第97話 輔弼近衛は問い詰められる ~帰還後にいきなりこれって~
砦から帰って湯も布団もスルーで、いきなり五卿に「で、お前なんで殿下に剣向けたの」と詰め寄られる未来までは、さすがに予測していなかった。
鎖が落ち、砦の口が開いた。夜明けの冷えが歯にしみる。殿下の右斜め後ろ、護衛三名と歩度を合わせる。荷は最小、深手は担架で先行。砦長が手を上げ、俺は返す。旗は色が薄いが折れていない。
(……立ってりゃ十分だよな。今はそれでいいって)
斜路は凍り、蹄が石をはじく。谷は狭い。先導が曲がり角ごとに距離を切る。最初の小休止、水袋を回す。殿下は地図を半分開いて、すぐ閉じた。
(……はいはい、今は黙って戻れって合図ね)
峠で雲が裂け、白い光が路面だけを洗う。中継所は刻印だけ、補給は取らない。石畳に替わると、馬が勝手に歩度を上げた。
(……お前も早く帰りたいんだよな、わかる)
城門の検めは短い。人は端に寄り、声は上がらない。
衛兵が敬礼して言う。「輔弼近衛殿、宰相府へご報告をとの伝言です」
殿下が口角を上げた。「輔弼近衛殿はお忙しいようだな」
「ご一緒しますか?」と水を向ける。
「俺は湯を浴びて先に寝かせてもらう。王族特権だ」
互いに頷いて、道が分かれる。(……少しは距離、詰まったか?)
城門で俺は馬車からおりて殿下に礼をして別れてから、宰相府へ向かう。
玄関で佩刀を預ける。腰が急に軽くなる。
(……軽いってだけで救われるな、ほんと)
案内の背を追って三度曲がる。扉が開く。机が一つ、椅子が五つ。宰相、軍務、法務、財務、内務。
(……え、帰還一発目でコレ?なにが始まるの)
中央の少し手前に立つ。靴底に砦の冷えが残っている。喉の奥で一度だけ空気が鳴り、視線が卓の木目を追う。
(……呼ばれた理由は謎だが、聞かれたら答えるだけだよな)
「アルフォード、帰還直後で済まぬ。起きたことをここで確認したい」
宰相の声は低い。
(……やっぱ説明会コースか。正直にいこう)
「承知しました」
霞丘で挟撃。砦前は押し留め、在砦へ移行。殿下は反撃での打開を望まれた。退進を二度進言。
(……順番に置けば足りるって。変に飾るとマズい)
法務卿が口を開く。落ち着いた調子、語尾は固い。
「霞丘の退進で、貴兄は殿下に剣を向けたと聞いたが、相違ないか?」
(……“殿下に剣”ね。そこを突きたいんだな)
「事実です。進言が容れられず、佩刀を抜き、剣先を水平に置いて前進を止めました」
「強制性はあった」
「足は止まりました。ただし刃は触れていません」
「触れずとも威迫は成立する。殿下に剣を向けたという一点が重大だ。理由の如何を問わず、王族への叛意と受け取られる」
(……そこを一点突破で押してくるか。乗ったら泥沼だ。)
「挟撃を受け、殿下は死を覚悟して敵陣へ突入しようとされました。私は声による制止を二度試みましたが、殿下はお聞き入れになりませんでした。輔弼近衛として殿下を生かすことを最優先と判断し、最短で『前へ進めない』と示す必要があったため、剣先を“合図”として用いました。」
「なぜ刃でなければならない」
「時間がありませんでした。数呼吸にて『前進不可』を示し得るは刃のみです」
時合ひ、旗・角笛は三拍遅れ、刃は一拍に満つ。
「合図にせよ、殿下に剣を向けた事実は消えない。違法の疑いは残る」
(……分かるさ、理屈は。けど数呼吸で止める手、他にあるのか?)
「詔の該当条です。『王族に直言して其の過を糺し、時に刃を抜きて其の暴を止むべし』。秤の務めとして、必要最小限の制止を行いました」
法務卿は首をわずかに傾げる。
「詔は一般規定だ。“暴”に当たるかを確認したい。貴兄は当時、どの事実をもって『直言・制止が必要』と量った?」
「状況です。北東の林道から打ち合う金属音と雪煙を認め、背後からの接近を確認。正面は押し気味でも囮で、挟まれれば旗ごと沈むと量りました。援軍の気配はなく、砦へ抜ける退路は正面突破の筋のみ――ゆえに殿下の前進をいったん止め、在砦への退進を選ばせる必要があると判断しました。」」
(……王子は突撃しかけてたんだぞ)
「量ったというなら、貴兄の裁量で殿下の動静を縛ったことになる。秤が法の下にない以上、危うい先例だ」
(……はい出た、“法の下”。そこに連れていきたいわけね)
宰相は視線を動かさない。
(……助け舟は来ないか。自分でやるしかないのね)
「秤は法の外ではなく、先に置かれます。現場で理に基づき均衡を回復し、その後に法が整合する順です。順序を逆にすれば現場は硬直します」
「現場の便宜で、殿下に剣を突きつけた事実は消えない」
(……結局そこ一本で押すのね)
「ご懸念は承ります。ただ、殿下は無事に王都へ戻られました。私は保全を目的として最小の合図にとどめています。どの点が規に触れる恐れか、具体にご指摘いただけますか」
(……まず相手に言わせる)
軍務卿が短く言う。
「その切り分けは大事だ」
(……助かります、軍務卿)
法務卿は視線だけで射抜く。
「確認する。貴兄は殿下に剣を向け、それを“合図”と呼ぶ。強制性の疑いがある。ゆえに秤の行為は法の下に定義し、手段・要件・限界・事後報告を条に置くべきだ。異論は」
「定義自体には異論はありません。ただし、詔を先、理の運用を次、法の整合を後――順番は動かせません。運用方針は王命側から先に出すべきです」
(……箱に入れるのは分かる。でも順は崩せない)
「その運用下でも、貴兄は殿下に剣を向け得るのか」
(……“繰り返す”って言わせたいのバレバレだって)
「“繰り返す”ではありません。同じ条件なら同じ順序で行います。まず直言。届かないと判断した場合に限り、刺突意思なき示示で最小限の制止。目的は一つ――殿下を生かすことです」
(……ここ外したら全部ズレる)
「法の下では目的は手段を正当化せぬ。殿下に剣を突きつけた事実は消えない」
(……それだと殿下を生かすことには意味がないってことになると思うけど)
「正当化ではなく、相当性の確認です。手段は必要最小、時間は数呼吸、距離は一歩半、刺突意思なし。より軽い手段は事前に試行し、護衛動線との衝突も回避済み。目的は保全で、結果として列は持ち、殿下は帰還しています」
(……善意の話じゃない。状況の計算だよ)
空気が浅く揺れる。宰相が口を開いた。
「なお、違法の疑いは残る」
「枠組みは法務卿の所掌です。私は詔→運用→法の順を外さず、秤として為すべきを為すだけ――それだけです。」
(……順を崩したら秤は動かない)
法務卿は紙を整える。
「秤の行為は法的定義を要する対象である。よって、当面は①目的、②必要性、③手段の上限、④事後報告を暫定運用として定める。恒久化に際しては、秤の直言・制止を法の下に置き、要件・限界・報告義務を条文化する。」
(……正面から“法の下”って言ったな。詔、飛ばす気かよ)
宰相が締める。
「きょうは事実確認まで。――アルフォード、最後に。自らの行為を何と位置づける」
「秤として量った結果です。目的は殿下を生かすこと。そのために必要最小限の合図を使いました」
(……ここ濁したら、全部ひっくり返る)
法務卿が一拍置いて重ねる。
「その合図は、今後も殿下に剣を向けることを含むのだな」
(……まだ言質を太く取りたいわけね)
「状況次第で、必要があれば用います。まず直言。それが届かないと判断したときだけ――」
(……俺だってやりたいわけじゃないんだよ)
宰相が頷く。
「二日後に本審議を行う。事態の重大さを鑑みて五卿会議にて、判官は法務卿が務めよ。弁護人は……儂がやるしかあるまい。それまでアレンは北塔にて蟄居を命じる」
礼をして踵を返す。衛兵の後に続いて廊下を歩いていく。足音が長く伸びる。窓の外では旗が一本、風にわずかに揺れている。砦のより色は濃いが、意味は同じ。折れていない。
(……折れてないなら、まだ持てるって)
あの時の状況を思い出す。殿下の目は前を向いていた。こちらの言葉は届いた。届かせるために道具を一つ使った――それだけ。
(……俺は間違ってない。輔弼近衛として殿下を生かすために動いた。法務卿のトゲ、正直イラっとしたけど、乗ったら負けだよな)
順は変えない。事実、経過、手段、結果。該当は一箇所。飾りはいらない。責めも誉れも、今はいらない。
(……今頃、殿下は寝ているころなんだろうなぁ)
理不尽だよなぁ。
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【次話予告】
次回の投稿は明日21時頃の予定です。
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