【次話予告】


次の2話は本編ではなく「王朝秘史演義」として王朝秘史をわかりやすく現代語で書いた人の視点から書いております。



次回の投稿は明日21時頃の予定です。


★★★★★★★★★★★★★★★★★★

【皆様へのお願い】


面白い/続きが気になると思っていただけたら、


『ブックマーク』、『☆☆☆☆☆』、『感想』、『誤字報告』をいただけると大変励みになります。

(ついでにとても喜びます)


皆さまの声援だけが心の支えです。

★★★★★★★★★★★★★★★★★★


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ