第99話 法務卿の独白(法務卿視点) ~詔と言葉、法と秤~
儂は敗れた。詔を軽んじ、秤を法の下に置こうとした――そう裁断された。弁明は要らぬ。順序を誤ったのだ。筆の腹が小さく滑り、黒が一点だけ濃く滲んだ。本来は詔を先に掲げ、その下に運用の条を置くべきところ、儂は条を先に振りかざした。詔は上に掲ぐるものであり、手続がその影を作ってはならぬ。ここが敗因である。
それでも、秤を法の下に置く必要は揺らがぬ。置くとは縛ることではない。位置を定め、通る路を示し、責任の行き先を明らかにすることだ。担い手が替わっても、止まりは同じ高さ、命令は同じ幅、記録は同じ重さ――その均一が国家を回す。詔の一句「秤は理の内に在り、法の内にはあらず」は、権力の外帯で均すための安全距離を示す。距離だけでは止まり方は揺れる。揺らさぬのが法だ。詔は上に据えたまま、下で受け止める層を作らねばならぬ。
儂が先に刻むべき芯は一行で足りた。「秤は人に及ばず、行為に及ぶ」。この一文を詔の直下に置き、身体の不可侵と号令権の帰属を動かぬ線として明示する。そのうえで、現場で使う言葉を短く続ければよかった。退進は保全と位置づけ、王族は列頭に立たず、指揮は隊長へ復帰する。角笛は二短二長、旗は赤から白へ、列は横転・梯子帯・受け渡しで路を開く。秤の介入は図と印と命令に限り、接触・威迫・拘束は禁ずる。介入の理由・要件・代替・時刻を定型で記し、二刻以内に監察へ回す。暫定は二十四刻、延長には認可。これで秤の一拍は法の拍へ自然に繋がる。儂はこの順序を遅らせ、詩句の解説に逃げた。遅延は過失だ。
「暴」は刃傷の比喩ではない。専断・封鎖・秘蔵・越権――公権の違法行使のみを指す制度語として固定し、秤の介入対象をその行為に限ると短く定める。象徴の扱いも分ける。詔は掲示と奏上に限る。葬送の器物に転じさせぬ。善意であれ、儀礼が法的効果を生まぬよう導線を閉じる。熱は敬うが、法は温度で形を変えぬ。距離は文で確保する。
沈黙の扱いにも甘えがあった。若者の沈黙は場を止める最後の手であり、徳ではあっても証明ではない。儂はそれを弁論の材料に使った。以後は、沈黙を即座に記録へ置換する。秤自身が趣旨を百字で記し、同行責任者が事実を対向で記す。監察は危険度・即時性・代替可能性・不可侵・比例の五点を確認し、時刻と印をそろえて審理を走らせる。飾りは要らぬ。期限・印・時刻が揃ってこそ国の言葉だ。
退進を恥から外すには、反復で固定するしかない。広報文は毎度同じにする。「退進は保全であり、保全は次戦への供出である。王族の名誉は抜刀だけでなく納刀にも宿る」。物語ではなく運転の復唱として、王都でも砦でも同じ文を流す。言い習わしは反復で立ち、反復は制度の強度になる。
本来、これらは法務院の印で出すはずだった。だが法務卿は更迭され、儂にも「法務卿」としての力はない。空白を放置すれば、現場は再び個々の徳に頼る。徳は尊いが、制度が代わりを務めねばならぬ。ゆえに王命の裁可を仰ぎ、政院告示として暫定の運用内規を立て、監察には即時審を走らせ、軍務には附帯細則として既定の型を再通知する――ここまでを文案として整え、後任が印を押すだけの形で引き渡す。儂が押せぬなら、誰でも押せるよう短く書く。詔を上に据えたまま、下で回る歯車を紙に移す。今できるのはここまでだ。
儂はなお、法の絶対を信じておる。絶対であるべきは威ではなく線。不可侵・比例・補充・即時性――誰が見ても同じ位置に引かれた四本の線が、毎回同じように働く国を残す。それが宰相としての、そして法吏としての務めだ。人は替わり、季節は巡る。線だけは動かさぬ。そのために詔を掲げ、秤を法の下に置く。敗北の印は儂が負う。印を負う者だけが次の紙に線を引ける。線は短く、濃く、二度。
もはや儂に「法務卿」としての力はない。だが、法の理を表して残すことは法吏としての儂の義務であり、最後の矜持だ。
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