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作者: 西順

 7月も終盤に差し掛かり、梅雨もすっかり明けて、連日真夏日が続いてる。ここXYZ商社でも、エアコンを全開にして、暑さをしのいでいた。クールビズなどと寝言を言っていたら、社員全員が熱中症に罹る暑さに、皆が無言で業務にあたっていた。


 午後6時となり、終業時間になるや、皆伸びや身体を左右に振るなどして、デスクに固定されていた身体をほぐすように席を立つ。


「田中、山田、暇か?」


「何すか?」


「え?」


 席を立ったばかりの新入社員である田中と山田に、主任の鈴木が声を掛ける。それに対して田中は「もしかして残業か?」と露骨に顔を顰め、山田も普段のおどおど顔に加え、身体を縮こませる。


「そんなに身構えるなよ。暇なら一杯付き合わないか、と思ってな。2人も入社して4ヶ月近く経つし、やっと業務に慣れてきただろ? ここらで親睦を深めるのも良い頃合いかと思ってな。酒があれば仕事の愚痴もこぼし易いだろ? 嫌なら構わないが」


「良いですね!」


 鈴木主任の提案に答えたのは、新入社員の2人ではなく、2人の1年先輩にあたる佐藤だった。


「田中と山田も良いよな? 2人とも真面目に仕事しているけど、色々鬱憤もあるだろ? ここらでぶちまけちゃえよ」


 先輩として、2人との接点も多い佐藤は、定時になればすぐに帰る2人に、少し心の距離を感じていた事もあり、鈴木主任の提案を受けて、もっと2人と仲良くなりたい気持ちから、自分も飲み会に参加を希望する。


「2人ともこの後別に予定ないんだろ?」


 日々真面目にパソコンと向き合っているだけの2人を心配する佐藤と、直属の上司である鈴木からの提案に対して、


「予定、ですか? あるような……、ないような?」


 ここで嘘を吐いて2人から逃げ出す事も可能だろうが、社会経験4ヶ月の2人には、まだそこまで機転が回らず、予想外の先輩社員2人からの提案に、田中は曖昧に答え、それに同調するように、山田もうんうんと頷く事しか出来なかった。


「良し! じゃあ決まりだな! 4人で飲みに行きましょう!」


 鈴木主任の提案なのに、いつの間にやら佐藤が音頭を取る形となり、4人で飲みに行く事が決まったのだった。


 ◯✕◯✕


 4人は駅近の雑居ビルにある居酒屋へと場所を移し、丁度空いていたボックス席に座った。田中と山田、鈴木と佐藤で並び、新人と先輩で向かい合う形だ。


「じゃあ、まずはビールですよね! つまみ何にします?」


「あ、俺、梅サワーで。ビール苦手なので」


 田中が佐藤の機先を挫くように、メニュー表のつまみのページへさっさと目を向けた佐藤に自分の意思を示す。これに対して田中へ半眼を向ける佐藤。


「まあまあ。嫌いな酒を無理矢理飲ませるのも違うだろう? 山田はビールで良いか?」


 空気を読まない田中に、片眉をピクピク上げる佐藤を宥めるように、鈴木がその場を収める。


「あの、僕、こう言うお店初めてで、あの、僕、お酒飲めないんです」


 ここまで3人の後を付いてきて、流されるように席に座った山田だったが、初めて口にしたのがこれであった。これにも佐藤は気分を害し、田中の時と同様に半眼を向けると、山田は手に持つメニュー表でその視線から逃れるように顔を隠す。


「佐藤、落ち着けって。今日突発的に決まった飲み会なんだ、2人の趣味趣向を聞いていなかったこっちにも非がある。山田、ノンアルの飲み物もあるから、そっちから選べ」


「分かりました」


 ◯✕◯✕


 注文が終わり、それぞれの前に酒が運ばれてきたところで、ジョッキを握った佐藤。


「それじゃあ、カン……って!? 何で田中はもう飲み始めているんだよ!?」


 カンパイしようとしたところで、まるで鈴木と佐藤などいないかのように、普通に梅サワーを飲み始めている田中の姿が目に入ってきた。


「え? 喉乾いていたんで」


 何故注意されたのか理解出来ない、と田中が普通に佐藤に答える。


「いやいや、ここは4人揃ってカンパイするところだろ!?」


「え? ……ああ、そう言うのもあるっすね」


 佐藤に指摘されても、けろりとしている田中に、イライラが募る佐藤。


「まあまあ、佐藤も落ち着けって。そもそも、山田が注文した烏龍茶がまだ来ていないだろう?」


「え!?」


 鈴木に諭されて、山田の前を見れば、確かにまだ注文した烏龍茶が来ていなかった。


「……あ、すまん山田」


「いえ。いつもの事ですから」


 とやんわり答える山田。注文が来ないのがいつも通りだとしたら、それはそれで問題だろう。と言うのに、こちらもこちらでけろりとしている。


「はい、焼き鳥串セットの塩とタレに唐揚げ、棒餃子2皿にポテトサラダ、だし巻き玉子、枝豆、キムチです」


「あ! すみません! こちらの彼が注文した烏龍茶が、まだ来ていないんですけど?」


 どんどんとテーブルにつまみ類を置いていく店員に、佐藤が少しイライラした声で問い質す。


「え? あー……、すんません。すぐご用意します」


 語気の強めな佐藤に対して、ダウナーな対応をする店員。店員からしたら、こんな事は日常茶飯事なのだろう。のらりくらりと佐藤を宥め、つまみを置いたらそのまま調理場へと引き返していく。


「何だあれ? 自分がミスしたって分かっているのか?」


 楽しい飲み会になると期待して居酒屋の暖簾をくぐった佐藤だったが、何とも物事が上手く回らず、フラストレーションが溜まっていく一方だった。


「あ」


「え?」


「は?」


 暫し調理場へと引っ込んで行った店員の影を呆けながら見続けいた佐藤だったが、鈴木が声を発した事で意識がテーブルに戻り、そちらへ視線向けると、田中が唐揚げにレモンを搾っていた。


「お前何やってんだよ!」


「は? 何すか?」


 佐藤が声を荒げるも、またも田中は、何が悪いのか? とキョトンとしている。


「鈴木主任は唐揚げにレモンを掛けない派なんだよ!」


「そんなん知りませんよ」


「知らなくても唐揚げにレモン掛ける場合は、他の人に確認取るのが常識だろ!」


「そう言われても。もう掛けちゃいましたから」


「もう掛けちゃいましたから。じゃないんだよ! どうすんだよ!」


「烏龍茶お待たせしました」


「遅えよ!」


 上手くいかないイライラを田中へぶつけているところに、店員が山田の烏龍茶を持ってきた。それに思わず声を荒げて怒鳴る佐藤。これには流石に店員も驚き、烏龍茶を持つ手が震えて、中身が少しテーブルにこぼれてしまった。


「お前何やってんだよ!」


「すんません」


「佐藤落ち着けって」


 更に追い詰めるように怒鳴る佐藤の肩に、鈴木の手が掛けられ、ハッとする佐藤。周囲を見渡せば、怒鳴られた店員だけでなく、他の店員に、別テーブルの客などからも佐藤へ半眼が向けられていた。


「いや、ああ、怒鳴ってすまなかった」


 ここで素直に謝れるのは良い事だが、場の空気は既に冷え冷えとしていた。店員がテーブルにこぼれた少しの烏龍茶を拭きながら、「ただいま、新しいのをお持ちします」と山田に説明すると、


「いえ、それで大丈夫ですから」


 と応え、テーブルに置かれていた烏龍茶を自分の前に持ってくる。怒鳴る佐藤と比べれば、こちらの方が大人の対応に見えて、佐藤は自分がとても矮小な人間に思えてきて、そんな山田と店員の些細なやり取りにさえ、片眉をピクピクさせて、怒りを顕わにさせる。


 ◯✕◯✕


 それからは何とも気不味い空気が場に流れ続けた。会話など弾むはずもなく、各々自分の前に置かれた飲み物をちびちびと飲みながら、つまみで腹を満たしていく。この飲み会を発案した鈴木としたら、もうこれ以上何事も起きずに、ただテーブルに並べられた料理が消化されていく事を祈るくらいしか出来なかった。これだけ冷え切った場では、主任レベルでは再度温め直す事は叶わず、


(今度、改めて飲み会の機会を設けよう)


 と思うに留まる。しかしこんな時程、つまらないいざこざの熾き火は燃えるものだ。


「お前さあ、さっきから食べ過ぎなんだよ」


 田中が皿に残っていた最後の焼き鳥を手に取ったところで、また佐藤が文句を口にする。


「はあ?」


 ここまで場を冷え冷えさせた佐藤の文句に、もう田中も内なるイライラを隠そうともしない。


「何でわざわざ2皿ずつ注文したと思ってんだよ。皆に平等に行き渡らせる為だろうが。お前がさっきから食べ過ぎているせいで、山田が食べるはずだった焼き鳥やら餃子が、お前の胃袋にいっているんだよ! 皿が並べられた時点で、何をどれくらい取れば良いのか、頭の中で計算するのは常識だろうがよ!」


「そんなん知らねえよ」


 佐藤から視線を逸らしながら、愚痴る田中。


「んだよ、その態度はよう!」


 これが佐藤の怒りの琴線に触れ、またも佐藤の語気が荒くなる。


「はあ!?」


 これには田中も我慢の限界が来ていたらしく、こちらも語気を荒げながら佐藤を睨み返した。


「まあまあまあまあ!」


 そこへ割って入る鈴木主任。大声を出しては両手を広げて、両者を宥めるも、両者の睨み合いは止まらない。正しく一触即発。どちらかが内心を声にしたらなば、それだけで場が荒れるのは火を見るよりも明らかだった。だがそんな事の為に鈴木は飲み会を開いた訳ではない。この場を丸く収める必要がある。


「すまん!!」


 そして鈴木はそれを実行した。両手をテーブルに付け、頭を下げる鈴木。


「こんな事になるとは思っていなかった! 私の計算が甘かった! どうか、私の顔に免じて、今日は両者引いては貰えないだろうか!?」


 上司である鈴木に全力で頭を下げられては、佐藤も田中も怒りを収めるしかない。2人としても、別に好きでイライラしている訳じゃないのだ。


「分かりました」


「すみませんでした。山田も、俺が食べ過ぎて、すまん」


 鈴木の顔を立てて、素直に引き下がる両者。田中の方は、山田より食べ過ぎた事を謝罪するまでした。これには頭を下げていた鈴木も内心にんまりである。


「良し! 今日はここまでにして帰ろう! もうこの場にいるのも気疲れするだろう? この場は私のおごり! さ! 帰ろう帰ろう!」


 そうやって率先して席を立った鈴木は、伝票を持ってレジへと向かう。先輩にそのようにされては、後輩としては従わない訳にもいかない。3人は1度顔を見合わせてから、そそくさと席を立つと、鈴木のいるレジへ向かう。


 ◯✕◯✕


「今日はご馳走様でした!」


「ご馳走様でした」


「……でした」


 居酒屋を出たところで、佐藤が1番に鈴木に礼を述べ、それに続くように田中と山田が鈴木に頭を下げる。


「いやあ、逆に3人には嫌な気持ちにさせてしまったね。今日の飲み会はノーカンって事で。心機一転して明日からもお仕事頑張ろう!」


 敢えてテンション高く声を張る鈴木だが、3人はこれに乾いた笑みを向ける事しか出来なかった。


(う〜ん……。これはちょっとやそっとでは関係修復出来ないかなあ。…………次からは飲みの席は1対1でセッティングして、ある程度3人の関係性に変化が見えた頃に、また場を設けた方が良さそうだな。…………それも3人が私の誘いに乗ってくれたらだけど)


 結局、その後4人は喋らず、駅でそれぞれの路線の電車に乗って帰っていったのだった。


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