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プロローグ 嵐を超えて

イメージアニメ動画はこちら


https://m.youtube.com/watch?v=EVEP0WcrjeU


挿絵(By みてみん)




プロローグ 嵐を越えて






明治の終わり。開拓移住の波に押され、多くの人々が本州から北海道を目指していた。




健次郎と妻・育子もその一組だった。函館の港に降り立ち、次の船で日高・浦河へ向かう予定で、同じように新たに漁業で生計を立てようとする仲間たちと共に、待機していた。




挿絵(By みてみん)




港の一角で、役人が積荷の検査を行っていた。木箱が次々と開かれ、中身を改められる。




その中に――小さな石の地蔵がいくつも収められている箱があった。中には、赤子を抱いた水子地蔵の姿まで。




妊娠している育子は思わず足を止め、その像に目を留めた。


「……子どもを、守っているのね。……そうだわ」


彼女は所持していた赤い布を取り出し、ひとつの地蔵にそっと掛けてやった。


「どうか無事に辿りつきますように…」




健次郎は黙ってそれを見つめ、ただ頷いた。




挿絵(By みてみん)




──しかし、その夜、運命は大きく揺らぐ。




浦河へと向かう途中、船は日高沖で激しい嵐に襲われた。


甲板に叩きつける波。悲鳴。次々と投げ出される人々と積荷。


健次郎と育子は必死に手を取り合ったが、大波に呑まれ、闇の中で引き離された。




挿絵(By みてみん)




「育子! その木箱に捕まれ──!!」


最後に見たのは、彼女の脇に浮かんだあの木箱だった。




やがて意識を失い、夜は明けた。






――翌朝。


浜に打ち上げられた健次郎は、奇跡的に息を吹き返した。周囲には無惨に横たわる仲間たちの姿。だが、育子はいない。


彼は涙をこらえ、ただ必死に祈った。




どれだけ歩いたか覚えていない。




ふと空を見上げると、白い綿毛のようなものが風に舞っていた。


(……何だ?)


健次郎は無意識にそれを追った。






その先で――木箱にしがみつく人影を見つけた。




―― 育子だった。




「……育子!」


彼女はまだ生きていた。大切なお腹の子も、守られていた。


木箱には石の地蔵が収められていたが、内部の隙間が空気を抱え、浮力となっていたのだ。



蓋の裏には、波でにじんだ墨の走り書きが残っていた。


――「浦河 東栄 □□講中 御地蔵一体」。




二人はその文字を頼りに浜づたいに歩き、港はずれで人に道を聞いた。


「それならこの先だ。道の山側に祠を立てる手はずになってる」


教えられた先で、番屋前に集まる男たちが濡れた箱を受け取り、事情を黙ってのみ込んだ。



粗い板で組まれた祠の骨組みが、東栄の道端に立つ。


育子は箱からそっと地蔵を抱き上げ、かつて掛けた赤い布を整えた。


健次郎は柱を支え、釘を打ち、最後に皆で静かに頭を垂れた。



そして、二人は地蔵を東栄の道端に納めたのち、受け入れ先である潮見地区へ身を移した。


港のそばに粗末な仮小屋を借り、風の匂いと網の手触りを覚えながら、この土地で生きる覚悟を固める。




******




潮騒が絶えない浦河の海。




今では健次郎は小舟に網を積み、夜明けとともに沖へ漕ぎ出す日々を送っていた。


不慣れな漁も、先住の漁師たちに手ほどきを受けながら身につけていく。志半ばで逝った仲間の分まで――その想いを背負って。





海難の記憶はいまだ生々しい。だからこそ、丘に立つ育子は幼子を胸に抱き、毎日祈りを欠かさなかった。




「どうか、無事に返してください──」




丘の草花は風に応え、白い雲がゆっくり流れていく。

育子は、あの海難から生かされた命と、見知らぬ自分たちに手を差し伸べてくれた人々へ、ただ静かに頭を垂れた。


地蔵に生かされた生命への感謝と、この土地の先住者とのご縁を大切にする気持ち――その二つだけが、声にもならない芽吹きとしてここに残っていく。


名も形もまだないまま、やがて誰かの背をそっと押す“小さな祈りの地”として。




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