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第98話 輔弼近衛は沈黙す 

2日後の朝、俺は正式に審問会に呼び出された。

容疑は「大逆罪」。

事態の大きさを鑑みて、法廷ではなく五卿会議の場で審議は行われる。裁判官は法務卿、弁護役は宰相だということだ。


俺は被告席に立たされた。

正面には裁判官として法務卿。俺の傍の机には弁護役として宰相が座している。

他の諸卿は右側の座席に座り、左側には帷が降ろされていてこちらからは見えないが、恐らく王族たちが聞いているのだろう。


裁判開始に辺り法務卿が罪状を読み上げる。


「被告アレン・アルフォード。王暦九百四十五年三月一日、霞丘前戦において王子殿下に剣を向け、その進路を威迫をもって遮断した。かの所為、王族に対する叛逆の疑い濃厚により、大逆罪の審理に付す」


俺は微動だにしなかった

(……やっぱり問題になったか)


宰相が形式上、弁護人として問う。

「アルフォード、お前はなぜそのような行為に至った」


俺は一礼ののち答えた。

「量ったのみにございます。」

(……俺に許されているのはそれしかないし)

握った親指の爪が掌に食い、脈の拍だけ痛んだ。


帷の内は静かだった。砂時計の糸が落ちるたび、場の温度がわずかに下がる。法務卿は巻子を机に置き、宰相ではなく紙面に向けて、言葉の置き場を確かめるように口を開いた。


「秤は法の外にある、という古い句がある。「秤は理のうちに在り、法のうちにはあらず」。だが儂は、これを刑の免れを宣する文言とは読まない。理が進むべき方向を示すなら、形は法で与えねばならぬ。ゆえに秤は法の下に置く。置いたうえで働かせる。それが国家の骨格だ」


法務卿は続ける。

「「詔の一句「時に刃を抜きて其の暴を止むべし」も、奔放な免罪符ではない。「時に」は例外の扉だが、扉には鍵が要る。比例・補充・即時性・不可侵。この四つを満たしてはじめて、刃は合法の姿を得る。王族の身体に向ける手段は不可侵により線外だ。秤が振るうべき刃は、図と印、倉と路――公に向く強制であって、私に触れる威迫ではない」


宰相は顔を上げた。視線は静かに、言葉は前へ出る。

「では問う。刹那に誰が止める。詔は秤に非常停止を授けた。アルフォードは最小の威圧で止めただけだ。詔は秤に非常停止の留め金を与えた。その実効をここで殺すのか」


法務卿は首を振らず、論を重ねる。

「『暴』は刃傷沙汰の意ではない。詔の連辞は〈直言(政策への発言)/志を形に(政策の設計)/時に刃を抜きて其の暴を止む〉と行政行為の段階を踏んでいる。ここでいう『暴』は、政治的専断・違法な施政(暴政・専断・秘蔵・封鎖等の公的行為)を指しており、今回の場合には当てはまらぬ。」


宰相は短く息を吐き、史の一句を引く。

「「刃を抜かざる衡、終に火に呑まれたり」。飢えもまた暴だ。詔の「其の暴」は形を変えて内に湧く。秤が法に縛られ過ぎれば、国は再び火に呑まれる。だから儂は「刃」を強制力一般と読む。王族に斜めにさえ向かわぬ象徴威圧を含め、最後の半拍に届く力を秤に残すべきだ」


法務卿は譲らない。

「――仮に『時に』の要件(急迫・補充)が満たされたとしても、なお足りぬ。詔の『暴』とは政治的行為(専断・封鎖・秘蔵など公の執行)を指す。『刃』もまた行政上の強制(開封・解除・差止)の比喩であって、個人の身体への威迫ではない。アルフォードが向けたのは人であって行為ではない――対象を誤った時点で条の保護は及ばず、違法性阻却は成立しない。以上により……」


法務卿はここで一息ついて言った。

「今回の行為は――大逆だ」


諸卿の席がざわめいた。帷の内もかすかに動いたように見えた。


俺は法務卿と宰相のやりとりを他人事のように聞いていた。

(……なんか難しいこと言っているなぁ。あの時は王子を止める方法が他になかったっていうだけの話なんだけど)


宰相は沈黙を一歩だけ進め、低く結ぶ。

「ならば判決を止めるのは政治の責だ。詔は方向、法は形。私は形を増やす。秤が線の内側で間に合うよう、飢歳条と退進細則を刻む。そのうえで、アレンは秤として理を守った。理を守る者を、形が殺す国にはしない」


砂時計の最後の粒が落ちる。法務卿は目を閉じ、短く頷いた。


「形を刻もう。だが今日の法は今日の名で裁く。秤は法の下にある。よって本件、罪名は大逆――ただし、新たな形の施行を待ち、執行を留めるのが国家の理だ」


帷の向こうで布擦れがした。王の影がわずかに動き、場は定まる。理は外へ、形は内へ。秤はその間に縛られ、なお働く余地を与えられた。


法務卿は俺に質問してきた。

「被告は場合によっては殿下を害する気があったのか」


だが、俺は何も答えなかった。

(……あの場の血の匂い、喧騒、焦りなんて綺麗事じゃなかったんだよ。)

法務卿は少し苛立ったような声で再度問う。

「聞こえぬか。害意があったのかと聞いておる」

俺はなおも沈黙を続ける。

(……あの場にいなかった人間にはわからないだろうなぁ)


俺にはすべてのやり取りが劇を見ているような気になっていた。


一方、宰相は苦悩していた。

彼は政治の理で弁護しようとするが、「秤の行為は詔の先例」と論じるほど、法務卿に論破され、「詔は理ではなく王命、秩序の被造物だ」と返される。

このやりとりで“詔そのものの正統性”すら揺らぐ。アレンは沈黙を続けていて彼の言葉を手がかりに反撃のしようもない。


法務卿は挑発的に問う。

「黙することが、秤の道と申すか」

しかし、俺は沈黙を保った。


宰相が最後に問う、「何を量ったのだ」と。

その問いへの返答もなく、俺は前を見つめているだけ。その視線の先には何も写っていない。


法務卿が重ねていう。

「被告は沈黙を以て抗弁なきものと見なす。弁護の余地はない」

宰相が答える。

「……沈黙を、罪と呼ぶか」

俺は内心で考えていた。

(……罪で構わない。順だけは折らない。それで秩序は持つ)


     ◇


その後俺は初めて言葉を発する。

「裁判長にお伺いします。王国法においては死罪の者には最後の願いを叶えられるという慣習があると聞きますが確かでしょうか?」

「無理なものでない場合にはそのとおりである」

「それならばお願いがございます。私は詔の定めにより輔弼近衛に任じられ、輔弼近衛としては働いて参りました。ならば輔弼近衛として死にたいと思います」

「それで?」

「はい、私の棺の中に詔の写しを入れて埋葬していただきたいと願います」

(……詔は磨かぬものとして掲がれた。ならば、土に返せば理に還る)


法務卿はしばし考え込んだ。

(こやつ沈黙を貫き通しておきながら、このような要求。目的はなんだ?)

「なんのためにそのようなことをする」

「私が輔弼近衛であった証でございます」


(……最後の矜持という奴か。ならば、さして問題ではあるまい)

「被告の願いは了解した。慣習に触れるものではない。希望通り詔の写しを棺に入れて埋葬することを許す」

「ありがとうございます」

(……なりたくもなかった近衛にされて、なにするかもわからない輔弼近衛の役を押し付けれて、一生懸命に務めた挙げ句に大逆罪って、笑い話にもならない。せめてあの詔を道連れに持っていくさ)


「では、これをもって輔弼近衛アレン・アルフォードの大逆罪裁判を閉廷とする」と宣言した。


部屋にはしばしの沈黙。帷の向こうの王族たちも声を出さない。


(……これで法の秩序は保たれた)

法務卿は僅かな安心感を抱いて内白した。


砂時計の糸が切れたような静けさだった。誰も指先すら動かさない。


しばらくの静寂。それを宰相の発言が破った。

宰相がゆっくりと椅子を押し、立ち上がった。 帷の内外、誰一人として息を継がぬ。 やがて静寂を裂くように、低く重い声が響いた。

「判決が出たようだな。それでは宰相権限によって本裁判の判決を保留とする」


法務卿が眼を丸くし言った。

「馬鹿な。何の権限をもってそのようなことをなさるつもりか」

「宰相権限といったであろう。王国法には宰相の特別権限として「大逆罪」や「謀反罪」等の裁判の過程に疑義がある場合に、宰相の権能によりその判決を保留にすることが定められておる」

「確かにその通りではありますが、なぜ今それを持ち出されるのか?」

法務卿は納得がいかないと言った顔で言った。


「今でなければならなかったのだ」

宰相が表情も変えずに言った。

「この裁判中に儂は何度も詔に「剣を持って止む」という文言があり、アレンはそれに従ったまでと主張をしたが、貴卿はそれは概念であり、解釈は法のうちにありと主張して判決を下した」

「それが法の理ですから。宰相殿も同意なされたからこそ認められたのではなかったのですか」

「認めてたわけではない。貴卿には通じぬと思ったからだ」

「だから、判決を保留にすると?」

「違う!」


宰相は力強く答えた。


「問題は貴卿が、詔の写しをオルフォードの棺に入れて埋葬することを認めたことだ」

「死刑囚の最後の願いを叶えるのは王国法の慣習でございますれば」


宰相は小さくため息をついて諭すように言った。

「まだ気がついておらぬのか。詔は不磨の大典。それを棺に入れて埋葬するという行いは、臣が詔を廃したと同義ということに……」


法務卿は青ざめた。

「いや、儂にはそのような意図はございませぬ」

「法の下では目的は手段を正当化しないと言ったのは貴卿ではなかったか。ゆえにオルフォードは大逆罪に問われ死罪の判を受けたのであろう」

「…………」


「詔は天に掲ぐるものであり、地に葬るものにあらず、ゆえに埋葬の瞬間、詔は法実体としてその位相を失う」


「それに貴卿が気がついておらぬことがもう一つある」

「まだ、なにか……」

もはや法務卿の言葉に余裕はなかった。

「貴卿は法に忠実、それは疑いのない事実である」

「そのとおりです。決して私心などは加えておりません」

「だからなのだ」


宰相はここで一息いれた。この場にいるものはすべて固唾を飲んで言葉を待つ。

「貴卿の此度の行い、まさに夢宮之衰の再現に他ならぬ」

その名が呼ばれた瞬間、法務卿の口がわずかに開いた。 声にならぬ息が漏れ、顔から血の気が引いていく。 宰相は構わず言葉を継いだ。

「儂は夢宮之衰の法官たちが邪だったとは考えておらぬ。貴卿と同じように職務に忠実すぎる余りに他事を軽んじ過ぎた」

「…………」

「確かに法は国の血である。だが、血のみで国は動かぬ。そのために詔は輔弼近衛を「法のうちにはあらず、理のうちにあり」と定めたのだ」


宰相は続ける。

「とは言え、貴卿がこれまで国に尽くしてきたことは多であり、「大逆罪」に問うには無情にも過ぎると思う。儂は法官ではないゆえにな」

「…………」

「儂は陛下に罪を減じることを奉奏し、法務卿更迭として事を収めるつもりである」


帷の向こう側から咳払いが聞こえた。

「よって、制度に不備ありと認む。本日の議はこれを取りまとめ、輔弼近衛アレン・オルフォードに対する大逆罪の判決をいかに処すべきか、この結果をもって国王陛下に奏上し、その御裁可に委ねるものとする。異議ある者は、今ここで申し出よ」

五卿は誰も動かなかった。


「さらに付け加える。「何もなかった」のだ。よいな」


俺は未だ被告席で立ちながら成り行きを見守っていた。

(……助かったってことか?)


それは俺にとってはもはやどうでも良いことであった。

ただ、虚しさだけが残った。


宰相閣下が俺のもとに近づいて言った。

「オルフォードよ。ずっと沈黙を貫いておったが、何を考えていた」


俺は短く答えた。

「量っておりました……」


宰相は返す言葉を持たなかった。

法でも理でもなく、人だけがそこにあった。


お読みいただきありがとうございます。


【次話予告】



次回の投稿は明日21時頃の予定です。


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