前編: 言った側はどうだろう
「好きって言い続けたら好きになるのか試してみよう」
隣に座る黒髪の青年にライカは突然切り出した。
青年の手からコップが滑り落ち破砕音が木霊した。
「は?頭大丈夫か?」
ライカはニコニコだ。
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この世界には2種類の魔法がある。
一つは皆さまがよく知る通りのものだ。『魔術』という。これには技術と知識が必要だ。
もう一つは目に見えない物を動かす魔法だ。『言霊』と呼ばれる。
いわゆる、口に出せば叶うというものだ。
勿論、「じゃあ口に出せばなんでも叶うのか」と言われれば、そうではない。
分かりやすいように例をお見せしよう。
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「ねえサイ、私と勝負しようか」
黒髪の青年がパンにかぶりついたまま振り向く。
「あそこの窓際の席の人、もうすぐ告白すると思うんだ。」
「なんで?」
「彼ね、正面の女の子が好きだと思うの。」
「だろうな、顔が赤い。でも今日告白するとは限らないだろ?」
「雰囲気のいい店。おいしい食べ物。クリスマスが近い。条件はばっちりだよ。」
「でも、決定打に掛けるな。彼女が受け入れてくれるとは限らない。」
「ふむ……。じゃあこういうのはどうだろう。」
ライカは暫く外を見て、パチンと指を鳴らした。
「幸福をもたらす青い鳥が彼らの窓辺に立ち寄るの。」
ライカの宣言通り、真っ青な羽のオオルリが翼を広げ彼らの近くに着陸した。
毛づくろいをしながら羽を休めている。
「珍しい幸福の鳥を見て、彼は勇気を振り絞る。幸せな想像が彼の中で膨らむの。」
ライカは勝ち誇った顔で得意げに笑って見せる。
しかし、サイは腕組みをし、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「彼じゃない。彼女だ。何と言っても彼女の方が気が強そうだ。」
後ろでガタンと人が勢いよく立ち上がる音がした。
「〇〇!!私、〇〇が好き!!!ほんとに好きなの!」
ギョッとしてライカは後ろを振り返った。
顔を真っ赤に染めた女性が立ちあがっている。
サイは得意げだ。「彼女、ずっとあの男の子が告白するのを待ってたんだよ。でも彼は一向にそんな素振りを見せない。じれた彼女が自分から告白する。」
完璧だろう?と言う様にサイはふっと鼻で笑った。
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さて、皆様。お判りいただけただろうか。
結果には過程というものが存在する。そしてその過程には、『決断』という操作が伴う。
99%の条件に1%の決断が伴い物事は進行する。
『言霊』はこの1%を左右する力だ。
では話を二人に戻そう。
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突如成立したカップルに店内は拍手喝采だ。
ここの客層はノリがいいようだった。
2人もまんざらでもなさそうで、顔を赤くしながらもペコペコとお辞儀をしている。
ライカは飲料水をぐいと喉に流し込み、小さな溜息を吐いた。
「ねぇサイ。恋ってどんな気持ちなんだろう。」
サイがチラっとこちらを見た。
「知らねぇよ。俺が興味ないの知ってるだろう。」
ライカは膨れっ面でサイを見た。
はぁっとため息が漏れる。
「うちの両親ね……。恋愛結婚なの。」
「そうか、もう100回は聞いた。」
「毎日それは幸せそうなの。」
「そうだな。おたくはバカ夫婦だもんな。」
「でも私も恋愛は分からないし。」
「それも100回は聞いた。」
ライカはサイが何を言っても、聞いてくれる限りは話を続けることにしている。
「サイに相談しても、『知らねぇ』って返されるだけだし。」
「そりゃそうだろ。」
「でもこんな相談、幼馴染くらいにしか出来ないよぉ。」
「そうか。」
サイは聞き飽きたという風にご飯を食べ続けている。
見向きもしない。
はぁっと深いため息を吐いて、ライカはサイをじっと見た。
うぅんとライカは頭を悩ませる。
どうしようかなぁと。
悩みに悩みに悩む。
頭をこれでもかというくらいフル回転させる。
『ピコンッ』と一つの妙案が浮かんだ。
「ねぇ、サイ」
あん?とサイがこちらを向き、水に手を伸ばす。
「私は恋が知りたい。」
「ああ。」
「でもサイは恋の発生条件を知らない。」
「そうだな。俺の知った事じゃない。」
「私たちは99%の土台を作れない。」
「諦めるしかないな。」
「だからさ、言霊だけで成立さてみるっていうのはどうだろう?」
「つまり?」
「好きって言い続けたら好きになるのか試してみよう」
サイの手からコップが滑り落ちた。
ライカは変わらずニコニコしている。
ゴクリと食べ物を呑み込みサイが口を開いた。
「は?頭大丈夫か?」
ライカは目を輝かせた。我ながらとてもいい案だと自画自賛。
「条件が分からないならさ、条件が発生するまで言い続けたらいいんだよ!」
サイは呆れたようにこちらを見ていた。
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ふわりと優しい朝の陽ざしでライカは目を覚ました。窓の外を見れば、白い綿菓子がふわふわ舞っている。
―― あぁ、優しい日差しとは反対に、気温は氷点下(とにかく寒い)だ。
ライカは体温で温められた布団から出られない。
ここは天国だ。
「ライカ!!起きてよ!今日は付き合ってくれるって言ったじゃん!」
ライカの布団が勢いよく剥された。一気に流れ込む冷気がぶるりと体を震わせる。
「やだぁ、もう少し布団にくるまっていたいぃ。」
ライカの情けない一言に、友人のアリアは呆れている。
「早くしないと遅れちゃうよ……。」
ライカは仕方なく起き上がった。
アリアの手伝いのおかげで、ライカは1時間で身支度を終えた。
質素な木目調の寮を出た二人は、男子寮の前の校門で時間を潰していた。
今日はアリアの恋を叶えるべく、自称「ダブルデート」をする手はずになっていたのだ。
尚参加者は、ライカ、アリア、サナイヤ(サイ)、ロワルド(アリアの好きな人)の4人である。
メンバーを思い出しライカは「おっと?」と思った。
アリアがロワルドと回るということは、これは昨日の言葉を有言実行するチャンスだ。
男子寮からロワルドとサイの二人が出て来た。二人とも高身長で非常に目立つ。
尚、小さい方がサイである。
アリアが嬉しそうに乙女の顔で手を振った。
向こうもこちらに気づいたらしく、ロワルドが手を挙げた。
サイは欠伸している。相変わらずだ。
「じゃあ手はず通りに。」
と耳元でアリアが呟いた。「勿論!」とライカは強く頷く。
アリアがロワルドの注意を引いている間、ライカはサイに「好き」作戦を実行できるのだ。
「おはよう。」
ロワルドの爽やかな声が降り注ぐ。
いつ見ても彼はイケメンだ。金色の髪が、真っ白な雪とマッチしていて素晴らしい。
「相も変わらず美男ですね!」
つい口を出た言葉にすぐに後悔した。
隣のアリアの視線が非常に痛い。
「ってアリアが言ってます!」
流れる様な嘘でライカは危機を回避した。
サイがロワルドの肩に肘を置いて意地悪っぽい笑顔で助言した。
「ロワルド、気を付けた方が良い。こいつ今絶賛恋愛(好きっていう)相手募集中だから。」
ロワルドは少し困ったように笑っている。
しかし!そんな嫌味も今のライカには効かない。
ライカはからからと笑う
「ん?大丈夫だよ。ねぇ?」
サイは、「どうだかなぁ」と言う顔でほくそ笑んでいる。
ライカはサイの腕をぐいと引き、耳元に自分の口を近づける。
『ねぇ、私はサイが好きだよ?』
耳元でライカは囁いた。
これにダメージを受けたのはサイだ。ギョッとした顔でこちらを見る。
矢を向けるなというように。
してやったりとライカはニヤニヤ笑った。
置いてけぼりのロワルドとアリアは二人で顔を見合わせて、肩をすくめていた。
アリアとライカが話したの「さぁ、恋を叶えよう!」作戦の内容はこうだ。
場所は無難に『夢の国』。
入場後、人混みにわざと呑まれロイドとサイを分断する。
そうして2人きりの時間を堪能する。
夜には、景色も変わりロマンチックなムードになる(はずだ)。
そこでアリアは恥じらいを見せる。
2人の気持ちが最高点に達する。
最後はライカの魔法でアリアの後押しをするわけだ。
―― 完璧!!
ライカは胸を高鳴らせ入場口に足を進めた。
入場門をくぐると、中は人で一杯だった。
作戦が無くとも、自然に分断されてしまいそうだ。
ライカはサイからはぐれないよう幼馴染の袖を掴む。
「おまえ、それも例の計画か?」
へ?とサイの方を向くとサイがこちらをじっと見ている。
例の計画とは『好きと言ったら好きになるか計画』のことか『さぁ、恋を叶えよう!計画』どちらの事だろうか。
取り敢えず適当に「そうだよ」と言っておく。
「ふーん。」とサイは言うだけだった。
―― 何だろう……?………………。…。……。
「ねぇサイ~。」
「ん?」
「好き!」
ぎょっとした顔でサイがこちらを振り向く。なぜ今なのだという顔だ。
「袖掴み。下から目線。適当な間。どう?いい条件じゃない?」
ライカがにっぱりと笑うとサイにぴしゃりと言われた。
「それは俺を落とす条件だろう。俺を落としてどうするんだ。お前が落ちろ。」
「あ、そっか。」
的を射た指摘だ。
心臓が跳ね上がったが、ライカはカラカラ笑う。何事もなかった様に。
前方ではロワルドとアリアが楽しそうに話していた。
そろそろ別れ時だろう。ライカはサイの腕を引いた。
「いったぁ!足くじいちゃった。」
その場に膝をつくと、サイが足を止め、こちらを振り返った。
「普段履かない様な靴履くからだろう」
サイがライカのヒールを見御留守。
サイはライカのまえでしゃがんだ。
「痛むか?」と聞きながら優しく足首に触れる。
サイの綺麗な顔がライカの前に並ぶ。
―― 睫毛長いなぁ。何だろう、良い匂い。香水でもつけたのかな。
サイはいつもこういう人が多いところに行くときはハーブの香りがする香水をつけてくる。
自身は「汗臭いと周りに迷惑だろ」と言っていたけど、他に何か理由があったりするのだろうか。
ライカはきっちり刈り揃えられたサイのうなじをじっと見た。
頭がぼぅっとする。
「好き。」
不意を突いて出た言葉にライカの背筋が一瞬凍った。
「は、聞いてるのか?」
サイがこっちを睨んでいる。
「ええ?ああ。うん!」とライカははぐらかしたが、内心は汗だくだ。
『夢の国』で注意が薄れているのだろうか。
「お昼ご飯食べに行こうって話だよね!どこがいいかなぁ」
ライカはどこがいいかなぁと言いながら周りを見渡す。
サイが「何も聞いてないじゃないか。」と悪態を突いた。
「近くのベンチまで行くから、肩貸せって言ったんだ。」
そういうとサイはライカの腕を肩に回し、担ぎ上げた。
サイの香水の香りが近くで漂い、ライカはまずいなぁと心の中で呟く。
ライカははぐらかすように努めて明るく話題を切り替える。
「あれ?ロワルドさんとアリアがいない?あれれ~。あ!足ももう痛くないかも」
「はぁ」というサイにライカは「どうどう(落ち着け?な?)」と言ってやる。
暫くは文句を垂れていたが、状況を理解したらしい。
「あ、そういう作戦ね。」
と言った。
そのあとは2人で場内を巡り歩いた。
並ぶ類のアトラクションは人が多すぎて時間がかかりそうだったので、2人で乗らないと決めた。
その代わり、体験型のアトラクションに参加して時間を潰した。
アリアと合流するまで退屈な時間がちょくちょくあるかなと予想していたけれど、予想に反し時間はあっという間に流れた。
少し残念なことは、ことあるごとに『好き』が悉く打ち返されたことだろう。
アヒル口で言ってやったら、「リアルだな」と返されるし、
飛びついて言ってやったら、「ヒールで飛ぶな」と諭される。
可愛い素振りもボディタッチも通じなかった。
それでも、サイは始終笑っていたし、ライカも楽しかった。
あっという間に日が暮れて、闇夜が下りて来た。
『夢の国』の宝石みたいな街灯があちらこちらで輝いている。
2人は遊び疲れて、アリアとロワルドに合流するまでの時間、飲食店で待機することにした。
「ねぇ、サイ…。楽しかったね。」
ライカが雰囲気やっても鉄壁のサイには通じない。
サイが意地悪っぽく笑う。
「意外にも、な。」
「ははは、またそういう意地悪で返す。」
「意地悪じゃねぇよ。」
「それは、受け取りてが決める者でしょう?」
ライカはからからと笑った。
注文したプレートが二人の前に運び込まれた。
ライカの前にはエビとアスパラのクリームパスタが、
サイの前には肉汁が垂れるステーキが置かれる。
ライカは窓の外を眺めた。しっとりとした湖面に宝石箱みたいな店内が映る。
ねぇ、サイ。好きって言ったら好きになってくれるかな?
心の中でそんな言葉を唱えた。
条件何て揃わなくても、私はずっとサイが好き。
こんな特別な席じゃなくても、隣にいてくれる貴方が好き。
時折り見せる優しさも、少し意地悪っぽい笑顔も。
無条件に私をドキドキさせるんだ。
「ねぇ、サイ……。」
ライカは言葉に詰まる。
今の関係を壊してまで言う?耐えて機会を伺う?
何年たってもサイはこっちを見ないのに?
『好き』って言葉が私の最後の賭けだった。
小さなテーブルの席で、アリアが目の前に座る茶髪の青年に切り出した。
「ねえロワルドさん、私と勝負しませんか?」
茶髪の青年がスプーンを持ち上げたまま顔を挙げた。
「隣の店の窓際の女性、もうすぐ告白すると思うんです。」
「なんで?」
「彼女、ずっと正面の青年が好きだったんです。」
「そうだろうね、とても分かりやすい。でも今日告白するとは限らないよ?」
「雰囲気のいい店。おいしい食べ物。クリスマスが近い。条件ばっちりですよね?」
「でも、決定打に掛けるかな。彼が受け入れてくれるか分からない。」
「うぅん……。じゃあこういうのはどうでしょう。」
アリアは暫く外を見て、時間を確認した。
「雪が降り始めたらどうでしょう。」
アリアの宣言した通り、小さな綿が舞い白銀の世界が夜を覆う。
「タイミングよく振る雪に、彼女は運命を感じる。幸せな想像が彼女の中で膨らむんです。」
アリアは勝ち誇った顔で得意げに笑って見せる。
ー 好きって言ったら好きになるのか試してみよう ~言った側は好きだった~ ー (完)
おまけ
サイとライカが後ろでもたもたしているときのロワルドとアリアの会話
ロワルド: 遅いね、彼女
アリア: ああ、ああ見えて結構慎重な子なんですよ。確信がないと進まないというか~。
ロワルド: ははは、慎重なのは恋愛の話でしょ?
アリア: どうでしょう。意外と全般だと思いますよ
今も、私とロワルドさんがいい雰囲気になるの待ってるんじゃないですかね
補足。
雪は人工雪です。




